July 21, 2012

西塘ばんはじり

旧暦6月最初の“みずのえ”、“みずのと”に、
竹富島の偉人、西塘大主の遺徳を偲び感謝するまつり

「西塘ばんはじり」

が二日間にわたって執り行われています。

DSC03325.JPG
西塘御嶽 (7月20日 午後6時25分頃)

DSC03336.JPG
清明御嶽 (7月20日 午後6時40分頃)

DSC03341.JPG
幸本御嶽 (7月20日 午後7時00分頃)

儀式は四月大祭、九月大祭と同様に
初日は神司の夜籠り、
翌日は弥勒奉安殿を皮切りに、
西塘御嶽、清明御嶽、幸本御嶽、国仲御嶽を参詣し、
午後には六山の御嶽へと参詣します。

西塘ばんはじりは、まつりの始まりの由来が判る
数少ない祭のひとつで、
竹富島では、次の通り語り継がれています。

(ta)

西塘祭のはじまり

竹富島では西塘の子孫が絶えたので、西塘を祭る方がなく、
部落で時々お祭を施行していた。
処が今より百十一年前、弘化三年(1846年)竹富島には農作物の豊穣がなく、
珍しい害虫が発生して、島の農作物は勿論、
雑草に至るまで喰い尽し甚だしい事には民家まで這入ってきた。
島民は何事かの不吉な前兆ではないかと懸念をしていた所へ、
大浜津良という老人が神がかりして、高下駄をはき、
黒木の杖をついて夜明け頃各部落を廻り
親見世役人玻座間与人(1)、
部落の責任者大山親雲上(2)、
両人よく聞け、此の津良は西塘の使いであるぞ、
「両人は島民の苦しい生活を見ているか」
「島の枯れ行く姿を見ているか」
「害虫が発生している原因を知っているか」
「島の役人達、島の責任者達は、島の五穀豊穣、害虫駆除の祈願祭を近日中に施行せよ」
神々の御照覧あって島民は救われるでしょう。
そこで玻座間与人と大山親雲上は早速、島民を集め協議の結果、
毎年6月西塘祭を挙行することに決し
牛一頭を屠って盛大に行う事になった。
其の後のお神の御加護により、
農作物は稔り、民の生活は安定し幸福を招いている。

大浜津良は竹富501番地大浜太呂氏の祖先にあたる。
毎年西塘祭は部落よりお供物をして感謝の意を表している。
《以下略》

『西塘傳』 与那国善三、上勢頭亨 共著 (1957年発行)より引用

(1) 玻座間与人(はざまゆんちゅ) 竹富島に派遣されてきた地方役人
(2) 筑登之親雲上(ちくどぅんぺーちん) 琉球王から与えられた農民の位階

投稿者 takidun : July 21, 2012 09:06 AM