March 04, 2011

世持御嶽

竹富島に数多く点在する御嶽(オン)。
沖縄本島では“ウタキ”や“オタケ”と呼びます。
現在、竹富島には28あるとされ、
竹富島の精神世界の中心に位置する神聖な場所です。

今回は、竹富島の史跡が集中し、
多くの観光客が訪れる世持御嶽(ユームチオン)をご紹介します。

竹富公民館が管理するムラオン(トゥクルウガン)のひとつで、
火の神と農耕の神がまつられる世持御嶽は、
竹富島最大の祭、
種子取祭の奉納芸能が執り行われる御嶽として
島人から愛されています。

火の神とは琉球士族が篤く信仰していた神で、
村番所(オーセー)でまつられていました。
ところが、
1908(明治41)年、村番所が廃止されることになり、
火の神は清明御嶽へ移されました。
そのため、
清明御嶽で火の神行事や種子取祭を執り行なっていました。

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平成22年9月15日 香炉交換の儀での世持御嶽

しかし、
清明御嶽には島造りの2神がまつられているため
様々な問題が起こりかねないということで、
1914(大正2)年
竹富村役場が世持御嶽敷地に置かれるとともに
世持御嶽を創建し、
再び火の神と農耕の神を世持御嶽にお招きし、
さらに、種子取祭の奉納も執り行われるようになります。

1970 yumuchion.jpg
1970(昭和45)年3月の世持御嶽


種子取祭の七日目・八日目には、
六山・八山の神々が世持御嶽にお集まりになり、
さらに弥勒奉安殿からミルク神もお出ましになり、
島人や帰省した島の出身者が奉納する芸能をご覧になります。


ちなみに世持とは部落の代表との意味もあり、
種子取祭で奉納される芸能のうち、
世持狂言は玻座間村と仲筋村双方で奉納されています。
ここには、
世持が諸々を指導して豊穣へ導く重要な役割を担っていたことを物語っています。
現在、世持御嶽敷地には、
小城盛(国指定史跡)、弥勒奉安殿、竹富町戦没者慰霊碑など
多くの史跡が置かれており、竹富島の観光名所となっています。


※ 御嶽は神聖な場所です。
   世持御嶽拝殿の奥へのお立ち入りはご遠慮ください。


(ta)

投稿者 takidun : March 4, 2011 03:16 PM