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2018年10月6日

平成30年度 竹富島の種子取祭

平成30年度 竹富島の種子取祭

・ 9月4日 (つちのと ゐ) シチマツリ (節祭)
  古代の正月といわれる。新しい季節を迎えたことを神々に祈り、
  作物を育む大地と命の水(井戸)に感謝する神事。
  古来より節祭から49日目の「つちのえね」の日を祭日とする
  種子取祭に入るとされている。
  本年は、10月23日が“つちのえね”の日にあたり、その日に種子を蒔く。
  それより4日前の“きのえさる”の日から種子取祭の日程に入るとされている。

・ 9月17日 (旧暦8月8日) ユーンカイ (世迎い)
  竹富島にニライカナイから訪れた神々によって、
  種もみがもたらされる神事が行われる。

1.10月19日 (きのえ さる)種子取祭初日
  初日はトゥルッキと称し、祭の計画手配を行う。
  玻座間、仲筋の両地区の長者(ホンジャー)の前で無事に
  奉納芸能が尽くせるようにと祈願する

2.10月20,21日,22日
  種子取祭の諸準備。狂言、舞踊の稽古に充てる

3.10月23日 (つちのえ ね)
  神司はそれぞれの御嶽にてタナドゥイのウッカイ(ご案内)を行ったのち
  公民館役員と合流して玻座間御嶽、世持御嶽、清明御嶽、根原家などを廻り
  種子取祭の願いを行なう。
  男生産人(18歳~69歳迄)は、
  早朝から幕舎張りなどの奉納芸能の舞台を設営する。
  出欠を取り、理由もなく出役しない者には過怠金を科す。各家では種まき。
  主婦はイイヤチ(飯初)作り。
   
4.10月24日 (つちのと うし)
  ンガソージといって、前日に蒔かれた種子がしっかりと土につくように、
  精進を尽くす日とされる。
  家主がブママンガン・ブナルンガン(姉や叔母を神とすること)を招いて
  イイヤチ戴みの儀式などもある。
  また、この日はフクミといい芸能の稽古の総仕上げの日。
  夜には公民館役員、石垣・沖縄・東京の各郷友会長などが
  ブドゥイドゥン・キョンギンドゥンを訪ねて挨拶し激励する。
  
 (午後5時00分頃 竹富公民館主催の種子取祭に関する講話がまちなみ館で開催)

5.10月25日 (かのえ とら)
  バルヒル願いの日、奉納芸能初日
 ● 午前06時00分頃
  彌勒奉安殿には公民館役員、有志、三郷友会長などが弥勒興しの祈願
  玻座間御嶽では神司たちの祈願
  その後、両者は世持御嶽で合流し、バルヒルの願い、イバン取りの儀式がある。
  場所を奉納芸能の舞台に移して、乾鯛の儀式が行われる。

 ● 午前08時00分頃 玻座間村東集落主事宅へ参詣
 ● 午前09時30分頃 世持御嶽へもどる
 ● 午前10時00分頃 庭の芸能を奉納
  棒術、太鼓、マミドー、ジッチュ、マサカイ、祝種子取、腕棒、馬乗者
  の順で行われる。
  玻座間村の舞台の奉納芸能が行われる。
  その順序は、玻座間長者、弥勒、鍛冶工、組頭、世持、世曳狂言など。
  曽我兄弟で初日の芸能は終了
 ● 午後05時30分頃 イバン(九年母)戴みの儀式がある
  世乞い(ユークイ)が始まる。
  ユークイは、種子取祭を統一した根原金殿をまつる根原屋から始まり、
  その後三集落に別れてユークイが深夜まで行なわれる。
 ・東集落 宇根屋、與那国屋、内盛屋、主事宅、顧問家を回り最後は宇根屋。
 ・西集落 赤山屋、上盛屋、国吉屋、主事宅、顧問屋、公民館長家、
  各家を回り最後は有田屋。
 ・仲筋村 生盛屋、島仲屋、各家を回り最後は顧問家。
 ● 午後10時00分頃  未定 (石垣への船の臨時便あり)

6.10月26日 (かのと う)
 ● 午前05時00分頃 三集落のユークイの一団は、
   根原屋でユークイ留めを行なう。
 ● 午前05時30分頃 世持御嶽へ。イバン返上を行ないユークイは総て終了。
  二日目のムイムイの願い。幸本フシンガーラの願い日とされ、それを祝して
  仲筋村のシドゥリャニが奉納され、前日同様の乾鯛の儀式が行われる。
 ● 午前08時00分頃 玻座間村西集落の主事宅へ参詣の儀式。
 ● 午前09時30分頃 世持御嶽へもどる。
 ● 午前10時00分頃 庭の奉納芸能(前日と同じ)がある。
 ● 仲筋村の舞台の奉納芸能が終日行なわれる。
  別途奉納芸能演目がある。
  仲筋村長者、弥勒、御主前狂言、種子蒔狂言、天人狂言などがあり、
  最後は鬼捕りで奉納芸能は終了
 ● 午後05時30分頃 芸能の奉納はすべて終了
 ● 午後06時30分頃 (当日決定)石垣行臨時船便あり。
  種子取祭首尾方の御礼(世持御嶽、彌勒奉安殿)を行う。

7.10月27日 (みずのえ たつ)
  男生産人は、早朝から幕舎片付け、経理係は祭の精算に取り組む。

 ● 午前10時00分頃 竹富公民館で公民館役員・有志と三郷友会幹部との懇談会。
 ● 午後(時間未定) 支払議会を開催し、種子取祭の日程は総て終了する。
   
8.10月28日 (みずのと み)
  種子取祭物忌(タナドゥイムヌン)。現在は省略している。

2018年4月16日

平成30年度竹富公民館祭事・行事表

平成30年度竹富公民館祭事・行事表
     ↑ ↑   
【 コチラをクリックしてください 】

昨晩開催された集落ごとの月例会にて公けとなった、
「平成30年度竹富公民館祭事・行事表」を
ブログをご覧のみなさまへお知らせいたします。

毎年恒例ではありますが、
今年の9月も毎週祭事行事が行われるほどの大変忙しい月となります。
9月17日の世迎いと結願の夜籠が同日に行われるほか、
十五夜祭は9月24日(振替休日)に挙行されます。

(ta)

2017年12月24日

鍛冶屋の願い

今日はクリスマスイブ。
八重山地方でも、クリスマスツリーがいくつも見られ
南の島のクリスマスを楽しんでいるようです。
その一方、旧暦でみると今日は11月7日。
全国的に旧暦の11月7日はふいご祭といわれ、
鉄器がもたらす恵みに感謝する一日でもあります。
(11月8日に行われる地域が多い)

kajiya
鍛冶屋御嶽での祈願。香炉は右から「風」「火」「水」。

本日、竹富島では
農作物の収穫を飛躍的に向上させた鉄器に感謝する
「鍛冶屋の願い」が執り行われました。

「鍛冶屋の願い」は、
終戦後の昭和24年、貧しい暮らしに追い打ちを掛けぬよう
祭事を整理し縮小しましたが、その廃止した祭祀に含まれていました。
しかし、「鉄でできたクワやヘラがあってこそ私たちは食べ物をいただける」
ということで、神司は願いを絶やさずに続けていました。
そこで竹富公民館は、
平成14年に「鍛冶屋の願い」を竹富公民館の祭祀として復活させ、
現在では公民館の祭事として執り行っています。

(ta)

2017年10月27日

平成29年度種子取祭はじまる。

10月24日のトゥルッキの儀式より、
平成29年度の種子取祭がはじまりました。
配役も定まり、
それぞれの役を担う方々も、
30・31日の奉納芸能に向けて着々と準備を進めています。

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10月24日(甲申の日) 玻座間民俗芸能保存会のトゥルッキ(国吉屋)

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10月25日(乙酉の日) 奉納芸能の稽古(玻座間民俗芸能保存会)

1027tanadui02
10月26日(丙戌の日) 奉納芸能の稽古(玻座間民俗芸能保存会)

1027tanadui2
10月26日(丁亥の日) 奉納芸能の稽古(竹富小中学校教職員ならびに学校生徒)

ただ、大いに気になるのが台風22号(サオラー)の動向。
本日12時現在の予報によると、
八重山地方には明日(28日)の午後あたりに最接近しそうです。
明日は、奉納芸能の会場となる世持御嶽に幕舎を張る「幕舎張り」の日。
また、種子取祭で最も重要な「祈願」の日にあたります。

どのような形で奉納の二日間を迎えるにせよ、
タナドゥイを迎えようとする島民の心構えには変化はありません。
台風は足早に過ぎ去っていただき、
世持御嶽の神前にて、
手の誤り、台詞の誤りのないように、
心穏やかに芸能を奉納できますように。

(ta)

2017年10月1日

平成29年度 竹富島 種子取祭の日程

平成29年度 竹富島 種子取祭の日程

・ 9月9日 (つちのと ゐ) シチマツリ (節祭)
古代の正月といわれる。新しい季節を迎えたことを神々に祈り、
作物を育む大地と命の水(井戸)に感謝する神事。
古来より節祭から49日目の「つちのえね」の日を
祭日とする種子取祭に入るとされている。
本年は、10月28日が“つちのえね”の日にあたり、その日に種子を蒔く。
それより4日前の“きのえさる”の日から種子取祭の日程に入るとされている。

・ 9月27日 (旧暦8月8日) ユーンカイ (世迎い)
竹富島にニライカナイから訪れた神々によって、
種籾がもたらされる神事が行われる。

1. 10月24日 (きのえ さる)種子取祭初日
初日はトゥルッキと称し、祭の計画手配を行う。
玻座間、仲筋の両地区の長者(ホンジャー)の前で
無事に奉納芸能が尽くせるようにと祈願する

2. 10月25,26日,27日
種子取祭の諸準備。狂言、舞踊の稽古に充てる

3. 10月28日 (つちのえ ね)
神司はそれぞれの御嶽にてタナドゥイのウッカイ(ご案内)を行ったのち
公民館役員と合流して
玻座間御嶽、世持御嶽、清明御嶽、根原家などを廻り種子取祭の願いを行なう。
男生産人(18歳~69歳迄)は、
早朝から幕舎張りなどの奉納芸能の舞台を設営する。
出欠を取り、理由もなく出役しない者には過怠金を科す。
各家では種まき。主婦はイイヤチ(飯初)作り。  

4. 10月29日 (つちのと うし)
ンガソージといって、前日に蒔かれた種子がしっかりと土につくように、
精進を尽くす日とされる。
家主がブママンガン・ブナルンガン(姉や叔母を神とすること)を招いて
イイヤチ戴みの儀式などもある。
また、この日はフクミといい芸能の稽古の総仕上げの日。
夜には公民館役員、石垣・沖縄・東京の各郷友会長などが
ブドゥイドゥン・キョンギンドゥンを訪ねて挨拶し激励する。

(午後6時頃、竹富公民館主催の種子取祭に関する講話がまちなみ館で開催)

5. 10月30日 (かのえ とら)
バルヒル願いの日、奉納芸能初日
● 早朝
 彌勒奉安殿には公民館役員、有志、三郷友会長などが弥勒興しの祈願
 玻座間御嶽では神司たちの祈願
 その後、
 両者は世持御嶽で合流し、バルヒルの願い、イバン取りの儀式がある。
 場所を奉納芸能の舞台に移して、乾鯛の儀式が行われる。
● 仲筋村の主事宅へ参詣
● 世持御嶽へもどる
● 庭の芸能を奉納
 棒術、太鼓、マミドー、ジッチュ、マサカイ、祝種子取、腕棒、
 馬乗者の順で行われる。
● 玻座間村の舞台の奉納芸能が行われる。
 その順序は、玻座間長者、弥勒、鍛冶工、組頭、世持、世曳狂言など。
 曽我兄弟で初日の芸能は終了
● イバン(九年母)戴みの儀式がある
 それから世乞い(ユークイ)が始まる。
 ユークイは、種子取祭を統一した根原金殿をまつる根原屋から始まり、
 その後三集落に別れてユークイが深夜まで行なわれる。
・東集落 宇根屋、與那国屋、内盛屋、顧問家、各家を回り最後は宇根屋。
・西集落 赤山屋、上盛屋、国吉屋、顧問家、公民館長家、
     各家を回り最後は有田屋。
・仲筋村 島仲屋、生盛屋、各家を回り最後は顧問家。

● 未定(石垣への船の臨時便あり)

6.10月31日 (かのと う)
 早朝、三集落のユークイの一団は、
 根原屋で一つになってユークイ留めを行なう。
● 世持御嶽へ。イバン返上を行ないユークイは総て終了。
 二日目のムイムイの願い。幸本フシンガーラの願い日とされ、
 それを祝して仲筋村のシドゥリャニが奉納され、
 前日同様の乾鯛の儀式が行われる。
その後、玻座間村西集落の主事宅へ参詣の儀式。
 その後世持御嶽へもどる。
● 庭の奉納芸能(前日と同じ)がある。
● 仲筋村の舞台の奉納芸能が終日行なわれる。
 別途奉納芸能演目がある。
 仲筋村長者、弥勒、御主前狂言、種子蒔狂言、天人狂言などがあり、
 最後は鬼捕りで奉納芸能は終了。
● 芸能の奉納はすべて終了
● 石垣行臨時船便あり。
 種子取祭首尾方の御礼(世持御嶽、彌勒奉安殿)を行う。

7.11月1日 (みずのえ たつ)
  男生産人は、早朝から幕舎片付け、経理係は祭の精算に取り組む。

● 午前 竹富公民館で公民館役員・有志と三郷友会幹部との懇談会。
● 午後 支払議会を開催し、種子取祭の日程は総て終了する。
   
8.11月2日 (みずのと み)
 種子取祭物忌(タナドゥイムヌン)。現在は省略している。

2017年9月27日

ユーンカイ(世迎い)

9月27日は旧暦の8月8日にあたります。
波、風も穏やかで、
海面の日差しの照り返しが神々しさを感じさせる一日となりました。
竹富島では、ユーンカイの神事が執り行われました。
西海岸のニーラン神石に、
ニーラスク・カネーラスクから訪れる神々が
たくさんの種子籾を携えて竹富島に渡来します。

午前7時、竹富公民館執行部と神司はまちなみ館を出発し
ニーラン石の神前にて、
新たな世を迎える準備をします。

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神司は黄金色の装束を身にまとい、
ユーンカイが竹富島において重要な神事であることを示しています。
しかし、捧げる供物は3結の香とお酒とマーシュウサイ(真塩)。
そこからは、ユーンカイの儀式が古くから執り行われていたことを想像させます。
そして、神前にて「トンチャー」を謡います。

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ニーランでの参拝を終えると、
竹富公民館一行は仲筋村で盛大な迎えを受け、
幸本御嶽と繋がりが深い竹富島で最高の聖地と云われるクックバーへのぼります。
その後、仲筋井戸前で玻座間村の島民から盛大な迎えを受け、
西塘御嶽前でガーリを行い、
10時頃にはユーンカイの儀式は終了します。

(ta)

2017年8月4日

竹富島の豊年祭 2日目

平成29年8月3日・4日、旧暦6月の2回目の「みずのえ」「みずのと」の2日間、
竹富島では豊年祭が盛大に執り行われました。
収穫成就の感謝祭である「豊年祭」の呼称は八重山の島々によって異なり、
石垣島ではプール、西表島祖納集落ではプリといいますが、
竹富島では「プイ」といい、初日をオンプイ、二日目をトゥヌイプイといいます。

初日のオンプイは、
竹富島の島立て神々であるムーヤマ(六山)の御嶽に氏子が集い、
1年間の健やかな暮らしへの感謝と、自然からの恵みを授かった御礼をします。

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竹富島の祭主である竹富公民館執行部は、
早朝より国仲御嶽・清明御嶽・西塘御嶽を参拝したのち、
有志とともにムーヤマの神々の御嶽を参拝し、
氏子たちは一行を歓待します。これを島では、「参詣」と呼んでいます。

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二日目のトゥヌイプイは、恵みへの感謝とあわせ、
1年間の豊穣を祈願するユーニンガイ(世願い)の儀式、
ニーラン神石と竹富島最高の聖地と言われるクックバー(小底場)を参拝します。
二日目のトゥヌイプイでは、
神司の神衣装はバショウで織ったバシャシンを身にまといます。
バシャシンの神衣装は、ユーンカイ(世迎い)とタナドゥイ(種子取祭)、
そして、トゥヌイプイの年に3回のみです。

竹富公民館執行部と神司の一行は、
早朝のニーラン神石の参拝のあと、仲筋村の住民から歓待を受けます。
その後、クックバーへと上り、
参拝を終えたのち玻座間村の住民とともにガーリを行い、
西塘御嶽の前であらためてガーリを行ないます。

一休みしたのち、
一行は真知御嶽と清明御嶽を参拝したのち、トゥヌイプイは終了します。

(ta)

2017年8月3日

竹富島の豊年祭 1日目

今日明日と、竹富島では豊年祭がおこなわれています。

竹富島の豊年祭は氏子が中心となる祭事で、豊年の感謝の祈りを捧げます。
ニライカナイから頂いた種子が、豊かな実りをもたらし
作物の収穫を無事終えたことに感謝します。

豊年祭では「シュナイ」というお供え物があり、前日に準備をします。
「シュナイ」は、海の物・畑の物・山(森)の物を材料にし、
味噌・白ごま・ニンニクを基本とし和え、それに塩・砂糖・鰹節などを使い調味します。
基本の料理方法は、
1 材料を切る
2 茹でる
3 水分を絞る
4 材料と調味料を和える

papaya
↑パパイヤを茹で終わり、冷ましているところ

御嶽ごとに用意するシュナイは、使用する調味料の分量が少しずつ違い個性があります。
また、シュナイの材料には下記のような意味の願いが込められています。
・タプナ(長命草):長寿
・マミナ(もやし):若返り
・マンジュナイ(パパイヤ):子孫繁栄
・カーナ(海藻):健康

豊年祭2日間、ゆがふ館では平成16年制作の記録映像を上映していますので、
是非、ご来館いただき豊年祭の様子をご覧ください。

2017年4月16日

平成29年度竹富公民館祭事・行事表

平成29年度竹富公民館祭事・行事表
     ↑
クリックすると、予定表が表示されます。

お待たせいたしました。
多くの皆様方からお問合せをいただいていた、
「平成29年度竹富公民館祭事・行事表」が、
昨晩の集落ごとの月例会にて発表されましたので、
皆さまにお知らせいたします。

ムーヤマの氏子が集う
オンプイ(豊年祭初日)とナーキヨイは、8月3日、12月7日。

多くの来島者が訪れるタナドゥイ(種子取祭)の奉納芸能の二日間は、
10月30日、10月31日なっています。

(ta)

2017年4月1日

「竹富島憲章」

毎年3月31日は、18歳以上の竹富島民が会員である
竹富公民館定期総会の日にあたります。
平成28年度竹富公民館定期総会では、
制定30周年を迎えた「竹富島憲章」を改定し、新たな文言で憲章を制定しました。
今回は、理念や精神はそのまま引き継ぎつつ、
現在の暮らしに沿った文言に改定された、「竹富島憲章」をご紹介します。

B4憲章

「竹富島憲章」
平成29年4月1日 地縁団体法人 竹富公民館

・前 文
私たちが、祖先から受け継いだ、
まれにみるすぐれた伝統文化と美しい自然環境は、
国の重要無形民俗文化財(※1)、重要伝統的建造物群(※2)、重要文化財(※3)として、
また国立公園として、
島民のみならずわが国にとってもかけがえのない貴重な財産となっている。
私たち竹富人は、
無節操な開発、近代化にともなう破壊が島の心までをも蹂躙することを憂い、
これを防止してきたが、
美しい島、
誇るべきふるさとを活力あるものとして後世へと引き継いでいくためにも、
あらためて「かしくさや うつぐみどぅ まさる」の心で
島を活かす方策を講じなければならない。
私たちは今後とも竹富島の文化と自然を守り、
住民のために活かすべく、ここに竹富島住民の総意に基づきこの憲章を制定する。

※1「竹富島の種子取」昭和52年(1977)5月17日指定
※2「竹富町竹富島重要伝統的建造物群保存地区」昭和62年(1987)4月28日選定
※3「旧與那國家住宅」平成19年(2007)12月4日指定

・保存優先の基本理念
竹富島を活かす島づくりは、すぐれた文化と美しさの保存が
すべてに優先されることを基本理念として、次の原則を守る。

1.「売らない」島の土地や家などを島外の者に売ったり、無秩序に貸したりしない。
2.「汚さない」海や浜辺、集落など島全体を汚さない。また、汚させない。
3.「乱さない」集落内、道路、海岸などの美観を、広告、看板、
        その他のもので乱さない。また、島の風紀を乱させない。
4.「壊さない」独特の農村集落景観、美しい自然環境を壊さない。
        また、壊させない。
5.「活かす」 伝統的祭事行事を、島民の精神的支柱として、民俗芸能、
        地場産業を活かし、島の振興を図る。

一、美しい島を守る
竹富島が美しいといわれるのは、
沖縄の古い農村集落景観を最も良く残し、美しい海に囲まれているからである。
これを保つために次のことを守り、守らせる。

1.建物の新・改・増築、修繕は、伝統的な技術と様式を踏襲する。
2.屋敷囲いは、サンゴ石灰岩による従来の野面積みとする。
3.広告、ポスター等は、むやみに掲示しない。
4.樹木は、伐採せず植栽に努める。
5.交通安全、道路維持のために、集落内への車両乗り入れを極力避ける。
6.海岸、道路などにゴミ、空きカン、吸い殻などを捨てない、捨てさせない。
7.空き家、空き屋敷の所有者は、地元で管理人を指定し、清掃及び活用を図る。
8.観光客のキャンプ、野宿は禁止する。
9.草花、蝶、魚貝、その他の生物をむやみに採取することを禁止する。

二、秩序ある島を守る
竹富島が、本土や本島にない魅力があるのは、
その静けさ、秩序のとれた落ち着き、善良な風俗が保たれているためである。
これを保つために次のことを守り、守らせる。

1.島内の静けさを保つために、物売り、宣伝、車両等の騒音を制限する。
2.海水浴場等以外での水着、裸身は禁止する。
3.標識、案内板等は公民館の許可を得て設ける。
4.車輌は、常に安全を確認しながら徐行する。
  また、環状線においては安全速度を遵守する。
5.島内の清掃に努め、関係機関による保健衛生、防火訓練を受ける。
6.水、電気等資源の消費は最小限に努める。
7.映画、テレビ、その他マスコミの取材は公民館へ届け出る。
8.自主的な防犯体制を確立する。

三、観光関連事業者の心得
竹富島のすぐれた美しさ、豊かな人情と魅力をいかすには
旅館、民宿、飲食店等、また、施設、土産品店、運送業など
観光関連業事業者の規律ある接遇は大きな影響がある。
観光業もまた島の振興に大きく寄与するので、従事者も次のことを心得る。

1.島の歴史、文化を理解し接遇することで、来島者の印象を高める。
2.客引き、リベート等の商行為は行わない。
3.運送は、安全第一、ゆとりをもって行う。
4.看板は、公民館の許可を得て設置する。
5.賭け事等はさせない。
6.飲食物は、できるだけ島産物を使用し、心づくしの工夫をする。
7.23時以降は、島の平穏に努める。
8.土産品等は、島産品を優先する。
9.来島者に本憲章を理解してもらい、協力をお願いする。

四、島を活かすために
竹富島のすぐれた良さを活かしながら、住民の生活を豊かにするために、
牧畜、養殖漁業、養蚕、薬草、染織原材料など一次産業の振興に力を入れ、
祖先から受け継いだまちなみや伝統工芸を活かし、祭事行事、芸能を守っていく。

1.伝統的祭事・行事には、精神的文化を学び、積極的に参加する。
2.伝統工芸に必要な諸原料の栽培育成を促進し、原則として島内産物で製作する。
3.創意工夫をこらし、技術後継者の養成に努める。
4.まちなみを形づくってきた技術、経験を継承していく。
5.観光業は、島本来の姿を活かしながら推進していく。
6.製作、遊び、行事などを通して子ども達に島の心を伝えていく。

五、竹富島を守るために
竹富島は、もともと島民が、
こつこつと積み上げてきた手づくりの良さが評価されてきたのである。
外部の資本が入れば島の本質は破壊され、
民芸や観光による収益も住民に還元されることはない。
集落景観保存も島外資本の利益のために行うのではないことを認識し、
次に掲げる事項は、事前に公民館と調整委員会に届け出なければならない。

1.不動産を売買しようとするとき。
2.所有者が、名義を変更しようとするとき。
3.土地の地番、地目、地積に異動が生ずるとき。
4.賃貸借をしようとするとき。
5.建造物の新・増・改築、取り壊しをしようとするとき。
6.その他風致に影響を及ぼす行為がなされようとしているとき。

この憲章を円滑に履行するために、
公民館内に集落景観保存調整委員会を設け、
町、県、国に対しても必要な措置を要請する。

昭和61年(1986)3月31日制定
平成29年(2017)3月31日改定

※ 参考 竹富町民憲章
昭和47年(1972)「竹富島を生かす憲章案」
昭和46年(1971)「妻籠宿を守る住民憲章」
上記の精神を引き継ぎ、修正、追加を行い、案を作成した。


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