June 11, 2010

四月祭

蒔いた種子がすくすくと育つことを祈願する
四月祭(しがつまつり)

竹富公民館執行部と神司は、
真知御嶽【マーチオン・智恵の神が祀られる】
清明御嶽【マイヌオン・島造りの神(オモトテラス・ホーステラス、シンミンガナシ)が祀られる】
国仲御嶽【フィナーオン・園比屋武の神が祀られる】
の順で参拝します。

午後になると、
神司は六山の氏子と共に、それぞれの御嶽を参拝しますが、
その際、御嶽の最も神聖な場所であるウブに入り、
家族、氏子、そして竹富島の繁栄を祈願します。
ウブに入れるのは、
四月祭、豊年祭、十月祭、ナーキヨイ、二月祭の年に僅か5回。
ここは、男性は入ることを許されない聖域です。

四月祭、十月祭、二月祭には、竹富公民館執行部ならびに神司は、
真知御嶽をまずはじめに参拝します。
真知御嶽は、竹富公民館が管理する村御嶽ではなく個人が管理していますが、
ここには、次の伝承がのこされていますので、みなさまにご紹介しましょう。

~真戸の大者(マートゥヌフージャ)の話~

 昔、竹富島に兄の名を真戸と言い、妹の名をフゾンと言う二人の兄妹がいた。
二人は信仰深く、竹富島の霊感霊時を受けた物知りと言われていた。
 当時、八重山島在番役大主様が重い病気にかかり、生きるか死ぬかの瀬戸際
にあった。八重山の役人たちは大変心配をしていたが、幸いに竹富島には神がかり
の真戸とフゾンという兄妹がいると聞いたので、早速二人に在番大主の名で出頭を
命じた。石垣島在番官舎に出頭した真戸とフゾンの二人は、そこで、在番大主から、
自分の一命を救ってくれるよう依頼された。二人は屋敷の大祓いを行ない、在番大主
の厄難祓いの祭として豚一頭を殺し、在番大主の身代わりとしてその豚に在番大主の
官服を着せて棺桶に入れ、紅白の四流旗を立てて人間同様の葬式を行った。その後、
大主は日増しに元気を取り戻して健康になった。大主は大変喜んで全快のお礼として
八重山札人から穀類を一人当り一合五勺ずつ徴収し、穀俵にして真戸とフゾンの兄妹
に謝恩の印としてあたえた。そして、大主から礼の言葉があり、また兄は真戸大者、妹
はフゾン神という位をそれぞれあたえられ、八重山島での霊感師として二人は讃えらた
と言われている。
 二人はお礼にもらった穀俵を竹富島に持ち帰り、在番大主の病気が快復したのは
私たち二人の力によるものではなく、すべて島の神々のお導きのおかげである。
私たち二人がこの俵をもらうことはできない。島の六名の神司に差し上げるべきである
といって穀俵は全部六名の神司に配付した。それでまた、二人は六名の神司たちから
欲のない生き神様として信じられるようになったとのことである。二人が死去したあと、
島の神司たちは祠を建てて真知御嶽と名づけ、真戸大者とフゾン神に感謝祭を行うように
なった。この祭事は二月祭、四月祭、十月祭の年三回行われ、今日までそれが続いている。
 八重山在番から琉球国王へこのことについて陳情文を捧げたところ、国王も認めて
王府より二人に神道の書物がおくられた。妹のフゾン神は無学であったが、その書物を
すらすらと朗読したと言う。《以下略》

出典 『竹富島誌―民話・民俗編―』 上勢頭亨 著


(ta)

投稿者 takidun : June 11, 2010 02:23 PM