November 11, 2010

竹富島の沖縄県指定文化財

 国の指定・選定を9つ有する文化遺産の島、竹富島。
つい、国の指定ばかりに目が向きがちですが、
沖縄県から指定を受けている文化財も2件有しています。

いずれも竹富島出身で、
かつ竹富島最大の偉人として、『球陽』をはじめとする歴史書に名が記される
西塘大主(にしとう:1400年後半~1550年頃)
と密接なかかわりを持っています。


1. 蔵元跡 (くらもとあと:昭和34年12月16日指定 当時は琉球政府指定文化財)

現在では「星砂浜」として大勢の観光客が訪れるカイジ浜。
その片隅にひっそりと蔵元跡の碑が佇み、
石垣が積まれ、蔵元の面影を残しています。。
蔵元(現在の支庁にあたる)が竹富島に設置されたのは、
通説では1524年と云われていますが、定かではありません。
その蔵元を竹富島に置いたのは、
琉球王(尚真王)から竹富大首里大屋子の官位を授かった
西塘大主です。

竹富大首里大屋子(たけとみうーしゅりうーやく)
とは、現在の支庁長にあたります。
つまり、琉球王国における八重山地域のトップとして、
八重山を統治します。

その後、立地上の問題から蔵元を石垣島に移し、その地で西塘大主も没しますが、
八重山における琉球王国最初の拠点として、竹富島に諸役人が集まっていたのです。

kuramotoato.JPG

因みにカイジ浜は、漢字では“皆治浜”とあてます。
総てを治める浜。そこがカイジ浜であったのでしょう。


2.西塘御嶽 (にしとうおん:昭和34年12月16日指定 当時は琉球政府指定文化財)

竹富島のコミュニティの中心である
竹富島まちなみ館の北に建立されている
西塘御嶽は、
西塘大主のお墓と伝えられており、
竹富島の神事には必ず参拝し、
大勢の島人が集う会合には西塘御嶽に出席者全員で祈願をするなど、
今もなお島人から敬愛されています。

西塘御嶽がいつ建立されたのかは定かではありませんが、
1550年、石垣島で逝去された西塘大主を慕う蔵元の諸役人の協議により、
郷里竹富島の旧屋敷に墓を造りそこへ改葬されたと云われています。
(出典:『西塘傳』 与那国善三・上勢頭亨共著 沖縄西塘会発行 1957年)

西塘大主の業績は、竹富島を代表する古謡
『しきた盆』にて謡われ、

西塘大主が竹富島に遺した最大の遺産、
「うつぐみ」の言葉は、
現在でも島人の拠りどころとして心に刻まれています。

nishitoon.JPG

(ta)


投稿者 takidun : November 11, 2010 03:59 PM