September 21, 2009

星砂のこと

hoshisuna.jpg

 ご覧いただいている写真は、満天の星ではありません。
 ゆがふ館カウンター前に置かれている星砂です。

ご来館いただいた多くのかたがカウンター前に足を止め、
星砂を興味深くご覧になります。

 1977(昭和52)年、日本作詞大賞作品賞を受賞した歌謡曲『星の砂』。
民芸運動とともに(?)竹富島の名を全国に広める一翼を担いました。
実は、星砂は「バギュロジプシナ」という名の有孔虫の一種で、
石灰質の殻と網状の仮足を持ったアメーバ様原生生物の一群です。
日本では、沖縄各地のさんご礁礁原に分布し、
岩盤、礫、海藻などに根足を伸ばして付着して生息しています。
石灰質の殻は通常5本の尖端の棘を有し、中央部の直径約1.5mmまで。
偽足をのばして移動し、餌をとります。
共生藻をもち光のあたる場所に多く、1屬某十万いることも珍しくないそうです。
つまり、星砂は生き物であり、皆さんが目にする星砂はアメーバの亡骸。
そう、抜け殻なのです。

残念なことに竹富島では以前に比べると少なくなり、
探すのも一苦労となってしまいました。

原因は土産物としての乱獲や、
コンドイ浜海水浴場から流れでる日焼け・日焼け止めオイル
による海水の汚染ともいわれています。

星砂は、西表島や鳩間島でも目にすることができますが、
竹富島だけに星砂にまつわるロマンチックな伝承がのこされています。
ブログをご覧のみなさまにご紹介しましょう

「星砂の伝説」

 子の方向にある星を父星と言い、午の方向にある星を母星と言う。
ある日、母星がお産をしたいとのことで、天の大明神に申し出た。
大明神は竹富島の美しい、広い南の海に降りてお産をするように命じた。
母星はその通りに竹富島の南の海に降りて、沢山の子供を産み落とした。
すると、海の係の七竜宮神が、
「自分の所有のこの海を、母星が勝手にお産の場所に使ったことは決して許せない」と、
海の大蛇を使って、星の子供を全部かみ殺させた。
大蛇が食べた星の子供の骨がフンとなって南の海岸に打ち上げられたのが星砂である。

 島の東美崎の神は、この星の子の骨をひろい集めて自分のそばに祀り、
いつか天国に帰してやろうと考えていた。
 そのことから、御嶽の神女は必ず、香炉の星砂を年に一度は入れ替える習慣が残っている。
そして、島の神女のおかげで、星の子は昇天しているので、
午の方角の母星のそばに多くの子星が光っているという。

出典:『竹富島誌―民話・民俗編―』 上勢頭亨著 法政大学出版局発行

(た)

投稿者 takidun : September 21, 2009 01:41 PM