September 28, 2011

波里若御嶽

竹富島に数多く点在する御嶽(オン)。
沖縄本島では“ウタキ”や“オタケ”と呼びます。
現在、竹富島には28あるとされ、
竹富島の精神世界の中心に位置する神聖な場所です。

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今回は、竹富島の波里若村の創設の神で、
竹富島で執り行われる神事の中心となる六山(ムーヤマ)のひとつ、
波里若御嶽(バイヤオン)をご紹介します。
波里若御嶽には、
波里若村の氏神である塩川殿(スーガドゥン)と
渡来先の徳之島から招かれた神がまつられています。

創建の由来は、
琉球王国が1713年に編纂した『琉球国由来記』に記されています。


波れ若御嶽
神  名 新かしの神山
御いべ名 袖たれ大あるじ
(徳島より御渡塩川殿おかみ初る)


六山の神々でもっとも若かったといわれる塩川殿は、
優しく欲のない方であったと伝えられています。
また、波里若村は、
六山の村々が次々と玻座間村と仲筋村に吸収されていくなかで、
唯一“はれはか村”の名称で、一つの村として記録されています。
(1651年『宮古八重山両島絵図帳』)

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※ 御嶽は神聖な場所です。
  鳥居から中へのお立ち入りはご遠慮ください。

これまでに、六山八山の御嶽をご紹介してきましたが、
竹富島に血縁関係がある方や古くから竹富島にお住いの
ほとんどの方が、六山の氏子に所属しています。

そこで、
六山の氏子組織についての記述をみなさまにご紹介しましょう。
【引用:崎山毅著 『蟷螂の斧』 1972年7月15日 錦友堂写植発行】

神山の組織

神山には女の神司(神官)と男のテズリビ一人と「とのい元」と氏子がいる。

 /聖 (かんつかさ・カンチカサ)
神司には、大司、次(すんぬ)の司、神女(又は脇司)、神の子、
袖ぬ子、願い人などの階段がある。
大司は男系相続の司の家の成人した子女の中から一人を選んで
相続させ、代々世襲する。未婚、既婚を問わず女子としての充分な
教養を身につけ、女としての豊かな経験を積み、
氏子の信頼の厚い女子が継承する。
司が嫁に行くときは、司の香炉は婚家へ移る。
「司の家」の長男の娘が成人して司の職がつとまるまで勤める。
次の司は大司の補佐役であって代々世襲。神女、神の子、袖の子も殆ど同じ。
  
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神山の執事役にあたる男子であって、神司と氏子との間にいて事を連絡する。
祭のときまたはおふれまいなどのときは神山の主人役を勤める。
移民当時の有力者の家系で世襲されている。

 殿居元(とのいもと・トゥヌイムトゥ)
氏子の総元帥であって、神山の祭の直接の執行責任者である。
神山を創設し、部落を創設した神々の家系で世襲している。
六山のうちで、現今まで連綿と続いていると考えられている神々の家は
玻座間御嶽の根原金殿の直系の根原家と
久間原御嶽の久間原発金殿の久間原家であって、
推定1250年以上続いていると考えられている。

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とのい元の下で、神山に関する諸事を執行する男子。
氏子のうちから選ばれる。

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六つの部落は皆出身を異にした同郷集団で構成されているが、
島が小さく経済婚姻が六部落間で混同して一つになったため、
ハナスク・久間原・波利若はハザマ村に合併し、
小波本・仲筋は合同して仲筋村を作っている。
ところが神山の神祭りは、昔から筋のことは血統以外の人には
して上げられないといわれているため、合併することもできず、
それぞれ別個に独立して行われる。
従って各祭の経費を負担する氏子を決めるには、
昔からちゃんとした慣行がある。
即ち、氏子はすべて男系によって継承されるから、
子供は男女共に父方の神山の氏子になる。
婿養子のときは子どものうち男子のないときは女子一人を
選んで養家の神山を継がせる。
嫁(母)は、血統を異にするから、
一生里方の神山に奉仕する。
また母は(特に神山の下位の司である場合)
自分の娘のうちから一人選んで自分の後継者とすることができる。

投稿者 takidun : September 28, 2011 10:37 AM