July 27, 2013

竹富島の豊年祭(トゥヌイプイ)

竹富島では、7月25・26日とプイ(豊年祭)が執り行われました。
八重山各地で執り行われる豊年祭、地域によって日の選び方が異なりますが、
竹富島の場合、旧暦6月第2の壬・癸(みずのえ・みずのと)の日を選びます。
壬の日はムーヤマ(六山)の氏子たちが中心となり豊穣に感謝するオンプイ。
癸の日は新たな世を迎えるユーニンガイ(世願い)が中心となるトゥヌイプイです。

トゥヌイプイでは、
祭主である竹富公民館執行部と神司一行が、
ニーランの参拝を皮切りに、
幸本御嶽、小底場(クックバー)、真知御嶽、清明御嶽の順で参拝します。

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(ta)

投稿者 takidun : 01:26 PM

July 17, 2013

西塘ばんはじり

7月15・16日の2日間、竹富島では、
竹富島の偉人である
西塘(にしとう:16世紀頃)の遺徳に感謝する祭、
「西塘ばんはじり」が執り行われました。

(ta)

初日は神司の夜籠り
(西塘御嶽、清明御嶽、幸本御嶽)

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有志による参拝(西塘御嶽)

二日目は島内17箇所への参拝が執り行われました。

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久間原御嶽、花城御嶽神司が参拝する東美崎御嶽。
東美崎御嶽では、一足早く「豊年祭の道歌」を謡います。


西塘ばんはじりは、
旧暦6月最初の壬(みずのえ)・癸(みずのと)の日に執り行うと
決められており、
その10日後にあたる6月第2の壬・癸の日にプイ(豊年祭)を迎えます。

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西塘御嶽 (7月16日)

豊穣への感謝祭が竹富島では続きます。

投稿者 takidun : 01:33 PM

May 14, 2013

四月大願い

5月12・13日の二日間、
旧暦四月の戊(ツチノエ)・己(ツチノト)の日を選び、
作物の成長を祈願する「四月大願い」が執り行われました。

四月大願いでは、
全部で18ヶ所の拝所を参詣します。

(ta)

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初日の午後から供物の準備を始めます。

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神司の夜籠り (西塘御嶽)

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二日目早朝の弥勒奉安殿での参詣

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東美崎御嶽で捧げられる供物

投稿者 takidun : 09:30 AM

February 25, 2013

十六日祭

本日、2月25日(旧 1月16日)は十六日祭です。
あの世のお正月ということで、沖縄の大きなお墓の前では
家族が料理を持ち寄り、盛大にお祝いします。
そのため、学校をはじめ職場なども公休が多いようです。
もし沖縄の旅の途中その光景に遭遇された方は、
お墓の概念をくつがえ
されるのではないでしょうか。

投稿者 takidun : 11:02 AM

December 24, 2012

ナーキヨイ (ナーキ祝い)

蒔いた種子が根付き、
すくすくと育つことを祈願する祭、
ナーキヨイが執り行われました。

12月23日は日曜日とあって、石垣島在住の
氏子たちも大勢まつりに参加し、
時折り雨も落ちる寒い一日となりましたが、
ムーヤマの各御嶽はにぎやかな一日となりました。

(ta)

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東美崎御嶽でのウブ入り。
東美崎御嶽はウブが置かれていないので、拝殿内で執り行います。

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花城御嶽でのウブ入り。
ウブは1年間に5回、女性しか立ち入ることを許されていない神聖な場所です。

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拝殿の外で待つ男性陣は、
手持ち無沙汰にンーマニのそりづくりに励みます。

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オオミシャクを謡う男性の氏子たち

花城御嶽は拝殿を改築して1年が経ったということで、
タンカーヨイ(1歳のお祝い)も行いました。
まつりを終えたあと、
飲み物と豚汁がふるまわれました。

ナーキヨイを終えるといよいよ年の瀬。
2012年もあと僅かです。


投稿者 takidun : 01:37 PM

October 26, 2012

九月大祭 (九月大願い)

10月24・25日の二日間、
竹富島では九月大祭が執り行われました。

九月大祭は
諸作物の成長や人々の安寧を祈願する祭で、
旧暦9月のつちのえ・つちのとの日を選びます。

旧暦9月に執り行われる祭とあって、
杯には菊の葉が添えられ、
菊の香りを愉しみながら御神酒をいただきます。


(ta)

神司は、
清明御嶽 【玻座間御嶽神司(現在は欠員)・仲筋御嶽神司】
幸本御嶽 【幸本御嶽神司(現在は欠員)・花城御嶽神司】
西塘御嶽 【久間原御嶽神司・波利若御嶽神司】
に夜籠します。

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夕刻の幸本御嶽

翌早朝からは
彌勒奉安殿での参拝から始まり、
竹富公民館執行部と有志一行は、
西塘御嶽、清明御嶽、幸本御嶽と参拝し
夜籠りを終えた神司と共に
国仲御嶽を参拝し、有志の参拝を終了します。

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彌勒奉安殿を参拝する有志。
九月大祭ではミルク神の御面はお出ましになりません。

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西塘御嶽での参拝
西塘御嶽は、今年度の重要伝統的建造物群保存地区における修復事業の
対象となっており、現在の拝殿を見ることができるのも残り僅かです。

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清明御嶽での参拝

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幸本御嶽での参拝

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国仲御嶽での参拝。
有志の参拝は8時30分頃に終了しました。

その後、
神司はムーヤマを参詣したのち、
再び竹富公民館執行部と共に主たる御嶽を参拝します。

投稿者 takidun : 10:31 AM

October 06, 2012

節祭

旧暦7〜8月の“己亥”(つちのとゐ)の日。
秋の初めの祭で、
大地を清め、井戸に感謝し
一年間の豊作を祈念する。
竹富島の節祭は、
昨日執り行われました。

(ta)

竹富公民館執行部と神司は、
午前中に、
国仲御嶽、西塘御嶽、清明御嶽を参拝後、
根原屋を参拝します。

根原屋は竹富島の種子取祭を統一した
根原金殿(ネーレカンドゥ)が祀られており、
節祭では、
根原金殿に種子取祭の祈願を49日後に執り行いますとの
お知らせも行います。

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ネーレ(根原屋)のザー(床の間)。写真左手が根原金殿のザー。

午後からは、
神司が中心となって、
竹富島の島立ての神とされる六山の御嶽を参拝し、
それぞれの神に由来の深い25か所の井戸を参拝します。

さらに、
陽も暮れかかる午後6時、
世持御嶽境内の東側にある
彌勒奉安殿にまつられる彌勒(ミルク)神の御面がお出ましになります。
御面を身に付ける家、與那国家の当主、
御面を管理する家、大山家の当主により、
弥勒奉安殿の扉が開きます。
開いた扉の前では、
有志(長老や役職経験者)がミルク神を出迎えています。

ミルク神の御面は、
七夕願いに続き、
今年2度目のお出ましとなりました。

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シチマツリが終わると、
タナドゥイの祈願まで僅か1か月半余り。
次第に慌ただしくなっていく竹富島です。

投稿者 takidun : 11:10 AM

October 01, 2012

十五夜祭

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2年ぶりに学校グラウンドに翻る十五夜の旗頭。
写真奥から 東集落   :太陽「瑞光輝」
        仲筋集落 :緋鯉「雙鯉躍」
         西集落   :龍  「五風十雨」

きれいな満月に照らされた夜には、集落ごとに観月会を行いました。

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旗頭 (西集落)

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観月会 (西集落)

(ta)

投稿者 takidun : 10:06 AM

September 23, 2012

世迎い (ユーンカイ)

本日は旧暦の8月8日。
竹富島では「世迎い」の神事が執り行われています。

竹富公民館執行部と神司は、
午前7時にまちなみ館を出発し、
西桟橋とコンドイ浜の間にある
ニーラン神石の前を参詣します。
そこで祈願を捧げたのち、
「トンチャー」を謡います。

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(ta)

世迎いに欠かすことのできない
「トンチャー」は、
口承伝承であるゆえに、
集落や各家庭で節の順番が異なっているため、
平成21年2月17日、
竹富公民館によって
世迎いの神事で謡う“うた”が取り決められています。

今回は「トンチャー」の歌詞をみなさまにご紹介します。

「トンチャー」

1. アガトカラ クルフニヤ
  バガイヌ トゥンチャーマ (1)
  ウヤキユーバ タボラル

2. ウハラカラ クルフニヤ
  ナユシチャル クルフニ
  ウヤキユーバ タボラル

3. ミルクユバ ヌシオール
  カンヌユバ ヌシオール
  ウヤキユーバ タボラル

4. タキドゥンニ トゥルスキティ
  ナカダギニィ(2) トゥルスキ
  ウヤキユーバ タボラル

5. ミルクユバ ダギョロシティ
  カンヌユバ ダギョロシ
  ウヤキユーバ タボラル

6. ヤヤヌヤヤグトゥニ
  キブル(3) キブル グトゥ
  ウヤキユーバ タボラル

7. ターラユバ タボラレ
  マスヌユバ タボラレ
  ウヤキユーバ タボラル


・遥か彼方からやって来るあの船は
 私たちの愛おしい兄弟たちだ
 素晴らしい世を給わる

・大海原からやって来るあの船は
 なんのために やって来る船か
 素晴らしい世を給わる

・弥勒世を載せて
 神の世を載せて
 素晴らしい世を給わる

・竹富島に取り着けて
 仲嵩に引き着けて
 素晴らしい世を給わる

・弥勒世を抱き下ろし
 神の世を抱き下ろし
 素晴らしい世を給わる

・家の家ごとに
 家庭の家庭ごとに
 素晴らしい世を給わる

・俵の世を給わり
 枡の世を給わり
 素晴らしい世を給わる

(1) トンチャーマ 
 格式の高い家柄を総称する意がある
 「殿内(トゥンチ)」に愛称語の“マ”を付しています。
 ここでは、「愛おしい兄弟よ」と対訳しています。

(2) ナカダギニィ
 “竹富島に”の意。「タキドゥン」の対語。
 八重山古謡の決まりで、特定の言葉を用いた場合、
 対語(または対句)がうたに挿入されます。

(3) キブル
 “煙”の意だが、ここでは家庭と対訳しています。
 家々から立ち上る煙。
 すなわち家庭で食事の準備が行われていること光景のこと。
 「食事ができる家庭=豊かな世」の象徴ともいえます。

投稿者 takidun : 09:02 AM

September 20, 2012

平成24年度結願祭 奉納芸能

昨日(9月19日)執り行われた、
平成24年度結願祭奉納芸能
の写真を入手することができましたので、
皆さまにご紹介いたします。

普段の穏やかさとは違い、
真剣かつ凛々しい演者の姿を
是非ご覧くださいませ。

因みに、
今年稔った芋の名は、
「タケトミショーガッコウヒャクニジュッシューネン」
と少々長い名前。
今年の芋は、
名前と同じく長く、美味しく稔ったようです。

(写真提供: 山盛 誠 氏)

(ta)

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「始番」 ― 狂言部 ―

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「赤馬節」 ― 西支会 ―

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「世果報口説」 ― 仲筋会 ―

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「湊くり節」 ― 東支会 ―

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「芋堀狂言」 ― 狂言部 ―

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「道輪口説」 ― 西支会 ―

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「仲作田節」 ― 仲筋会 ―

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「竹富ガンギ」 ― 東支会 ―


投稿者 takidun : 02:54 PM

July 31, 2012

トゥヌイプイ (殿居元穂利)

台風9号の接近により、
時折強烈な風と降雨が襲う竹富島。
昨日のオンプイに引き続き、
豊年祭二日目、トゥヌィプイが執り行われています。

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午前7時 ニーラン神石

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豊年祭の道歌を謡う竹富公民館執行部と神司ならびに有志

トゥヌィプイは来年の豊穣を祈願する
「ユーニンガイ」(祈願祭)の性質も持ちます。

また、
年に僅か2回だけ訪れることができ、
竹富公民館執行部と神司だけが足を踏み入れることが
出来る聖地「クックバー」(小底場)へも
トゥヌィプイでは参拝します。

定期船もストップする悪天候の最中ですが、
大切なまつりを竹富公民館は執り行っています。


(ta)


投稿者 takidun : 10:39 AM

July 30, 2012

オンプイ (御嶽穂利)

八重山各地域で行われる豊年祭。
竹富島では、
“みずのえ”“みずのと”の二日間にわたって
豊年祭が行われます。
初日のオンプイはいわゆる「感謝祭」。

祭主の竹富公民館執行部は、
神司とともにムラオンと呼ばれる
竹富公民館が管理する御嶽を参拝したのち、
午後から六山(ムーヤマ)の御嶽を参詣します。

六山(ムーヤマ)の氏子たちはそれぞれの
御嶽の動きに従ってまつりを執り行います。

(ta)

花城御嶽では、
御嶽の統括者であるトゥヌィムトゥ(殿居元)
の屋敷に花城御嶽の神司が訪れるところから
まつりが始まるともいえます。

神司は、
土地の神様で氏子全体の神様でもある
ジージョンと屋敷内の床の間を参拝し、
「ウヒカイ」(ウッカイともいう)を行います。

ウヒカイとは、
これからまつりを始めますというご案内を
神々に行うことで、すべてのまつりに行われる儀式でもあります。

花城御嶽の氏子たちが管理している御嶽は
東美崎御嶽、花城御嶽の二か所。
御嶽には大勢の氏子たちが集いました。

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東美崎御嶽

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花城御嶽

台風9号の接近により、
時折強い雨が降る生憎の天気でしたが、
竹富公民館執行部ならびに有志による参詣が行われました。

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参詣を終えたのち氏子たちは解散しますが、
花城御嶽では、
ふたたびトゥヌィムトゥに集まり、
無事にオンプイをとり終えたことをジージョンと床の間の神に
報告し、初日の儀式を終えます。

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トゥヌィムトゥの儀式を終えると、
すぐさま台風9号の防風対策を行いました。
明日は早朝から定期便は欠航。
無事にオンプイが執り行われたことに感謝しています。

投稿者 takidun : 07:55 PM

July 21, 2012

西塘ばんはじり

旧暦6月最初の“みずのえ”、“みずのと”に、
竹富島の偉人、西塘大主の遺徳を偲び感謝するまつり

「西塘ばんはじり」

が二日間にわたって執り行われています。

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西塘御嶽 (7月20日 午後6時25分頃)

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清明御嶽 (7月20日 午後6時40分頃)

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幸本御嶽 (7月20日 午後7時00分頃)

儀式は四月大祭、九月大祭と同様に
初日は神司の夜籠り、
翌日は弥勒奉安殿を皮切りに、
西塘御嶽、清明御嶽、幸本御嶽、国仲御嶽を参詣し、
午後には六山の御嶽へと参詣します。

西塘ばんはじりは、まつりの始まりの由来が判る
数少ない祭のひとつで、
竹富島では、次の通り語り継がれています。

(ta)

西塘祭のはじまり

竹富島では西塘の子孫が絶えたので、西塘を祭る方がなく、
部落で時々お祭を施行していた。
処が今より百十一年前、弘化三年(1846年)竹富島には農作物の豊穣がなく、
珍しい害虫が発生して、島の農作物は勿論、
雑草に至るまで喰い尽し甚だしい事には民家まで這入ってきた。
島民は何事かの不吉な前兆ではないかと懸念をしていた所へ、
大浜津良という老人が神がかりして、高下駄をはき、
黒木の杖をついて夜明け頃各部落を廻り
親見世役人玻座間与人(1)、
部落の責任者大山親雲上(2)、
両人よく聞け、此の津良は西塘の使いであるぞ、
「両人は島民の苦しい生活を見ているか」
「島の枯れ行く姿を見ているか」
「害虫が発生している原因を知っているか」
「島の役人達、島の責任者達は、島の五穀豊穣、害虫駆除の祈願祭を近日中に施行せよ」
神々の御照覧あって島民は救われるでしょう。
そこで玻座間与人と大山親雲上は早速、島民を集め協議の結果、
毎年6月西塘祭を挙行することに決し
牛一頭を屠って盛大に行う事になった。
其の後のお神の御加護により、
農作物は稔り、民の生活は安定し幸福を招いている。

大浜津良は竹富501番地大浜太呂氏の祖先にあたる。
毎年西塘祭は部落よりお供物をして感謝の意を表している。
《以下略》

『西塘傳』 与那国善三、上勢頭亨 共著 (1957年発行)より引用

(1) 玻座間与人(はざまゆんちゅ) 竹富島に派遣されてきた地方役人
(2) 筑登之親雲上(ちくどぅんぺーちん) 琉球王から与えられた農民の位階

投稿者 takidun : 09:06 AM

June 12, 2012

四月祭

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国仲原の粟穂 (平成24年6月9日)

昨日の竹富島では、
旧暦四月の
壬(みずのえ)・癸(みずのと)の日を選んで
執り行う四月祭(シガツマツリ)がありました。

作物が無事に育ったことを竹富島の神々に感謝し、
収穫までに虫害や台風などの災いなく
豊穣を頂けるよう祈願します。

以前は粟を供えていましたが、
現在では新米を奉げています。

祭主の竹富公民館執行部と神司は
真知御嶽、国仲御嶽、清明御嶽を参拝します。
公民館執行部の祭祀のあと、
神司と氏子たちは、
それぞれの氏神様と氏神様が招いた神がまつられる、
六山(ムーヤマ)へと参拝します

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花城御嶽のウブ(聖域)入り

(ta)

投稿者 takidun : 09:24 AM

May 28, 2012

四月大願い

竹富島では
平成24年度のはじめてのまつり、
「四月大願い」が執り行われています。

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清明御嶽での夜籠り

(ta)

旧暦四月の戊(ツチノエ)・己(ツチノト)*の2日間に
わたって執り行われる
作物の成長を祈願する祭、四月大願い。
【*甲(キノエ)・乙(キノト)で日を選ぶ場合もあります。】

今回は、
「四月大願い」の進行を時系列でご紹介します。


初日(夜籠り)

・14時 執行部(三役・幹事)と祭事部はまちなみ館で準備開始
・16時 神司はそれぞれの御嶽で準備を始める
・18時 夜籠り参拝

西塘御嶽 久間原、波利若御嶽神司 (執行部・有志)
清明御嶽 玻座間、仲筋御嶽神司  (執行部・有志)
幸本御嶽 幸本、花城御嶽神司   (執行部・有志)

執行部と祭事部は幹事が用意した夜食をいただく
祭事部は夜籠りの神司へ夜食を配膳し、片付け後終了。

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西塘御嶽

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清明御嶽

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幸本御嶽


二日目

・06時

弥勒奉安殿 弥勒司【大山・與那国家】(執行部・有志)1供物
西塘御嶽  久間原、波利若御嶽神司(執行部・有志)2供物
清明御嶽  玻座間、仲筋御嶽神司 (執行部・有志)2供物
幸本御嶽  幸本、花城御嶽神司  (執行部・有志)2供物
国仲御嶽  六山神司       (執行部・有志)1供物

・08時頃         ― 有志参拝終了 ―

神司は、それぞれの氏子と合流し各御嶽へ参拝
(執行部は氏子として御嶽を参拝・供物は各御嶽の氏子が用意する)
執りおえたのち3組に分かれて参拝
(公民館では都合15箇所・17の供物を用意する)

美崎・親泊御嶽 玻座間・波利若御嶽神司(執行部) 2供物
東美崎御嶽    久間原・花城御嶽神司 (執行部) 1供物
ニーラン      仲筋・幸本御嶽神司  (執行部) 1供物
西美崎御嶽    西美崎御嶽神司          1供物

            ― まちなみ館にて合流 ―

世持御嶽   六山神司       (執行部)  2供物
真知御嶽   六山神司       (執行部)  1供物

・12時頃  

根原屋    六山神司       (執行部)  1供物


・13時頃  執行部と祭事部はまちなみ館で後片付け

                 ― 終 了 ―

投稿者 takidun : 08:25 AM

March 01, 2012

二月祭

本日、
竹富島では、
総ての草葉に感謝する祭、
二月祭が執り行われています。

平成23年度竹富公民館執行部が
行う年度最後の祭で、
真知御嶽、国仲御嶽、清明御嶽を参拝します。

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午後には、
神司をはじめとする有志たちが、
六山(ムーヤマ)の御嶽を参拝します。

(ta)

投稿者 takidun : 10:52 AM

February 07, 2012

十六日祭

2月7日(旧暦1月16日)は十六日祭。
あの世のお正月です。
この日は、大きな沖縄特有のお墓の前で、御膳をいただきます。
家族揃って、そしてご先祖様も揃っての宴です。
そのため、学校も一般企業もお休みだったりします。

あいにくのお天気だったため、自宅された方もいらっしゃったようですが、
大変盛り上がった一日になったことでしょうね。

投稿者 takidun : 12:39 PM

January 27, 2012

「弥勒」

2日間にわたって行われるタナドゥイ(種子取祭)の奉納。
約70点奉納される芸能のハイライトの一つに

「弥勒」(ミルク)があります。

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「弥勒」  (2008年奉納)

今回は、
多くのテードゥンヒトゥ(竹富人)が憧れる芸能のひとつ、
「弥勒」についてご紹介いたします。

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金斗鉉作 「弥勒」


玻座間村、仲筋村のホンジャー(芸能の統括者)の祝詞を終えた
直後の演目で奉納される「弥勒」ですが、
弥勒の御面をつける方は世襲で決められており、
与那国家の当主が担当します。

弥勒を守護する4名のシーザ(世座)は、
サチブドゥイは玻座間民俗芸能保存会の石垣会員、
アトゥブドゥイは玻座間民俗芸能保存会の竹富会員が担当します。
また、
弥勒からもたらされる豊かさを表す小道具を持つ従者役は、
庭の芸能で「太鼓」を披露した竹富小中学校の先生と生徒が担い、
子孫繁栄の象徴であるファーマー(子ども)は、
竹富島在住の子どもたちや、
島に血縁関係がある子どもたちに出演依頼の声が掛かります。

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「弥勒」  (2008年奉納)

竹富島で、
いかに「弥勒」が大切にされているかを感じることができるのは、
舞台以外に決して弥勒を歩かせないことや、
御面を移動する際に人祓い役が付くことなどが挙げられますが、
特筆すべきは、
弥勒を守護するシーザ役に対するチェック。
化粧はもとより足袋や下着の色から帯の付け位置、
ひいては専用の脚絆やセッタまでが用意され、
舞台に立つ直前まで厳しいチェックが入ります。

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弥勒の小道具を運ぶ竹富小中学校の生徒たち (2011年)

演目は、
弥勒がファーマーとともに従者を引き連れて登場し、
シーザ役のひとりが世持御嶽にいらした神々に供物を捧げたのち、
空手の型に似た演舞「シーザブドゥイ」を奉納し、
弥勒を先頭に退場する極めてシンプルな芸能ですが、
演目のはじめから終わりまでの約20分間
節をとる太鼓と笛の音が絶え間なく響き、
地謡が、
「弥勒節」「シーザブドゥイの唄」「ヤーラーヨー」を進行に合わせて唄い、
華やかな舞台をさらに一層厳かに引き立たせます。

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シーザブドゥイ (2011年奉納 サチブドゥイ)

出演前の舞台裏では、多数の出演者でごった返すなか、
舞台に立たせたい親御さんが、
弥勒の御面に対する恐怖感からか泣きじゃくる子どもをなだめたり、
緊張を鎮めようと精神を集中するシーザ役、
太鼓の奉納を終えた児童生徒が先生方に衣装を直されたりと、
慌ただしさのなかに独特の緊張感が窺えます。

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舞台を終えた後の出演者は、
多くのカメラマンの被写体として収まりますが、
奉納を終えたすがすがしい笑顔は、
御面や小道具を奉安殿へお返しするまではお預けとなります。

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投稿者 takidun : 02:59 PM

December 19, 2011

ナーキ祝い

今日の竹富島では、
タナドゥイ(種子取)で蒔いた種子が
しっかりと根付き、すくすくと育つことを願う祭、
ナーキヨイが執り行われました。

竹富公民館執行部と共に
国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽を参詣した
神司はその後、
六山の氏子が待つ御嶽へと向かいますが、
参拝の順番や時間は各御嶽によって異なります。

(ta)

今年は六山の御嶽のうち、
午後1時をまわった頃の
波利若御嶽、久間原御嶽、花城御嶽
を回ることができました。

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波利若御嶽
ムチャネーとウサイ(供物)、温かい豚汁をご馳走になりました。
シカイト ミーハイユー

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久間原御嶽
プイとナーキヨイの時に謡う
「おおみしゃく」を謡わせていただきました。
シカイト ミーハイユー

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花城御嶽
12月16日に祝賀会を行った新しい拝殿でのナーキヨイです。
昨年に引き続き、
今年は頼もしいスンイリ(新人)が足を運んでくれました。
シカイト ミーハイユー

花城御嶽ではナーキヨイの願いが終わると、氏子たちの祝賀会。
温かい豚汁と御馳走をみんなでいただきます。


ナーキヨイを終えると、
慌ただしい12月も残りあと僅か。
例年より肌寒く感じられる竹富島も年の瀬を迎えます。

投稿者 takidun : 03:55 PM

December 09, 2011

種子取祭の模様

11月25日から12月3日まで続い種子取祭も無事終わり
ほっと一息・・・な島内です。
島が一番盛り上がり活気立つ祭事です。

今年は皆様が楽しみにしいる奉納芸能は12月1日、2日。
前日までと打って変わって、不安定な天気と寒さの2日間となりました。
12月1日、2日の様子を少しですが、画像でお楽しみください。

『種子取祭』についてはコチラ
http://www.taketomijima.jp/blog/archives/001047.html

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投稿者 takidun : 12:56 PM

November 14, 2011

十月祭 (高火の願い)

昨日は、
火難・水難などの災難に免れたことに感謝する祭、
十月祭が執り行われました。

十月祭の特徴は、
女性の氏子が神司とともにウブ入りをすること。

ウブ入りは、
十月祭、二月祭、四月祭と
ナーキヨイ(長月祝い)、プイ(豊年祭)の
年に5回。

ここ連日ぐずついた天気が続きましたが、
ウブ入りの時間になると雨も止み、
女性たちは難儀をすることなく祈りを捧げることが
できたかと思います。

十月祭を執り終えると、
いよいよ竹富島は、
タナドゥイに向けての準備が加速していきます。

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拝殿の改築工事が進む中で行われた花城御嶽のウブ入り

(ta)

投稿者 takidun : 03:50 PM

October 21, 2011

九月大願い 

諸作物の成長、人々の安寧を祈願する

九月大願い

が昨晩から2日間にわたり執り行われています。

旧暦9月に執り行われる大祭とあって、
杯には菊の葉が添えられます。
菊の香りが漂う御神酒をいただくと、
九月大願いであると感じます。

初日は神司が清明御嶽、幸本御嶽、西塘御嶽での夜籠り。
翌日は祭主の竹富公民館執行部を中心とした
主だった拝所への祈願が行われます。

(ta)

竹富島では数多くの祭りを執り行っていますが、
大別すると、
「祈願祭」と「感謝祭」
に分けることができます。

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10月20日 22時00分頃  西塘御嶽

祈願祭は、
しっかりと願いが根付きますようにと
土(つち)の日。または木(き)の日。

感謝祭は、
感謝した思いがきれいに流れますようにと
水(みず)の日。

と決まっています。

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10月21日 6時50分頃 西塘御嶽


今年の九月大願いは
「つちのえさる」、「つちのととり」の二日間。

竹富島からの祈りが
しっかりと根付きますように。

投稿者 takidun : 10:42 AM

October 11, 2011

節祭 (シチマツリ)

古代の正月と云われ、
己亥(つちのとゐ)の日を願い日と定め、
土地を祓い、井戸を清める
節祭(シチマツリ)が本日執り行われています。

(ta)

祭主の竹富公民館執行部と4名の神司は、
国仲御嶽、西塘御嶽、清明御嶽、根原屋を参拝し、
大地への感謝、豊かな世を祈願します。
さらに、
戊子(つちのえね)の日、いわゆる種子取祭の祈願を、
49日後に執り行うことをお知らせします。

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根原屋(ネーレ)のザートゥク(床の間)

根原屋は、
種子取祭を統一した根原金殿の末裔にあたります。
根原屋は南側が上座であり、
左手の香炉は根原金殿を祀っています。

その後、執行部と神司は、
それぞれの御嶽(六山)に参拝したのち、
由来がある25か所の井戸を分担して祈願します。

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花城御嶽のウブ(聖域)

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先日学習会でも訪れた花城井戸(ハナックンガー)
花城御嶽の神司は、
必ずハナックンガーを最初に参拝します。

そして、
本日午後5時より、弥勒奉安殿の扉が開き、
ミルク神がお出ましになります。

ミルク神は、8月6日の七夕祭以来2回目のお出ましです。
残りの1回は種子取祭。

タナドゥイまであと49日。

シチを執り終えると、
にわかに島が騒がしくなってきます。


投稿者 takidun : 02:41 PM

September 20, 2011

米寿を迎える敬老会

竹富島では、
昨日(19日)に第88回敬老会が開催されています。

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(ta)

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今年の敬老会は記念すべき88回目。
人に例えると、「米寿」を迎えます。

今年の新敬老会員は1名。
竹富島での数え年70歳を迎える方々は
91名となります。

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5月10日現在の竹富島の人口は346名。
そのうちの91名が敬老会員です。
人口比率でみると、約26%が高齢者です。

ちなみに、
テレビで報道されていた日本国内における
高齢者の人口比率は約23%とのこと。
巷(ちまた)では、
「超高齢化社会を迎える日本」と囁かれているそうですが、
竹富島で活き活きと暮らす
大先輩の方々のご活躍を照らし合わせてみると、
皆さん、まだまだバリバリと働いてもらえる。

そのような気がしてなりません。

敬老の日、おめでとうございます。


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恒例の万歳三唱。
檀上左から:
阿佐伊孫良竹富老人クラブ会長、上勢頭芳徳竹富公民館長、野原裕佳石垣竹富郷友会長

(ta)

投稿者 takidun : 03:35 PM

September 13, 2011

十五夜の願い

南東の海上に発生した熱帯低気圧の影響を受け、
ここ数日、竹富島の天気は思わしくありません。
降りしきる雨が落ちるなか、、
昨日(12日)、
竹富島では十五夜祭が行われました。

残念ながら、3集落の旗頭
( 東集落 太陽 「瑞光輝」)
( 西集落 龍 「五風十雨」)
(仲筋集落 緋鯉 「雙鯉躍」)
を揃ってみることはできませんでしたが、
3支会(東・西・仲筋)の集会場では、
各支会の住民、
さらに、
石垣島在住の竹富島出身者が集い、
それぞれの旗頭を丁重に飾り、
旗頭を前に支会ごとに楽しいひと時を過ごします。

当ブログでは、いんのた会(西集落)で行われた
十五夜祭をご紹介しましょう。

(ta)

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龍を司るいんのた会の旗頭

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旗頭を前にして
いんのた村、
さらには竹富島の安寧と繁栄の感謝、
そして、十五夜祭を行うことの報告を行い、
参加者全員でますますの村と島の発展を祈願します。

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ときおり止む雨の合間をぬって、
旗頭を先頭に、銅鑼と太鼓の音に合わせながら村をねり歩きます。

残念ながら
綺麗な満月を参加者で一緒に見ることはできませんでしたが、
午後11時頃に見ることができた雲の合間から顔を出した美しい月は、
竹富島の未来を明るく照らしているようでした。

投稿者 takidun : 11:06 AM

September 05, 2011

まつりのあと

「結願祭」と「世迎い」
ふたつの祭を同日に行った今年の竹富島。

まつりの後片付けを終えた、
午後6時30分頃の清明御嶽。

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三つの集落の集会所と、
狂言部が集う有田屋(アリンジャ)では、
今日の奉納の反省会が行われます。

毎年、必ず見ることができる光景と、
毎年、必ず感じることができる雰囲気。
ここに、
本来の竹富島が漂わせる“香り”に
触れることができます。

(ta)

投稿者 takidun : 08:20 PM

結願祭〜奉納〜

平成23年度結願祭の奉納芸能は8点。
(踊り幕は仲筋支会の提供)

“余興”とは大きく異なる“奉納”とあって、
タナドゥイ(種子取祭)の奉納と同様に、
狂言人、踊り子からは緊張感を感じることができます。
しかし、
会場の雰囲気は、
舞台と客席との間隔が近い結願祭の奉納のほうが、
より
「村祭り」らしさを感じさせてくれます。

今年の
「芋堀狂言」で稔った芋の名は、
「なでしこジャパン」とのこと。
会場は爆笑の渦。
大いに盛り上がったそうです。

(ta)

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「始 番」 ― 狂言部 ―

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「赤馬節」 ― 東支会 ―

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「ゆがふ口説」 ― 仲筋支会 ―

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「まつにゃーま」 ― 西支会 ―

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「芋堀狂言」 ― 狂言部 ―

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「湊くり」 ― 東支会 ―

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「大浦越路」 ― 仲筋支会 ―

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「一本ゼー」 ― 西支会 ―

投稿者 takidun : 07:48 PM

世迎い (ユーンカイ)

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平成23年9月5日午後1時7分 ニーラン神石

アガトカラ クルフニヤ
バガイヌ トンチャーマ
ウヤキ ユーバ タボラル


遥か彼方から 向かってくる船は
私たちの 愛おしい 兄弟たちだ
素晴らしい 世を 賜わります。

(ta)

投稿者 takidun : 06:21 PM

結願祭 〜夜籠り〜

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9月4日、
午後11時を過ぎた頃の清明御嶽の灯と、
仲筋御嶽の神司。

5日には、結願の参拝と
同日に執り行われる「世迎い」。

そして清明御嶽で奉納芸能が執り行われます。

(ta)

投稿者 takidun : 09:22 AM

August 13, 2011

ショーロ お盆

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竹富島では8月12日〜14日にかけてお盆です。
今年は旧暦の沖縄のお盆と内地のお盆が重なったこともあり
沖縄への帰省がしやすい様子。
たくさんの人が島へ帰っていらっしゃいます。

今年は、さまざまな思いが重なるお盆。
全国でもそれぞれのお盆が過ごされていることでしょう。

竹富島のお盆はコチラ

初日は「迎えの日」、二日目が「中ショーロ」、三日目は「ウクルヒ(送る日)」と呼び、
三日間ご先祖様を供養します。

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各家では、ショーロガナシ(ご先祖様)をあの世からお迎えし、たくさんのごちそうで迎えます。
迎えの日のお供え物の特徴としてズーシーを準備するのが慣わし。
沖縄では有名な炊き込みご飯です。そして三日間、朝昼晩と食事の準備をしますが、
その際にミジヌクで清めます。
ミジヌクとは施餓鬼への供物とされ、大きなお椀に茄子やキュウリを刻みお米(粟)を加えて
水を張ったものをマーヤブ(メドバギ)の枝で庭へまき散らします。


迎えの準備が終わると、門前でかがり火をたきご先祖を迎え入れます。
そして夜、アンガマが家々を訪問します。
アンガマとは念仏行列のこと。月夜のもと、ジカタ(地謡)の奏でる音色にのり、
あの世からの訪問者としてクバ笠に手ぬぐいで顔を隠した姿の若者たちが、
各家の仏壇の前庭においてアンガマ踊りでショーロガナシ(先祖の霊)をもてなします。

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先ず、日によってちがうニンブチャー(念仏歌)で始まります。
ニンブチャーには、孝行念仏・七月念仏・無蔵念仏・園山念仏・かなし念仏などがあります。
他にも踊りを見たいといった先祖の声(裏声)が合図となり、様々な踊りが披露されます。

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また、青年会によるエイサーの太鼓の音が響き渡り、盛り上りを見せます。

三日目は、ウクルヒ。ごちそうやウチカビ(紙でつくられたお金)とともにご先祖様を
あの世に送ります
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ウチカビは送りの日に燃やし、ご先祖様にあの世へ持ち帰ってもらいます。

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ウクルヒの翌日は、「スードーリ」を行います。早朝に各集落ごとに集合し、
見送られてもまだ帰ろうとしないご先祖様に帰っていただくためや、
お盆の間にきちんと送られることがなかった無縁仏などを払い、
集落の道を清める意味合いとして、道の修復と掃除をします。

投稿者 takidun : 03:34 PM

July 17, 2011

プイ (豊年祭)

西塘大主の感謝祭である
「西塘ばんはじり」の10日後にあたる
旧暦6月の2回目の
みずのえ・みずのとの二日間。
竹富島では、
豊穣感謝のプイ(豊年祭)が執り行なわれます。


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豊年祭は、
八重山の各地域で行なわれる祭で、
地域によって、「プール」「プーリン」「プイ」などと
呼び方が異なります。

竹富島のプイは、
古くから執り行なわれてきた形を残しており、
初日のオンプイでは、
氏神と渡来元の神がまつられている6つの御嶽に
氏子たちが集い、
島の神々に
竹富島を取り巻く全ての恵みに感謝します。
それは、
ひとりひとりの健康や心の平和、
訪れる人たちの幸せ。
とても大らかな世界観といってもいいでしょう。

翌日のトゥヌイプイでは、
竹富公民館執行部と神司が、
竹富島の主だった御嶽を参詣します。
ユーニンガイ (豊穣祈願)の意味合いも含んだ
トゥヌイプイでは、年に僅か2回だけ入ることを
許される小底場(クックバー)に上ります。


7月15日 午後9時頃 〜 プイ前日 花城御嶽 〜

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プイの時にみんなで食べるムチャネ(ムチャニ)を作ります。
ムチャネは、もち米に粟や小豆などを炊いて練り、
円盤状に丸め、イトバショウの葉で包みます。

7月16日 午前11時頃 〜 オンプイ 東美崎御嶽 〜

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東美崎御嶽でのスナップ。
休日とあり、たくさんの子どもたちが訪れていました。

7月16日 午後3時頃 〜 オンプイ 花城御嶽 〜

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花城御嶽のウブ(聖域)。男性は入ることができません。

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竹富公民館執行部と有志の参詣。
祭主の竹富公民館執行部は、
オンプイの時のみ六山の御嶽に参詣します。

7月16日 午後7時過ぎ 〜 オンプイ 花城御嶽トゥヌイムトゥ 〜

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トゥヌイムトゥ(御嶽の統括者)のジージョン(土地の神)での御礼

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トゥヌイムトゥのザー(床の間)での御礼

7月17日(日) 午前7時45分 〜 トゥヌイプイ ニーラン  〜

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今日は大潮で満潮が近いとあり、
カントゥイ(神石)からかなり後ろで「豊年祭の道歌」を謡います。

今年のプイで、
玻座間御嶽の神司が引退され、
竹富島では神司の長である大司が不在となります。
さらに、
六山でもっとも古い花城御嶽の拝殿(1951年建立)
も改築の提案がなされています。

平成23年に執り行なわれた豊年祭は、
竹富島でのひとつの節目となります。

投稿者 takidun : 11:16 AM

June 16, 2011

四月祭

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粟の初穂 【東集落】

〜 粟の初穂を迎え、何の病虫害もなく祈願通り稔らせ、
 夏の収穫期には首尾よく収穫させてくれるようにと祈る 〜


初穂の感謝祭である四月祭は、
6月6日から延期され、本日執り行なわれました。

現在では粟の初穂ではなく、米の初穂を供えていますが、
台風2号の影響により八重山での初米の収穫が遅れたため、
10日後の「みずのえ」の日に延期されています。


竹富公民館執行部と神司が参拝するのは、
真知御嶽・国仲御嶽・清明御嶽の三か所で、
二月祭、十月祭と同じです。

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清明御嶽での祈願を終え、
僅かばかりの歓談を終えたのち、

執行部は後片付けを行ない、
その後氏子としてそれぞれのムーヤマ(六山)の御嶽へ参拝に向かいます。

神司はそれぞれのムーヤマの御嶽のウブ(聖域)入りに向かいます。

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(ta)

投稿者 takidun : 11:24 AM

March 08, 2011

二月祭

旧暦2月の「みずのえ」の日を選んで行なう二月祭。
生長した麦の実の入りを願う祭で、
“タネイリニガイ”とも云います。

また、別称“草葉の願い”とも云われ、
総ての草葉に感謝する願いでもあります。

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平成22年度の竹富公民館執行部の
祭事行事も二月祭で最後となります。

清明御嶽では、
5名の神司が執行部に対し、
「お疲れさま、一年間御苦労さま」
とのあたたかい声を投げかけられていました。

(ta)

投稿者 takidun : 01:46 PM

March 01, 2011

ピルズマ祭

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乙卯(きのと う)の日を願い日と定め、
ニンニクの生命力の強さにあやかり、
ニンニクの初上げ願いを行なう。
竹富島の奇祭ともいえるピルズマ祭は、
本日午前8時から執り行われました。

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ピルズマ祭では、
竹富公民館執行部の幹事役が道祓いを務めます。
これは、国仲御嶽、清明御嶽へ移動する
神司一行の前に立ったり、横切ったりすることは
命を落とすと云われ、さらに、その行為を許した
神司にも災いがもたらされると云われているためです。

道祓い役の幹事は、
道の辻では必ず通行者がいるか確認し、
祭事を知らない観光客がいた場合、
速やかにその場を去るよう促します。

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国仲御嶽にて
右手 花城御嶽神司、仲筋御嶽神司、久間原御嶽神司
左手 玻座間御嶽神司、波利若御嶽神司


まちなみ館を出発し、国仲御嶽を参詣した
神司は、ニンニクの初上げを行ない、
刻んだのち、持参した味噌と共に供物として捧げます。

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ピルズマ祭では、
祭事にはつきものの神酒を捧げません。
捧げるのはニンニクと味噌のみです。

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下げた供物を召し上がったのち、
清明御嶽へと向かい、国仲御嶽と同様にニンニクを捧げ、
ピルズマ祭は終了します。

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清明御嶽にて
右手 玻座間御嶽神司、波利若御嶽神司、久間原御嶽神司
左手 仲筋御嶽神司、花城御嶽神司

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(ta)

投稿者 takidun : 11:21 AM

February 18, 2011

十六日祭

2月18日(旧1月16日)は沖縄では十六日祭です。

あの世のお正月といわれ、先祖とともに新年を祝います。
当然祝う場所は、お墓。

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沖縄では大家族が集えるようにお墓が大きいとも言われていますが、
今日はその墓前で楽しいひと時が繰り広げられます。

島内ではそろそろ(お昼頃)お墓が賑わう頃でしょうか。
ご馳走に歌に踊りがあちらこちらで見受けられます。

投稿者 takidun : 12:17 PM

December 15, 2010

ナーキヨイ (ナーキ祝い)

昨日の竹富島では、
蒔いた種子がすくすくと育つようにと祈願する祭、
ナーキヨイ(ナーキ祝い)
が行われました。

種子取祭、豊年祭、結願祭とともに、
竹富島の4大神事のひとつで、
プイ(豊年祭)と同様、
竹富島の島立の6人の氏神と
氏神が招いた神々がまつっていた神が祀られている
6つの御嶽に氏子たちが集います。

竹富公民館執行部と共に
国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽を参詣した
神司は、それぞれの御嶽の氏子が待つ拝所へと向かいますが、
参拝の順番や時間は各御嶽によって異なります。

花城御嶽の場合、
御嶽の統括者(トゥヌィムトゥ)の屋敷に置かれた

ジージョン(地上御嶽)

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ザートゥク(床の間)

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を祈願したのち、
東美崎御嶽、花城御嶽へと向かいます。

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東美崎御嶽
ウブ(聖域)が拝殿のなかであるため、
男性は拝殿には入ることができません。


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花城御嶽のウブ
男性は立ち入ることを許されておらず、
女性も年に5回しか中に入ることができません。


今年のナーキヨイで、
花城御嶽では
嬉しい報告が二つありました。

一つ目は9月13日に神司交代の儀が執り行われ、
三代にわたり神職をスムーズに継承できたこと。

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二つ目は、
かわいいスンイリ(新入り)が訪れたこと。

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ナーキヨイを終えると、いよいよ年の瀬を迎えます。

嬉しい二つの報告からは、

来年の竹富島は
世果報(ゆがふ)世であることを感じさせてくれます。


(ta)

投稿者 takidun : 11:06 AM

December 12, 2010

鍛冶工狂言(かざくきょんぎん)

鉄で作られた農具は、
木器や石器に比べるとはるかに生産力が向上します。
しかし、
沖縄には鉄の原料となる鉄鉱石や砂鉄が採れないため、
大和から鉄を購入し農具を制作していました。

作物の種子と同じく貴重な鉄。

種子取祭の奉納初日、
必ず奉納される呪狂言(ジーキョンギン)のひとつで、
一番最初に奉納されるのが、鉄の重要性を物語る

「鍛冶工狂言」です。

鍛冶工主(カザクシュー)が
鞴親父(フケイージャ)、前打(まいうち)甲と乙の3名と共に、
ヘラ、クワなどの鉄農具を制作します。

鍛冶工狂言の特徴は、
笑し狂言(バラシキョンギン)の要素を
含んだコミカルな動きや台詞は勿論のことですが、
何といっても
韻を踏んだ飾口(カザングチ・祝詞)の美しさが際立ちます。

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写真は2008年10月17日奉納「鍛冶工狂言」


今日は旧暦11月7日。

竹富島では、
鍛冶に欠かすことの出来ない、
火と風と水に感謝する神事“鍛冶屋の願い”
が執り行われました。


鍛冶工狂言と同様に、
鉄器の大切さを今もなお伝えています。

(ta)

投稿者 takidun : 04:07 PM

November 19, 2010

十月祭(高火の願い)

〜 火難、水難、荒風、大風に遭わせないでください。
   韮(ニラ)のように本も根も強くあらせてください。  〜

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竹富公民館執行部と神司による清明御嶽での祈願


防災祈願の祭でもある十月祭は、
別名、“高火の願い”とも云い、
旧暦10月の「みずのえ」の日取りで執り行います。

祭主の竹富公民館執行部と神司は、
真知御嶽、国仲御嶽、清明御嶽を参拝し、
自然災害や火災などの人災が起こらぬように祈願します。

十月祭では、
火を灯さない線香も供えます。
これには、
災い(火)を起こす(灯す)ことなく過ごせますように。
との願いが込められています。

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清明御嶽の祈願を終えたのち、
神司は、それぞれが所属する御嶽を参拝します。


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6人の島立ての神々が祀られる六山(ムーヤマ)のひとつ、花城御嶽


十月祭では、男性は立ち入ることを許されていない聖域で、
女性も年に僅か5回しか立ち入ることのできないウブ(神殿底)に入ります。


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花城御嶽のウブでの祈願

ウブ入りは、

 1.十 月 祭
 2.ナーキヨイ  (新暦12月頃:蒔いた種子の成育祈願)
 3.二 月 祭  (新暦 3月頃:蒔いた種子の成育祈願)
 4.四 月 祭  (新暦 5月頃:粟の初穂が無事に収穫できるよう祈願する)
 5.プ    イ  (新暦 7月中旬〜8月上旬頃:豊穣の恵みを感謝する) 
 
に行われ、
十月祭、二月祭、四月祭の際、
ウブでの祈願に差し出す供物は、神司が用意します。


ウブでの祈願後、
僅かばかりの供物を口にし、
拝殿に移動した氏子たちは、
あらためて供物をいただき、竹富島の安寧を願います。

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(ta)


投稿者 takidun : 04:43 PM

October 06, 2010

チチヌニヌ タニドゥル ヌ ニガイ (種子取祭5日目)

 昨日(10月5日)は、種子取祭において
もっとも重要な一日。
粟の種子を蒔く “つちのえ ね”の日にあたります。

竹富島の氏神および氏神が招いた神がまつられている
御嶽(六山・ムーヤマ)の神司は、それぞれの御嶽を参拝し、
神々に対し、奉納芸能が行われる世持御嶽にお集まりいただくようご案内します。

また、竹富公民館執行部と神司は、
世持御嶽にまつられている火の神、農耕の神、
種子取祭を統一した玻座間御嶽、
島づくりの2神がまつられている清明御嶽、
そして、玻座間御嶽にまつられる根原金殿(ネーレカンドゥ)
の本家にあたる根原屋を参拝します。


八重山では、島々で種子取祭が行われていますが、
竹富島の種子取祭は、“つちのえ ね”に必ず執り行われます。
つまり、
〜チチヌニヌ タニドゥル〜 (つちのえねの日の種子取祭)
とは、竹富島の種子取祭の象徴ともいえます。

さらに他の地域と異なるのは、
種子取祭が粟の播種儀礼であること。
お米が収穫することが難しい竹富島では、
以前は粟が主要作物として収穫されていたことを物語っています。

つい、きらびやかな7・8日目の奉納芸能の両日に目が向きがちですが、
最も大切なのは5日目の祈願の日であるといえます。

この日、男生産人(18〜69歳)は世持御嶽に集って舞台を設営し、
主婦のみなさんは、イイヤチ(飯初)づくりに励みます。

また、芸能を奉納する
狂言人(キョンギンヒトゥ)や舞踊部(ブドゥイドゥン)のみなさんは、
今晩のフクミ(稽古総仕上げ)に向けての稽古に励んでいました。


(ta)

投稿者 takidun : 08:33 AM

September 24, 2010

平成22年度種子取祭の日程について

平成22年度(2010年)
種子取祭の日程について

竹富島のタナドゥイ(種子取)

8月17日(つちのと ゐ)、シチマツリ (節祭)
古代の正月といわれる。新しい季節を迎えたことを神々に祈り、作物を育む大地と
命の水(井戸)に感謝する神事。古来より節祭から49日目のつちのえねの日を祭日
とする種子取祭に入るとされている。

9月15日(旧暦8月8日)、ユーンカイ (世迎い)
竹富島にニライカナイの国から神々によって、種もみがもたらされる神事が行われる。


本年は、10月5日がつちのえねの日にあたり、その日に種子を蒔く。
それより4日前のきのえさるの日から種子取祭の日程に入るとされている。


1. 10月1日(きのえさる)種子取祭初日
 初日はトゥルッキと称し、祭の計画手配を行う。玻座間、仲筋の両地区の
 長者(ホンジャー)の前で無事に奉納芸能が尽くせるようにと祈願を行なう。

2. 10月2,3,4日
 種子取祭の諸準備。踊り、狂言の稽古を行う。

3. 10月5日(つちのえね)
 男生産人(16歳〜65歳迄)は、早朝から幕舎張りなどの奉納芸能の舞台を
 設営する。出欠を取り、理由もなく出役しない者には過怠金を科す。
 各家では種まき。主婦はイイヤチ(飯初)作り。
 公民館役員や神司は、揃って玻座間御嶽、世持御嶽、清明御嶽、根原家などを廻り
種子取祭の願いを行なう。神司は、その後それぞれの御嶽で祈願して案内をかける。

4. 10月6日(つちのとうし)
 ンガソージといって、前日に蒔かれた種がしっかりと土につくように、
 精進を尽くす日とされる。
 家の主がブママンガンー・ブナルンガン(姉や叔母を神とすること)を
 招いてイイヤチ戴みの儀式などもある。芸能の稽古の総仕上げの日。
 午後8時から公民館役員、石垣・沖縄・東京の各郷友会長などが
 ブドゥイドゥン・狂言ドゥンを訪ねて挨拶し激励する。
 (午後5時頃から全国竹富島文化協会主催の種子取祭に関する講話がまちなみ館で行われる。)

5. 10月7日(かのえとら)
  バルビル願いの日、奉納芸能初日。

● 午前6時
  彌勒奉安殿には公民館役員、有志、三郷友会長などが弥勒興しの祈願。玻座間御嶽
  では神司たちの祈願。その後、両者は世持御嶽で合流し、バルビルの願い、
  イバン取りの儀式がある。場所を奉納芸能の舞台に移して、乾鯛の儀式が行われる。
● 8時前 仲筋地区の主事宅へ参詣。
● 9時頃 世持御嶽へもどる。
  (午前8時頃から全国竹富島文化協会主催の種子取祭に関する講話がまちなみ館で行われる。)
● 9時30分頃から
  庭の芸能を奉納。
  棒術、太鼓、マミドー、ジッチュ、マサカイ、祝種子取、腕棒、馬乗者の順で行われる。
  庭の芸能奉納終了後、玻座間村の舞台の奉納芸能が行われる。
  その順序は、玻座間長者、弥勒、鍛冶工、組頭、世持、世曳狂言など。
  曽我の夜討で初日の芸能は終了する。
  (玻座間村の舞踊は、東と西の両集落が一年ごとに担当し、
  担当しない地区は数点を提供することになっており、本年は西地区の担当)。

● 奉納芸能終了後 イバン(九年母)戴みの儀式がある。
  それからユークイ(世乞い)が始まる。
  ユークイは、種子取祭を統一したネーレカンドゥをまつる根原家から始まり、
  その後、三集落に別れてユークイが深夜まで行なわれる。
  西集落 神司の家、玻座間長者宅、顧問宅、各家を回り最後は有田家。
  東集落 宇根家、與那国家、顧問宅、主事宅、各家を回り最後は宇根家。
  仲筋村 仲筋長者家、神司家、主事宅、その後に各家を回る。

● 22時00分頃 石垣への船の臨時便あり

6. 10月8日(かのとう)
  ムイムイ願いの日、奉納芸能二日日。

  5時、三地区に別れていたユークイの一団は、根原家で一つになってユークイ留め
  を行なう。
● 5時30分頃、世持御嶽へ。イバン返上を行ない、ユークイは総て終了。
  二日目のムイムイの願い。幸本フシンガーラの願い日とされ、それを祝して
  仲筋村のシドゥリャニが奉納される。その後、前日同様の乾鯛の儀式が行われる。
  その後、玻座間村東地区の主事宅へ参詣。9時頃世持御嶽へもどる。
● 9時30分頃から
  庭の奉納芸能(前日と同じ)がある。
  庭の芸能奉納終了後、仲筋村の舞台の奉納芸能が終日行なわれる。
  仲筋村長者、弥勒、御主前狂言、種子蒔狂言、天人狂言などがあり、最後は鬼捕り狂言
  で全ての奉納芸能が終了。

● 18時30分頃、石垣行臨時船便あり。
  種子取祭首尾方の御礼(世持御嶽、彌勒奉安殿)を行う。

7. 10月9日(みずのえたつ)
  男生産人は、早朝から幕舎片付け、経理係は祭の精算に取り組む。
● 午前10時頃 竹富公民館で公民館役員・有志と三郷友会幹部との懇談会がある。
  支払い議会を開催して種子取祭の精算を終える。
  夜は全国竹富島文化協会の総会が開催される。

8. 10月10日(みずのとみ)
  種子取祭物忌(むぬん)。現在は省略している。

(ta)

投稿者 takidun : 04:00 PM

September 22, 2010

十五夜祭

旧暦8月15日にあたる9月22日、
竹富島では男の祝日とされる、
「ジュングヤ(十五夜祭)」が行われました。
家では赤豆餅を供え、今年の豊作と健康を祈願します。

あいのた、いんのた、仲筋の各支会では、
普段は大切に保管している集落のシンボル「旗頭」を組み立て、
祈願を行ったのち、15時頃、旗頭を先頭に出発し学校の校庭に集まります。

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晴天に恵まれた空のもと、
晴れ晴れとした旗頭の姿を目にすることができました。

投稿者 takidun : 05:48 PM

September 15, 2010

ユーンカイ(世迎い)

0915yuunkai1.JPG

〜はるか昔、竹富島の西、トゥードイの浜に、
“根”の国から訪れた神々が、
穀物の種子を満載した船に乗って竹富島を訪れます。
その船は、ニーラン神石に船のとも綱を曳き、
竹富島に沢山の穀物の種子をもたらします。〜

竹富島におけるニライカナイ信仰の原点ともいえる
ユーンカイは、旧暦8月8日、新暦の9月15日に執り行われました。

沖縄にはニライカナイ信仰と呼ばれる、
はるか彼方、海を渡って訪れる来訪神を招き入れる世界観があります。
それは、石垣島川平集落のマユンガナシや西表島古見集落が発祥と
されるアカマタ・クロマタの来訪神も同様です。

竹富島では、
西桟橋とコンドイ浜の中間に位置するニーラン神石に、
早朝、祭主の竹富公民館執行部と神司が祈願に訪れます。
ニーラン神石の面前で「トンチャーマ」謡いながら、
手招きをする所作を行い、神々を迎え入れます。

ニーラン神石での儀式を終えた一行は、
仲筋集落に入り、仲筋集落の人々から歓迎を受けます。
その後、
ニーラン神の伝承と深いかかわりがあると考えられる
幸本御嶽を参拝したのち、
年に2回しか参拝しない(プイ・ユーンカイ)
幸本御嶽の東側にある小高い丘、小底場(クックバー)に登り、
八重山中に穀物の種子を配ります。


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幸本御嶽で祈願する5名の神司

その後、ンブフルの丘を越えて玻座間集落に入った一行は
仲筋井戸の前で、玻座間集落の人々からの歓迎を受けたのち、
西塘御嶽前にてガーリ(願礼)を行い、世迎いの儀式は終了します。

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(ta)

投稿者 takidun : 03:34 PM

September 09, 2010

結願祭

一年間の願いを解く祭、結願祭は、
1875(明治8)年の害虫被害による凶作は、
一年の最後の願掛けを行なっていないからだという
当時の役人であった知念与人(ちねんゆんちゅ)の発案により、
旧暦8月のみずのえの日に始められました。
一年の締めくくりということもあり、
初日は神司の夜篭り、翌日は竹富島の主な拝所を祈願します。
そのため、神司と公民館執行部にとっては忙しい祭となります。

〜結願祭の神事について(二日目)〜 
午前6時より参拝開始(供物は22箇所用意する)
 祈  願  先           参 拝 者
 1 弥勒奉安殿        一般有志(島の役職者) 執行部
 2 玻座間御嶽        神司 一般有志(島の役職者) 執行部
 3 世持御嶽          神司 一般有志(島の役職者) 執行部
 4 仲筋御嶽          神司 一般有志(島の役職者) 執行部
 5 幸本御嶽          神司 一般有志(島の役職者) 執行部
 6 国仲御嶽          神司 一般有志(島の役職者) 執行部
 7 久間原御嶽        神司 一般有志(島の役職者) 執行部
 8 花城御嶽          神司 一般有志(島の役職者) 執行部
 9 波利若御嶽         神司 一般有志(島の役職者) 執行部
10 西塘御嶽          神司 一般有志(島の役職者) 執行部
11 清明御嶽          神司 一般有志(島の役職者) 執行部
12 東美崎御嶽        花城御嶽神司
13 美崎御嶽(親泊御嶽)  玻座間御嶽神司
14 ニーラン          仲筋御嶽神司
15 西美崎御嶽        生盛屋 男司

  〜担当神司、祈願終了後清明御嶽に集合〜

16 真知御嶽          神司 執行部  東里屋 根本屋
17 根原金殿(根原屋)    神司 執行部

 午後2時迄に参拝終了


 清明御嶽にて奉納芸能開始 午後2時頃


清明御嶽で行なわれる奉納芸能では、
『始番狂言』と『芋掘狂言』が必ず奉納されます。
『始番狂言』は当時の狂言方であった有田加那が創作しており、
今でも、総指揮ぬ前(しゅっきぬまい)役は有田屋一門が演じることになっています。
カンカン帽子を被り、手には日の丸の扇子。
奉納が始まって以来変わらない小道具が、結願祭の歴史を感じさせます。

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『芋掘狂言』は現在演じられる狂言のなかで、
演者にとってもっとも難しい狂言といわれています。
結願祭の狂言はテードゥンムニ(竹富島言葉)で演じられており、
『芋掘り狂言』を演じる際、見学する島人の笑い声が

「演技が面白くて」笑っているのか、
「テードゥンムニのイントネーションがおかしくて」
笑っているのか判らなくなるそうです。

npuri.JPG

結願祭が始められた頃、
日本は明治維新を経て富国強兵の国家を目指します。
こうしたなか、1879年に「琉球処分」が行なわれ、
琉球王国は日本の近代国家のなかに強制的に組み込まれ、
新たに沖縄県が設置されていきます。

(ta)

投稿者 takidun : 04:14 PM

August 23, 2010

ショーロ(お盆)

 昨日は旧暦の7月13日。
竹富島では昨晩から三連夜、
ショーロ(お盆)が行われます。

独特の出で立ちのアンガマーが、
あでやかに、時にはひょうきんに
竹富島のお盆の夜を彩ります。

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写真は西集落

(ta)


投稿者 takidun : 10:01 AM

August 18, 2010

七夕願いと節祭

竹富島では、
16日、17日と二日続けて神事が行われました。

一昨日の16日には七夕願いが執り行なわれています。

旧暦7月7日に行われる七夕願いは、
別名ナンカショーロ(七日精霊)とも云い、
ご先祖さまを迎える一週間前にあたります。
 
 各家庭では、
お盆の一週間前に霊前に料理を供えたり、衣類や書物の虫干しを行ないます。
 
 竹富島で執り行われる祭事では、
夕刻の6時30分、世持御嶽の境内にたたずむ弥勒奉安殿の扉が開き、
今年はじめて弥勒の御面がお出ましになります。
弥勒のお出ましについては、虫干しの意味合いを持つと云われています。


昨日(17日)は節祭(シチマツリ)が執り行われています。

太古の正月とも云われ、
旧暦干支“己亥(つちとゐ)”の日取りで執り行う
この祭には、
土地を祓い、井戸水の清めをし、諸作物に荒風、毒虫の
発生なく、来年度も豊作であるよう土地の神に祈念します。

午前中は、祭主である竹富公民館執行部と神司は、
竹富公民館が管理するムラオン(村御嶽)3か所を参拝したのち、
種子取祭を統一したネーレカンドゥ(根原金殿)に、
タナドゥイ(種子取祭)が49日後に執り行うことを伝えるために、
根原屋を訪れます。

午後には、竹富島の25か所の井戸を、神司は分担してムーヤマ
(六山)の神々に縁の深い井戸を巡り、花米一合、線香一結を供えます。

夕刻には、七夕願いと同様、竹富公民館執行部と有志たちは
ミルク奉安殿の前に集い、ミルク神の御面のお出ましを待ちます。


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(ta)

投稿者 takidun : 03:02 PM

August 01, 2010

トゥヌイプイ

今日は豊年祭二日目、トゥヌイプイ。

素晴らしい世を祈願する
ユーニンガイ(世願い)にあたる日です。

祭主の竹富公民館執行部と
竹富島の神職である神司は、
午前7時頃、まちなみ館を出発し
竹富島のニライカナイの神々を迎える
聖地、ニーランを参詣し、
銅鑼と太鼓の音を響かせながら、

昨日のオンプイと今日のトゥヌイプイ
にだけ謡われる、「豊年祭の道歌」を声高らかに謡いあげます。

SN3J0041.JPG

待ちゅぎたる きゆぬ日
願ゆたる 黄金日
ヒーヤ シュラ ジャンナーヨー

ハーリ 今日ぬ吉日に はじりあぎしたぼり
ヒーヤ シュラ ジャンナーヨー


【待っていた 今日の日、願っていた 黄金日
今日の佳き日に、解きあげてください】

ヒーヤ シュラ ジャンナーヨ

(ta)

投稿者 takidun : 10:24 AM

June 11, 2010

四月祭

蒔いた種子がすくすくと育つことを祈願する
四月祭(しがつまつり)

竹富公民館執行部と神司は、
真知御嶽【マーチオン・智恵の神が祀られる】
清明御嶽【マイヌオン・島造りの神(オモトテラス・ホーステラス、シンミンガナシ)が祀られる】
国仲御嶽【フィナーオン・園比屋武の神が祀られる】
の順で参拝します。

午後になると、
神司は六山の氏子と共に、それぞれの御嶽を参拝しますが、
その際、御嶽の最も神聖な場所であるウブに入り、
家族、氏子、そして竹富島の繁栄を祈願します。
ウブに入れるのは、
四月祭、豊年祭、十月祭、ナーキヨイ、二月祭の年に僅か5回。
ここは、男性は入ることを許されない聖域です。

四月祭、十月祭、二月祭には、竹富公民館執行部ならびに神司は、
真知御嶽をまずはじめに参拝します。
真知御嶽は、竹富公民館が管理する村御嶽ではなく個人が管理していますが、
ここには、次の伝承がのこされていますので、みなさまにご紹介しましょう。

〜真戸の大者(マートゥヌフージャ)の話〜

 昔、竹富島に兄の名を真戸と言い、妹の名をフゾンと言う二人の兄妹がいた。
二人は信仰深く、竹富島の霊感霊時を受けた物知りと言われていた。
 当時、八重山島在番役大主様が重い病気にかかり、生きるか死ぬかの瀬戸際
にあった。八重山の役人たちは大変心配をしていたが、幸いに竹富島には神がかり
の真戸とフゾンという兄妹がいると聞いたので、早速二人に在番大主の名で出頭を
命じた。石垣島在番官舎に出頭した真戸とフゾンの二人は、そこで、在番大主から、
自分の一命を救ってくれるよう依頼された。二人は屋敷の大祓いを行ない、在番大主
の厄難祓いの祭として豚一頭を殺し、在番大主の身代わりとしてその豚に在番大主の
官服を着せて棺桶に入れ、紅白の四流旗を立てて人間同様の葬式を行った。その後、
大主は日増しに元気を取り戻して健康になった。大主は大変喜んで全快のお礼として
八重山札人から穀類を一人当り一合五勺ずつ徴収し、穀俵にして真戸とフゾンの兄妹
に謝恩の印としてあたえた。そして、大主から礼の言葉があり、また兄は真戸大者、妹
はフゾン神という位をそれぞれあたえられ、八重山島での霊感師として二人は讃えらた
と言われている。
 二人はお礼にもらった穀俵を竹富島に持ち帰り、在番大主の病気が快復したのは
私たち二人の力によるものではなく、すべて島の神々のお導きのおかげである。
私たち二人がこの俵をもらうことはできない。島の六名の神司に差し上げるべきである
といって穀俵は全部六名の神司に配付した。それでまた、二人は六名の神司たちから
欲のない生き神様として信じられるようになったとのことである。二人が死去したあと、
島の神司たちは祠を建てて真知御嶽と名づけ、真戸大者とフゾン神に感謝祭を行うように
なった。この祭事は二月祭、四月祭、十月祭の年三回行われ、今日までそれが続いている。
 八重山在番から琉球国王へこのことについて陳情文を捧げたところ、国王も認めて
王府より二人に神道の書物がおくられた。妹のフゾン神は無学であったが、その書物を
すらすらと朗読したと言う。《以下略》

出典 『竹富島誌―民話・民俗編―』 上勢頭亨 著


(ta)

投稿者 takidun : 02:23 PM

December 19, 2009

ナーキヨイ

 全国的に広がる寒波は、竹富島も覆っています。
本日13時現在の気温は19度。
とはいえ、北風が冷たく体感気温はもっと低く感じられます。
ゆがふ館にご来館いただく皆さまも厚手の衣服をまとい、
南国らしくない寒さのなか、集落を散策しています。

 今日、竹富島では
ナーキヨイ(長月祝い)の神事が執り行われています。
竹富島の4大神事のうちの一つであるこの神事は、
種子取祭に蒔いた種子がすくすくと育つように願う祭りです。
竹富島の神々である六山(ムーヤマ)の氏子たちは、
それぞれの御嶽に集い、健康の願いや島の繁栄を祈ります。

下火になりつつありますが、インフルエンザは
現在竹富島も襲っています。
残念ながら、
御嶽ではしゃぐ大勢の子どもたちの姿を見ることができず、
少々寂しいナーキヨイですが、
プイ(豊年祭)とナーキヨイに各家庭で作るムチャネーを
食べながら、静かに訪れる年の瀬を感じています。

(た)

投稿者 takidun : 01:17 PM

October 15, 2009

2009年度種子取祭奉納芸能

 10月6日のトゥルッキの儀式から始まった種子取祭も、
昨日(14日)の支払議会をもって無事に執り終えることができました。
 種子取祭のハイライトとなる奉納芸能には、
今年も大勢の方が島を訪れ、きらびやかな芸能を堪能されていました。
 会場では、毎年大勢の皆さまから「奉納芸能のプログラムはないのか?」
とのお問い合わせを受けますが、芸能は神供物の位置付けであるため、
プログラムとしてお知らせすることをしておりません。

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種子取祭を無事に執り終えた本日、ブログをご覧のみなさまに、
そっと2009年度の舞台の芸能64演目をご紹介しましょう。

平成21年10月12日 奉納 神供物
 1.長者
 2.弥勒
 3.鍛冶工
 4.赤馬節
 5.早口説
 6.しきた盆
 7.組頭
 8.種子取節
 9.真栄
10.世持
11.八重山上り口説
12.仲良田
13.安里屋
14.世曳き
15.大浦越路
16.南洋浜千鳥
17.高那節
18.伏山敵討
19.鶴亀節
20.桃里節
21.湊くり
22.正月ユンタ
23.松竹梅
24.ペーク漫遊記
25.布織りユンタ
26.組長刀
27.元タラクジ
28.八重山下ル口説
29.胡蝶の舞
30.ガイジンナー
31.弥勒御水
32.いじゅぬ花
33.鳩間節
34.竹富口説
35.曽我の夜討

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平成21年10月13日 奉納 神供物
 1.長者
 2.弥勒
 3.シドゥリャニ
 4.かぎやで風
 5.揚作田節
 6.天人
 7.たのりゃー
 8.世果報花節
 9.蔵ぬ花節
10.竹富節
11.種子蒔
12.崎山節
13.揚古見ぬ浦
14.仲良田節
15.かたみ節
16.盛山ぬドッケマー
17.する掬い
18.夏花
19.武の舞
20.仲筋ぬヌベー
21.父子忠臣
22.扇子舞
23.古見ぬ浦節
24.畑屋の願い
25.高那節
26.長刀の舞
27.サングルロ
28.海上節
29.鬼捕り

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(た)

投稿者 takidun : 12:09 PM

October 05, 2009

種子取祭の日程について

  平成21年度(2009年)
  竹富島の種子取祭

1. 8月22日(つちのとゐ)、節祭(昔の正月)
  新しい季節を迎えたことを神々に祈り、
  作物を育む大地と命の水(井戸)に感謝する神事。

2. 古来より節祭から49日目のつちのえねの日を祭日とする
  種子取祭に入るとされている。

3. 9月26日(旧暦8月8日)、世迎い(ユーンカイ)。
  竹富島にニライカナイの国から神々より種もみが
  もたらされるという神事が行われる。

4. 本年は、10月10日がつちのえねの日にあたり、その日に種を蒔く。
  昔から、それより4日前のきのえさるの日から種子取祭の日程に入る
  とされている。

5. 10月6日(きのえさる)種子取祭初日。
  初日はトゥルッキと称し、祭の計画手配を行い、
  玻座間、仲筋の両地区の長者(ホンジャー)の前で無事に奉納芸能
  が尽くせるようにとの祈願を行なう。

6. 10月7.8.9日
  種子取祭の諸準備。踊り、狂言の稽古を行う。

7. 10月10日(つちのえね)
  男生産人(16歳〜65歳迄)は、早朝から幕舎張りなどの奉納芸能
  の舞台つくりを行う。出欠を取り、理由もなく出役しない者には
  過怠金を科す。
  各家では種まき。主婦はイイヤチ(飯初)作り。公民館役員や神司は、
  揃って玻座間御嶽、世持御嶽、清明御嶽、根原家などを廻り
  種子取祭の願いを行なう。神司は、その後それぞれの御嶽で
  祈願して案内をかける。

8. 10月11日(つちのとうし)
  ンガソウジといって、前日に蒔かれた種がしっかりと土につくように、
  精進を尽くす日とされる。家の主がブママンガンー・ブナルンガン
  (姉や叔母を神とすること)を招いてイイヤチ戴みの儀式などもある。
  芸能の稽古の総仕上げの日。
  午後8時から公民館役員、三郷友会会長などがブドゥイドゥン
  狂言ドゥンを訪ねて挨拶し激励する。
  午後5時頃から全国竹富島文化協会主催の種子取祭に関する講話が
  まちなみ館で行われる。

9. 10月12日(かのえとら)
  バルビル願いの日、奉納芸能初日。
  午前5時30分、彌勒奉安殿には公民館役員、有志、三郷友会長などが
  弥勒興しの祈願。玻座間御嶽では神司たちの祈願。
  その後、両者は世持御嶽で合流し、バルビルの願い、
  イバン取りの儀式がある。
  場所を奉納芸能の舞台に移して、干鯛の儀式が行われる。
  8時前、西地区の主事宅へ参詣。
  9時頃、世持御嶽へもどる。
  8時頃から全国竹富島文化協会主催の種子取祭に関する講話が
  まちなみ館で行われる。
  9時30分頃から、庭の芸能を奉納。
  棒術、太鼓、マミドー、ジッチュ、マサカイ、祝種子取、腕棒、
  馬乗者の順で行われる。
  10時30分頃から玻座間村の舞台の奉納芸能が行われる。
  その順序は、玻座間長者、弥勒、鍛冶工、組頭、世持、世曳狂言など。
  別途演目あり。曽我の夜襲で初日の芸能は終了する。
  (玻座間村の舞踊は、東と西の両地区が一年ごとに担当し、
  担当しない地区は数点を奉納することになっており、
  本年は東地区の担当)。
  17時30分頃、イバン戴みの儀式がある。
  それから世乞い(ユークイ)が始まる。
  世乞い(ユークイ)は、種子取祭を根原カンドゥをまつる根原家から
  始まり、その後、三地区に別れてユークイが深夜まで行なわれる。
  西地区は、神司の家、玻座間長者家、顧問宅、主事宅、
  それから家々を回り最後は有田家。
  東地区は宇根家、与那国家、神司家、顧問宅、主事宅、
  それから家々を回り最後は宇根家。
  仲筋村は、仲筋長者家、神司家、その後に各家々を回る。
  22時頃石垣への船の臨時便あり

10. 10月13日(かのとう)
  午前5時、三地区に別れていたユークイの一団は、
  根原家で一つになってユークイの留めを行なう。
  5時30分頃、世持御嶽へ。イバン返上を行ない、ユークイは総て終了。
  二日目のムイムイの願い。
  幸本フシンガーラの願い日とされ、それを祝して仲筋村の
  シドゥリャニが奉納される。
  その後、前日同様の干鯛の儀式がありその後、玻座間村東地区の
  主事宅へ参詣。
  9時頃世持御嶽へもどる。
  9時30分頃から、庭の奉納芸能(前日と同じ)がある。
  10時30分頃から、仲筋村の舞台の奉納芸能が終日行なわれる。
  別途奉納芸能演目がある。
  仲筋村長者、弥勒、御主前狂言、種蒔い狂言、天人狂言などがあり、
  最後は鬼捕りで奉納芸能は終了。
  17時30分頃、芸能の奉納はすべて終了し、
  18時30分頃、石垣行臨時船便あり。
  種子取祭首尾方の御礼(世持御嶽、彌勒奉安殿)を行う。

11. 10月14日(みずのえたつ)
  男生産人は、早朝から幕舎片付け、経理係は祭の精算に取り組む。
  午前10時頃から竹富公民館で公民館役員・有志と三郷友会
  (石垣・沖縄・東京)幹部との懇談会がある。
  支払い議会を開催して種子取祭の精算を終える。
  夜(18時頃)は全国竹富島文化協会の総会が開催される。

12. 10月15日(みずのとみ)
  種子取祭物忌(むぬん)。現在は省略している。


  特定非営利活動法人たきどぅん
  理事 阿佐伊 孫良

投稿者 takidun : 04:34 PM

September 26, 2009

世迎い

 結願祭で一年間の願解きを終えた翌日、
五穀豊穣を迎える「世迎い」の神事が執り行われました。

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 旧暦8月8日に執り行われる「世迎い」は、
午前中で執りおえる比較的小さな神事です。

しかし、ニーラスク・カネーラスクの神々を迎える大切な神事で、
八重山地方の各地域で行われるユークイ(世乞い)
と同義であるといっても良いでしょう。
竹富島では種子取祭にユークイの儀式が執り行われるため、
区別をはっきりするためにユーンカイ(世迎い)と名付けているとの
説もあります。

いずれにしても竹富島の始原を探る上で、重要な神事である
世迎い。

竹富島を語る上で欠かすことのできない神事です。

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(た)

投稿者 takidun : 09:40 AM

September 25, 2009

結願祭

 1875(明治8)年、食糧飢饉を救うため、
竹富島に派遣されていた知念与人(ちねんゆんちゅ)の
祈願によって豊穣がもたらされたことを契機として、
一年間の願解きの祭りとして執り行われるようになった結願祭。
2日間にわたって執り行われる神事は、
島づくりの神として祀られている清明御嶽を中心として、
22か所の御嶽を参拝します。

 24日(初日)の夕刻、神司は清明御嶽、幸本御嶽、西塘御嶽に
それぞれ分かれて香炉の灯を絶やさぬように一晩明かします。
 25日(二日目)早朝から、竹富公民館執行部ならびに祭事部員
は、滞りなく神事を執行するために、前日から準備していた供物をそれぞれ
の御嶽に運びます。

 午前中から有志による参拝が行われ、午後からは清明御嶽にて
奉納芸能が行われます。

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結願祭において必ず奉納される呪狂言(じーきょんぎん)は
始番狂言と芋堀狂言。
セリフはすべてテードゥンムニ(竹富島言葉)で語られます。

 今年の結願祭奉納芸能の演目は下に記します。

 平成21年度結願祭奉納神供物
 1. 始番      (結願祭狂言部)
 2. 御前風    (仲筋支会)
 3. 揚口説     (西支会)
 4. 竹富ガンギ  (東支会)
 5. 芋堀狂言   (結願祭狂言部)
 6. 大浦越路節 (仲筋支会)
 7. 高根久    (西支会)
 8. 湊くり節    (東支会)

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結願祭と深い関わりがある有田家(屋号:アリンジャ)の床の間

(た)


投稿者 takidun : 08:50 AM

September 02, 2009

ショーロ(お盆)

 昨晩から3連夜、竹富島ではショーロ(お盆)の行事
行なわれています。
 今年の旧暦は閏月(5月が2回)のため、新暦のお盆
よりも遅めの旧暦7月13日〜7月15日を迎えています。

 竹富島でのショーロは、東集落、西集落にアンガマが現れ、
各家を訪れ、後生(グソー・あの世のこと)のかたがたに芸能を
ご覧いただきます。

 昨夜は東集落では3件、西集落では1件にクバ笠を被り、顔を
隠した独特のいでたちのアンガマが訪れました。

石垣島のソーロン(お盆)のようにウシュマイとンミの軽妙な会話の
掛け合いはありませんが、灯りに照らされた扇子の輝きと、リラックス
したアンガマの踊りが秋めいてきた竹富島の甘い夜を彩ります。

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 写真は西集落

(た)


 

投稿者 takidun : 09:45 AM

August 06, 2009

トヌイプイ(殿居元穂利)と台風8号

 台風8号が接近するさなか、オンプイは暑さの中無事に終えましたが、
翌6日のトヌイプイは大荒れの最中行われました!

 台風8号の影響により、石垣着の定期船も8時45分発で欠航、
ゆがふ館前庭ではリュウキュウツミの幼鳥が強風に煽られて羽根を骨折し、
カラスに追われているところを保護し、なんとか石垣島の動物病院に搬送
しています。

 大荒れにもかかわらず、竹富公民館は神事を執行しています。
午前7時のニーランでの光景です。

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今日は大潮にもあたります。ニーラン石も海に浸かっています。

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強風に煽られ、御座や供物の用意もままなりません。
取材に来ていた大塚勝久氏も手伝います。

 最悪の状況にもかかわらず、今年の公民館執行部は祭事を決行します。
ニーランでの御礼を終えたあと、幸本御嶽、クックバーでの神事も執り行いました。
休憩後、真知御嶽、清明御嶽の御礼を終え、12時頃、無事に竹富公民館執行部
によるトヌイプイの神事を終えています。

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真知御嶽でも、無事に『豊年祭の道歌』が謡われました。

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清明御嶽での御礼を終えました。

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竹富公民館執行部のみなさんならびに神司、関係者のみなさま、大変お疲れさまでした。

(た)

投稿者 takidun : 02:11 PM

August 05, 2009

オンプイ(御嶽穂利)

 8月5日には、竹富島ではプイ(豊年祭)が行なわれました!

 午前7時、うだるような暑さのなか、竹富公民館執行部と神司は、
国仲御嶽に豊年の御礼に参拝します。

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神司のによるウブ(聖域)入りも行なわれています。

 その後、清明御嶽、西塘御嶽を参拝した公民館執行部ならびに
神司は、自らが所属する御嶽へ向かい、一旦公民館としての参詣は終わります。

 ここからは、花城御嶽の氏子についてご紹介しましょう。

 花城御嶽の氏子は、
9時頃、トヌィムトゥ(御嶽の統括者)にあたるアサイヤの
ジージョン、床の間を祈願し、10時には花城御嶽のファーオン(子御嶽)
にあたる東美崎御嶽に集います。

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 東美崎御嶽での御礼を終えると、続いてはムトゥノヤマである花城御嶽に
1時30分頃集います。
 その頃、公民館執行部ならびに竹富公民館の顧問3名は、ムーヤマ(六御嶽)に
参詣に訪れます。
1時頃に玻座間御嶽を皮切りに、仲筋御嶽、幸本御嶽、久間原御嶽、花城御嶽
波利若御嶽を訪れ、各御嶽の氏子より大歓迎を受けます。

花城御嶽に参詣されたのは3時20分頃。氏子からおもてなしを受けます。

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今年の竹富公民館執行部。暑さに負けず神事を執行していただきました。

 その後、公民館執行部と顧問は、波利若御嶽の参詣を終えると集落に入ります。
東集落では郵便局前、西集落では駐輪場の前で住民によるガーリが行われ、
最後は西塘御嶽前でガーリを行い、竹富公民館執行部によるオンプイの神事
は終了します。

 花城御嶽の氏子たちは、トヌィムトゥであるアサイヤのジージョンと床の間に、
豊年祭の御礼が無事に終えたことを報告し、花城御嶽のオンプイは終了します。

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(た)


投稿者 takidun : 12:46 PM

July 31, 2009

プイ(豊年祭)

 8月5・6日は、竹富島ではプイ(豊年祭)が
行なわれます。
 この神事は五穀豊穣を神に感謝する神事で、
沖縄各地で行われており、27・28日には西表島の祖納、干立集落、
昨日は石垣島の大浜集落、8月1日には鳩間島、翌2日には黒島で行なわれます。
 
 “豊年祭”という呼称は、本来沖縄にはなかったそうで、
明治時代から呼ばれるようになったといわれており、学術用語
として現在では使用されています。
八重山では地域によっては、プーリィやプーリン、プール、プイなどと呼びます。

 竹富島では、旧暦6月の“みず”の干支で日取りが決まります。
2日間にわたって行われ、初日は「オンプイ」二日目は「トゥヌィプイ」といいます。

 初日は竹富島を創建したと云われる六人の酋長(ムーヤマ)の御嶽(オン)に氏子が集い、
神司とトゥヌィムトゥ(氏子の統括者)を中心として五穀豊穣、健康の御礼を述べます。

 二日目は神行事の執行者である竹富公民館執行部と神司が中心となって、
ニーラン、幸本御嶽、クックバー(小底場)、真知御嶽、清明御嶽を参詣します。
 二日目には仲筋集落(チロリン村前)、仲筋井戸前、郵便局前などで住民が参詣する
執行部と神司を迎え、ガーリ(乱舞)をして神事を祝います。

 竹富島のプイは、他の地域とは異なり、比較的静かな祭りいってもいいでしょう。
しかし、豊穣の喜びはどの地域でも同じ。
 ガーリをする島民の顔は喜びに満ち溢れ、竹富島の繁栄を神に感謝します。

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(昨年のニーランで行なわれた祈願)

(た)

投稿者 takidun : 09:05 AM

July 27, 2009

西塘ばんはじり(大祭)

 昨晩から今日にかけて、竹富島では神事
「西塘ばんはじり」
が執り行われています。

 1846年から始まったとされる神事は、
竹富島における偉人、西塘大主の遺徳を偲ぶ神事です。
 1500年代、琉球王から任命されて八重山を統治した初めての
八重山人として、西塘大主の名は沖縄の歴史書『球陽』をはじめとする
古い文献のなかに記されています。
西塘大主がどのように八重山を統治したのか詳しいことはわかっていません。
また、これらの記録は、1771年に八重山を襲った明和の大津波によって
消失したものと考えられています。

 しかし、竹富島を代表する古謡『しきた盆』に謡われている、
八重山における“3つの始まり”(頭職のはじまり、蔵元の設置、造船の発祥)
のうち、2つは西塘大主によって起こされています。

 午前6時、竹富公民館執行部と島の有志(役職経験者)は、
彌勒奉安殿を皮切りに

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 〜西塘御嶽〜

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 〜清明御嶽〜

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 〜幸本御嶽〜 
 
 〜国仲御嶽〜
をめぐります。
島の有志たちはここで一旦解散しますが、
その後、公民館執行部と神司は、竹富島の島立ての6人の酋長が祀られている
御嶽を参詣し、

 〜世持御嶽〜 〜真知御嶽〜 〜根原屋〜
を参詣し、午前中に神事を終えます。


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 清明御嶽の南にある竹富小中学校では、
父兄と子どもたちによる本の読み聞かせ会が行われていました。

(た)

投稿者 takidun : 08:26 AM

May 14, 2009

四月大願い(大祭)

 竹富島には、竹富島民で組織する
 地縁団体法人竹富公民館
 という独自の自治機能を持った団体があります。

 竹富公民館執行部は3集落から代表者を1名づつ選出し、
そのうちの1名が竹富公民館長の重責を担います。
 竹富公民館執行部の最大の任務は、18ある祭事行事の執行です。
(ショーロは集落ごとに執り行うため、竹富公民館の業務から外しています。)

 4月1日に新執行部が発足して一番最初に執り行う祭事行事は
 「四月大願い」です。
 この祭事は、諸作物の稔りの出穂を祈願する祭りで2日間にわたって
執り行われ、神司は清明御嶽、西塘御嶽、幸本御嶽に夜ごもりし、
香炉の火を絶やさぬように祈願します。

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清明御嶽 (玻座間御嶽、仲筋御嶽の神司)
上勢頭芳徳 喜宝院蒐集館長と写真家の大塚勝久氏も参拝に訪れていました。

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西塘御嶽 (久間原、波利若御嶽の神司)

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幸本御嶽(花城御嶽の神司 幸本御嶽の神司は現在欠員)

 翌朝は、竹富公民館執行部と島の有志が
彌勒奉安殿の前にて集い、奉安殿の扉を開け祈願します。
(ただし、彌勒はお出ましになりません。)

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その後、竹富公民館執行部と有志は、神司が居られる
西塘御嶽、清明御嶽をめぐり、国仲御嶽を参拝します。

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(た)

投稿者 takidun : 09:00 AM

January 10, 2009

ピルズマ祭

 
〜ニンニクは作物の中で一番作りやすく、根が強く張る。発芽もよく、
稔りも確実である。自分で時期を知って芽を出す作物でもある。
そこで、総ての作物がこのニンニクのようにあってもらいたいという意味から
ニンニクの初上願いがある。〜

ニンニクの力強さにあやかる神事、ピルズマ祭が本日執り行われました。

道祓い役と神司は、午前8時頃まちなみ館を出発し、
国仲御嶽、清明御嶽を参拝します。
参拝の道すがら、神司の前に出たり、通行の妨げをすることは
命を落とすと伝えられているため、竹富公民館執行部から道祓い役が選ばれます。

 奇祭とも云える“ピルズマ祭”
 今年も写真集「うつぐみの竹富島」「島の原風景」などで知られ、
 沖縄を代表する写真家の一人である大塚勝久氏が取材をされています。
 
今回は、大塚氏のご厚意により、皆さまにピルズマ祭の雰囲気を
ご紹介いたします。

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(た)

投稿者 takidun : 05:42 PM

December 15, 2008

ナーキヨイ(長月祝い)

 種子取祭で蒔いた種子がすくすくと育つよう祈願する神事、
ナーキヨイ(長月祝い)。

 ナーキヨイの神事は、プイ(豊年祭)と同様に氏子の祭でも
あります。
 竹富公民館執行部と神司はムラオン(トゥクルウガンとも呼ばれる)
国仲御嶽〜清明御嶽〜西塘御嶽をめぐり、執行部の神事としては
ここで終了します。

 その後は六山(ムーヤマ)と呼ばれる竹富島の村建ての先祖が
祀られている御嶽に氏子が集まります。
参拝するところは、各御嶽によって異なりますが、
概ね、

○ジージョン(御嶽の統括者の屋敷神)
○トゥヌゥイムトゥ(御嶽の統括者)の屋敷の床の間
○ファーオン(六山の子どもの御嶽とも云われている)
○ムトゥヌヤマ(六山の神が祀られている御嶽)

を祀り、氏子のますますの繁栄を願います。

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玻座間御嶽の拝殿

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仲筋御嶽のジージョン

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幸本御嶽の拝殿

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久間原御嶽のジージョン

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花城御嶽の子御嶽(ファーオン)、東美崎御嶽

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波利若御嶽のトゥヌィムトゥである場儀納屋

(ta)


投稿者 takidun : 12:19 PM

November 08, 2008

十月祭

今日は、
島に火災、水難等が起こらないように
災害防止を祈願する祭、十月祭。

 竹富公民館執行部と神司は、
午前中に真知御嶽〜国仲御嶽〜清明御嶽を参拝し、
午後からは六山の御嶽を神司と氏子が参拝します。

 十月祭の最大の特徴は、「ウブ入り」の儀式があること。
神司と各御嶽の氏子は拝殿奥にあたるウブに入ります。

ウブは女性のみ立ち入ることが許される聖域であり、
御嶽の信仰の中心となる石、「イビ」が置かれる場所でもあります。

(ta)

投稿者 takidun : 03:05 PM

October 06, 2008

九月大願い

 作物の成長を祈願する九月大願い。
今年は竹富島で最大の神事、「種子取祭」よりも前に
執り行なわれました。

 四月と九月の大祭及び西塘ばんはじり(7月頃)、
結願祭(9月頃)の4つの神事は、神司が夜籠りをし、
線香の灯を絶やさぬようにします。

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幸本御嶽

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清明御嶽

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西塘御嶽

(ta)

投稿者 takidun : 02:50 PM

September 10, 2008

結願祭奉納芸能

本日、竹富島では結願祭奉納芸能が
清明御嶽で執り行われました。

夜籠りを終えた神司と竹富公民館執行部は、
22の御嶽の参拝し、清明御嶽に集います。

奉納芸能の開始は14時から。
今年も島民はじめ大勢の方々が集まりました。
なお、演目は次の通りです

 1 始番      結願祭狂言部
 2 辺野喜節   西集落
 3 世果報口説  仲筋集落
 4 玻座間口説  東集落
 5 芋掘狂言   結願祭狂言部
 6 弥勒御水   西集落
 7 仲作田節   仲筋集落
 8 竹富ガンギ   東集落

“芸能の島”と云われる竹富島。
奉納芸能は、結願祭と種子取祭のみに行ないます。
 
竹富島の四大神事のひとつである結願祭のスナップを
皆さんにご紹介しましょう。

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(ta)

投稿者 takidun : 06:43 PM

September 07, 2008

世迎い(ユーンカイ)

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9月7日は、旧暦の8月8日
竹富島では世迎い(ユーンカイ)の神事が執り行われました。

ニーラスク・カネーラスク(ニライカナイ)の神々を竹富島に迎え入れ、
竹富島、八重山中の豊年を祈願します。

ニーラン石での祈願後、竹富公民館執行部と神司一行は、
仲筋村、幸本御嶽、小底場、玻座間村を巡り、
神々の業を祝います。

 ウヤキユーバ タボラル

(ta)

投稿者 takidun : 11:16 AM | コメント (0)

August 27, 2008

節祭

 竹富島における節祭は、古代の正月と云われており、
土地の大祓い、井戸水の清めをし、所作物に荒風、毒虫の発生なく、
来年度も豊作であるようにと土地の神に祈念します。
 旧暦干支の「つちのとゐ」の日をもって祭日と定め、
家毎の戸主は海水(潮の花)で火の神の霊石を洗い清め、
香炉の白砂を新たに浜からとってきたものと入れ替えます。
また畑からススキの芽を取って家の四すみの軒にさし、
土地の神に家内安全のため魔祓いの願いをします。
 現在行われてはいませんが、
その翌日は節振舞(チチフルマイ)と言って四つ組の膳に料理を載せ、
来年度もまた豊作で食膳を賑わしてくださいとの意から、
家族一人一人に振舞われていたそうです。
 また、福を迎え入れるということから、
迎え入れることは何でもあれ大変喜ばれるが、
出すことは嫌われており、特に金を出すことは禁じられていたそうです。
また物音をたてること、土地を動かすことも禁じられており、
祭が開始してからの三日間は物忌として畑仕事をせず、
大地に感謝をささげます。

 往古はこの三日間の入港船を歓迎し、出帆を嫌うため、
浜には監視人を置いて厳重に船の出入港を見守ったそうです。

 なお、節の夜はマジューヌ(魔物)が出没すると云われており、
子どもたちの格好の「肝試し大会」であったそうです。

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(ta)

投稿者 takidun : 02:03 PM | コメント (0)

August 07, 2008

七夕願い

8月7日の陽も傾くころ、彌勒奉安殿では、
「七夕願い」の神事が執り行われました。

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「ミルク神の御面の虫干し」と云われる僅か15分程度の
神事ですが、年に3回お顔をお出しいただく内の1回となります。

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竹富公民館執行部、與那國家の当主・大山家の当主ならびに
島の有志たちは、彌勒奉安殿に安置されているミルク神の御面を
拝見し、お神酒、マーシュ(塩)をいただきます。

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七夕願いを終えると、1週間後にはショーロ(お盆)がやってきます。
島の人々は、お盆の準備に取りかかります。

(ta)

投稿者 takidun : 07:07 PM | コメント (0)

July 22, 2008

豊年祭(トゥヌイプイ)

 22日は豊年祭二日目、トノイプイにあたります。
竹富公民館執行部ならびに神司は、まちなみ館を
午前7時に出発し、ニーランから参拝します。

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『豊年祭の道歌』をニーランの前で唄い、豊穣と繁栄の御礼をします。

 ニーランでの祈願を終えた執行部一行は仲筋集落へ入ります。

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仲筋集落へ入った一行は、島民とともにガーリ(乱舞)をして豊年を祝います。

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大歓迎ののち、執行部一行は幸本御嶽へ向い、
小底場にて『プイの道歌』を高らかに歌い上げます。

 その後、ナージカー周辺、西塘御嶽前で玻座間集落の島民とともにガーリを行い、
一行は真知御嶽、清明御嶽を参詣し、豊年祭の儀式は終了します。

(ta)

投稿者 takidun : 09:34 AM | コメント (0)

July 21, 2008

豊年祭(オンプイ)

 今日は竹富島の豊年祭初日(オンプイ)です。

 早朝から竹富公民館執行部ならびに有志一行は、
村御嶽(国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽)を参拝したのち、
神司ならびに氏子の待つ六山の御嶽を参拝します。

午後12時ごろ始まった参詣は、玻座間御嶽、仲筋御嶽、
幸本御嶽、久間原御嶽、花城御嶽、波利若御嶽の順番です。

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最後の波利若御嶽には16時ごろに参詣しています。

 氏子の祭であるオンプイは、竹富公民館執行部ならびに有志を各御嶽に
招き、氏子一門の健康とますますの繁栄を願います。

 その後、ひと休みしたのち、各御嶽のトゥヌイムトゥ(御嶽の統括者)
のジージョンを願い、初日のオンプイは終了します。

明日はニーランから始まる豊年祭二日目(トノイプイ)です。

(ta)

投稿者 takidun : 04:32 PM | コメント (0)

July 12, 2008

西塘ばんはじり(西塘大祭)

 昨日から本日にかけて、竹富島の偉人
西塘(にしとう)大主の遺徳をしのぶ神事「西塘ばんはじり」
が行われました。

 西塘大主は、15世紀末から16世紀にかけて竹富島で生まれた
実在の人物ですが、生没年や詳しい業績などは謎とされています。

 事実として判明しているのは、
1.竹富島から沖縄本島に連行され(1500年)、首里王府の高官に仕えたこと
2.沖縄本島の園比屋武御嶽石門を建立したこと(1519年)
3.琉球王から信頼を得て、竹富大首里大屋子の役職をもって
  竹富島に戻られ、カイジに蔵元(役所)を設けたこと。
4.やがて交通面において不便だということで、蔵元を石垣島に移したこと。
5.竹富島の代表的な古謡「しきた盆」を詠まれたこと。
6.石垣島でご逝去された西塘大主は、部下によって亡骸を竹富島へ
  移され、西塘大主の屋敷跡に葬られ、その場所に西塘御嶽が
  造られたと伝えられている。

 西塘大主が今なお竹富島において絶対的な崇拝を受けているのは、
山も川もなく、土地も痩せた竹富島に『うつぐみ』の精神を培わせ、
島人にテードゥンヒトゥとしての誇りを授けてくれたことです。

 與那国善三先生による『西塘傳』には、西塘ばんはじりについて、
次のように述べられています。

 西塘祭の始まり

 竹富島では西塘の子孫が絶えたので、西塘を祭る方がなく、
部落で時々お祭を施行していた。処が今より百十一年前、
弘化三年(1846)竹富島には農作物の豊穣がなく、珍しい害虫
が発生して、島の農作物は勿論、雑草に到るまで喰い尽し甚だし
い事には民家まで這入って来た。島民は何事かの不吉な前兆で
ないかと懸念をしていた所へ、大浜津良(1)という老人が神懸り
して、高下駄をはき、黒木の杖をついて夜明頃各部落を!!廻り
親見世話人玻座間与人、部落の責任者大山親雲上、
両人よく聞け此の津良は西塘使いであるぞ、
「両人は島民の苦しい生活を見ているか」
「島の枯れ行く姿を見ているか」
「害虫が発生している原因を知っているか」
「島の役人達、村の責任者たちは、島の五穀豊穣、害虫駆除の
祈願祭を近日中に施行せよ」
 神々の御照覧あって島民は救われるでしょう。そこで、玻座間与人
と大山親雲上は早速、島民を集め協議の結果、毎年6月西塘祭を
挙行することに決し牛一頭を屠つて盛大に行う事になった。

その後お神の御加護により、農作物は稔り、民生活安定し幸福を
招いている。

 大浜津良は竹富501番地大浜屋の祖先に当る。
毎年西塘祭の時には部落よりお供物をして感謝の意を表している。
 西塘祭は戦前までは牛一頭を屠つていたが、戦後、家畜の数が減少
したので、今では石垣市場より入用分だけ購入して行事を済ませている。(1)

(與那国善三著 『西塘傳』 全国竹富島文化協会発行)

(1) 現在では、菓子類を供物とし、簡素化されている。

(ta)

 

 

投稿者 takidun : 11:53 AM | コメント (0)

May 29, 2008

四月大願い

 四月大願い(シガチフーニガイ)は、作物の穂が無事に育ち、
豊かな実りになることを願う祭事です。
祭事は、旧暦四月の甲(キノエ)または戊(ツチノエ)の日取りに行われ、
今年は新暦で、5月28・29日の2日間にて執り行われました。

 1日目は、神司が清明御嶽、幸本御嶽、西塘御嶽にわかれ夜ごもりをして祈願します。
 2日目は公民館執行部と有志とともにムーヤマなど主な御嶽をまわり祈願します。

 mainuon.JPG
 清明御嶽では、玻座間御嶽・仲筋御嶽の神司が線香の灯を絶やさぬようにします。
玻座間御嶽に祀られる神は“粟の神”、仲筋御嶽に祀られる神は“麦の神”です。
竹富島と石垣島を造ったとされる清明御嶽には、“人づくりの神”とも云われています。
人が生活する上で欠かせない穀物に携わる神々の神司があたります。

kontoon.JPG
 幸本御嶽には、ニーランの神と深い関わりがある幸本御嶽の神司(現在は欠員)と
“海の神”として祀られている花城御嶽の神司が夜ごもりにあたります。
 幸本御嶽には、海につながる神々の神司が線香の灯を守ります。
 スナップでは、花城御嶽の神司と縁の深い内盛屋のご夫婦が挨拶にお見えでした。

nishitoh.JPG
 西塘御嶽には、久間原御嶽と波利若御嶽の神司があたります。
久間原御嶽は木の神(大地の神)、波利若御嶽は雨の神(天の神)が祀られていますが、
六山の神々のなかで比較的若い2人の神の神司が、六山の時代の後の偉人である
西塘大主のお墓にあたる西塘御嶽の線香の灯を絶やさぬようにします。

(ta)

投稿者 takidun : 08:58 AM | コメント (0)

February 22, 2008

十六日祭(ジュウルクニチ)

2月22日は旧暦の1月16日にあたり、十六日祭(ジュウルクニチ)が行われます。
あの世の正月といわれており、ご先祖様を供養します。

この日までにお墓を掃除し、島外に暮らす家族や親戚も集まりご馳走を墓前に供え、
一緒に食べるという風習があります。

今年の十六日祭はあいにくの雨模様・・・
なので、墓前に線香をたて、
「今日は雨なので、家で十六日祭を行いますので家までいらしてくださいね・・・」
とあいさつをして、家(本家)に集まりごちそうを食べます。
料理は、1月1日の正月と同じように、大根とニンジンを煮たもの、三枚肉、昆布巻、ごぼう巻、などの料理が並びます。
他に餡餅やクーガシやさたくんこうなど、甘いものもあります。
これのご馳走をお供えしてご先祖様を供養し、また家族の健康や繁栄を願うのです。

投稿者 takidun : 04:45 PM | コメント (0)

January 16, 2008

ピルズマ祭

 「きのとう」の日を願い日と定め、神司6名が石川家(イッキャー)
に集まる。石川大司は床の間の箱に納められた刀を二本とりだして磨き、
ニンニクをお膳に供えてニンニクの初上願いをする。そして、石川大司を
先頭に五名の司が後に続き、国仲御嶽に出発する。なお道さらい役として
男一人が手に鞭を持ち、道路上で人間に出会わないようにする。これは
道清め祓いである。もしそれに出会うならば病死すると言われていた。
 国仲御嶽から清明御嶽に参拝し、供えたニンニクの葉を味噌あえにして
食べ初め式を行ない、再び石川家に帰り、刀を納めてピルズマ願いは終了する。
ピルズマ願いは現在も部落行事として行なわれている。
 ニンニクは作物の中で一番作りやすく、根が強く張る。発芽もよく、
稔りも確実である。自分で時期を知って芽を出す作物でもある。
そこで、総ての作物がこのニンニクのようにあってもらいたいという意味から
ニンニクの初上願いがある。
出典:上勢頭 亨著『竹富島誌(民話・民俗篇)』P159〜P160

 竹富島誌で上記のとおり紹介されているピルズマ祭が、1月16日に
執り行われました。
 ピルズマ祭は、神司が行なう祭事を、竹富公民館執行部が協力して行います。
竹富島誌には石川家から出発しているとの記述がありますが、
現在では竹富島まちなみ館に神司、公民館執行部が集います。
午前8時頃にまちなみ館を出発しました。

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 現在では、道さらい役は公民館執行部により選ばれます。また、
路上で人に出会わないように、公民館執行部は前日に島内放送を行ない、
島民に注意を促します。
国仲御嶽に向かう途中、竹富小中学校の北の道が進路になりますので、
子ども達は普段より早めの登校になります。

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写真家の大塚勝久さんも取材に訪れました。

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国仲御嶽を参拝する神司は、ニンニクを供物とし、味噌あえをつくります。

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 道さらい役を先頭に、次は清明御嶽に向かいます。
国仲御嶽と同じく、ニンニクを供物として捧げます。

 粛々と祭事は進行し、1時間30分ほどで終了しました。

 ニンニクの生命力にあやかるこのピルズマ祭は、ある意味では奇祭
ともいえるでしょう。それは・・・

 ‘擦気蕕ぬ鬚鰺僂い禿按貪に神司の前居る人を払うこと。
◆仝耿屬砲栃饕を用い、味噌和えをつくること。
 現在では行なわれていないが、刀を用いていたこと。

 アカマタ・クロマタなどの秘祭とは異なり比較的撮影には寛容な
竹富島の祭事ですが、特にピルズマ祭では、神司の前に出て撮影する
ことや、神司を真正面から撮影することは禁止されています。
 人祓いをする理由は出会った人が病死するだけでなく、
神司の命にもかかわるとされています。

 年中祭事うちのひとつであるピルズマ祭。
この祭事にも多くの“謎”が残されています。

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清明御嶽境内に芽を出すニンニク
このような場所にもニンニクは自生します。
ニンニクの逞しさ、まさにその力は神事にあたります。

(ta)


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December 21, 2007

ナーキヨイ(長月祝い)

 12月20日(旧暦11月11日)のツチノエネの日に竹富島では
ナーキヨイ(長月祝い)と呼ばれる祭事が執り行われました。

 この祭事は、公民館祭事の一つではありますが、
もっぱら氏子が中心となって行なわれる祭事です。
公民館執行部は、神司とともに
国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽を祈願し、
執行部役員もその後は、自らの御嶽の氏子(オンビ)として
六山の各御嶽を祈願します。
豊年祭と同じく氏子の祭りであるナーキヨイは、古くからの
祭事形態を維持しているものと考えられます。
 
 種子取祭で播種した作物の生育を願うこの祭事には、
豊年祭と比べると、喜びに満ち溢れた雰囲気ではありませんが、
作物の成長を祈願するとても大切な祭です。

 ナーキヨイの進行は各御嶽によって異なりますが、
 今回、御嶽の香炉を新たにした花城御嶽についてご案内しましょう。

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1. 花城御嶽のトゥヌィムトゥ(御嶽の統括者の屋敷)の
  ジージョン(屋敷神)に祈願する。

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2. トゥヌィムトゥの屋敷のザートゥク(座の神)に祈願する。

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3.花城御嶽の子御嶽である東美崎御嶽を祈願する。

nakiyoi4.jpg
4.花城御嶽を祈願する。

 氏子が集う祭事は9時30分ごろからはじまり、15時30分頃に
終了しました。
 ナーキヨイにも豊年祭と同様にサプナ、海藻、パパイヤ、もやし
の味噌和え(ブン)が供物としてそれぞれの神に差し出されます。
(花城御嶽は、花城御嶽、東美崎御嶽、ジージョン、ザートゥク、神司の5供物)

 また、御嶽にて謡われる「オオミシャク」「願いの盃」は、豊年祭と若干歌詞が
異なります。

(TA)

 

投稿者 takidun : 09:53 AM | コメント (0)

December 17, 2007

竹富島の祭事について

 現在、竹富公民館主催の祭事行事は全部で22あるといわれています。

 生まれ年(干支)祝いや敬老会(今年は84回目となります!)
など、地域における行事もありますが、祭事と呼ばれるものについては、
主に農耕儀礼に基づいています。
 また、祭事は全て旧暦で日取りが決められています。

 1年のサイクルは太古の正月といわれる「節祭」からはじまり、
旧暦最初のみずのえの日に行なわれる「結願祭」で終了します。

 現在の竹富島の主産業は観光業ですが、祭事は農事サイクルで
執り行われています。1年間の祭事サイクルをまとめてみました。

1. 節 祭     新暦  8〜9月 (太古の正月。ミズの日。井戸を清める)
2. 世迎い    新暦  9月頃   (旧暦 8月8日。ニーランの国から神を迎える日)
3. 種子取    新暦 10〜11月頃 (節祭から49日後、キノエサルの日〜ミズノエタツの日)
4. 九月大願い 新暦 10〜11月頃 (作物生育祈願。ツチの日)
5. 十月祭    新暦 11月頃  (火災、水難防止の祈願。ミズの日)
6. 鍛冶屋ぬ願い 新暦 12月   (旧暦 11月7日 鍛冶の祭)
7.ナーキヨイ   新暦 12月   (作物の生育を願う。ツチの日。氏子の祭)
8. ピルズマ祭 新暦  1月   (ニンニクのように作物が生育すよう祈願する。 キノトウの日)
9. 二月祭     新暦  3月   (種入りの願いともいわれる。2月のミズノエの日)
10. 四月大願い   新暦 5月 (作物生育祈願。ツチの日)
11. 四月祭 新暦  5月    (すら穂ぬ願いともいう。初米、初粟を供える。ミズノエの日)
12. 西塘大祭 新暦  7月    (島の偉人西塘大主に豊年感謝の報告を行なう。 ミズの日)
13. 豊年祭 新暦 7〜8月 (西塘大祭から10日後。豊年の御礼。ミズの日。氏子の祭)
14. 七夕願い   新暦  8月   (旧暦 7月7日 ミルク神の衣装虫干し)
15. 結 願 祭    新暦 9月頃  (1年間の願解きの日。ミズの日。22箇所の拝所を祈願。)

 上記の祭事以外にも旧暦の8月15日に行なわれる十五夜祭、公民館行事では
ありませんが、旧暦7月13日〜15日にショーロ(お盆)があります。

 祭事行事の正確な日程は、
 毎年4月15日までに竹富公民館より祭事行事表が発表されます。

 祭事はたいへん神聖なものです。
 種子取は国の重要無形民俗文化財に指定されており、見学することが可能です。
 (写真撮影等についてはある程度の規制がされています。ご注意下さい。)
 その他の祭事の見学につきましては、各民宿やゆがふ館までお問い合わせください。

 (TA)


投稿者 takidun : 08:58 AM | コメント (0)

December 16, 2007

鍛冶屋ぬ願い

 旧暦の11月7日に竹富島では「鍛冶屋ぬ願い」という
祭事が行なわれます。
 鍛冶屋の御嶽が置かれているンブフル丘北側には
火・水・風の各神の香炉が安置されています。

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 八重山の島々と同様に、竹富島では鉄を作り出す成分が産出
されず、竹富島に鉄が伝わったのは15世紀頃と見られています。
 隆起珊瑚礁の島であり、別名「イシガンパラ」といわれるほど痩せて
サンゴ岩が多い土地である竹富島では、木の鍬での開墾は多くの
困難を伴ったと考えられます。
 
 それだけに石や岩に負けない鉄の鍬は、島の農作物の生産性
を高めたことでしょう。
 種子取祭に奉納される狂言「鍛冶工」「組頭」においても、
いかに鉄が農耕にとって重要であったかが表現されています。

 古くから行なわれていた「鍛冶屋の願い」でしたが、昭和24年に
祭事を整理する際にその対象となり、竹富公民館主催の祭事から
はずされ、しばらくは神司だけで執り行われていました。
 しかし、平成14年に再び竹富公民館主催の祭事として復活し、
香炉を現在の場所に移し今に至ります。

 僅か30分ほどの小さな祭事ですが、竹富島を支え続けた鍛冶
を祀るとても大切な祈願であります。

1216kaji3.jpg

(TA)

  

投稿者 takidun : 03:00 PM | コメント (0)

October 18, 2007

種子取祭第2日目

昨夜は無事にトゥルッキを終え、いよいよ祭祀期間に入りました。
種子取祭第2日目乙酉の今日、午後8時30分より、ゆがふ館にて、
竹富島ビジターセンター恒例の「種子取祭教室」を開催します。

映像を鑑賞しながら、祭祀の日程や意味を理解し、
祭祀でうたわれる古謡を練習し、
みんなでうたえるようにすることが目的です。
大勢のご来館をお待ちしております。

さて、第2日目(乙酉)、第3日目(丙戌)、第4日目(丁亥)は、
主にタナドゥイの供物や料理の準備がなされます。
各家庭ではすでにピン(ニンニク)の用意も済み、
神饌であるイイヤチ(飯初)の餅米や粟の準備を始めます。

また、各集落の踊部・狂言部では、
奉納芸能の稽古と仕上げが着々と進められています。
竹富島では、タナドゥイでの芸能が
神をもてなすための大切な供物としてとらえられているのです。 (YI)

投稿者 takidun : 11:51 AM | コメント (0)

October 17, 2007

種子取祭第1日目

竹富島のタナドゥイ(種子取祭)は、種子下ろしが祭事の主なテーマですが、豊穣祈願と多彩な芸能の結びつきが大きな特色だといえます。
 その日程は、年中行事の節願いの己亥の日から数えて、49日目の戊子の日を種子取の祈願にあて、その前後10日間が祭祀の期間として意識されます。毎年、旧暦9・10月中にめぐりくる甲申の日から甲午の日までを祭祀の期間にあてています。この間祭祀は、いくつもの儀礼を経ながら、祭事の諸準備や芸能の稽古を含めて進行していきます。
特に7日目・8日目の奉納芸能の日は、2日間にわたって70余りの芸能が奉納され、島は華やぎます。

 いよいよ今日10月17日、タナドゥイの第1日目を迎えます。

 タナドゥイの第1日目(甲申)をトゥルッキと呼んでいます。かつては島の役員や古老、有志たちが弥勒奉安殿の神前に集まり、種子取祭に取りかかることをミルク神に報告し、祭事に関する計画や予算、また仕事の役割についての決めることがならわしです。

 この日、芸能を演じる人々は、玻座間村の人は国吉家(玻座間村ホンジャー宅)・仲筋村は生盛家(仲筋村ホンジャー宅)に集まります。両村の芸能を統括するホンジャーの神前でタナドゥイの祭祀に奉仕することを誓い、出演者は「手の誤り・足の誤りなく、きちんと演じることができますように」と恭しく祈願し、誓います。

 芸能の組織として、各村にはそれぞれ踊りを担当する踊部と、狂言を担当する狂言部がありますが、その踊部・狂言部に新しく入る者のための儀式「スンイリ(新入り)」も、ホンジャーの神前で行われます。このとき、重箱に盛り合わせたご馳走の「スズルフタムリ」を持参するのが、スンイリの習いだといいます。
(YI)

投稿者 takidun : 03:48 PM | コメント (0)

September 16, 2007

結願祭

この1年間に立てた諸祈願の願解きと、
豊作の願いが叶った事への感謝を意味する祭祀・結願祭が、
15日・16日の2日間にわたり行われました。
初日、神司の方々が、清明御嶽・西塘御嶽・幸本御嶽にわかれて夜籠りをします。
2日目、早朝から島中の御嶽を、神司をはじめ公民館執行部と有志が参拝し、
願解きを行います。
午後からはマイヌオン(清明御嶽)の神前にて、
狂言が2題、舞踊が6題奉納されました。
演目は次の通りです。

   1.始番
   2.赤馬節(東集落)
   3.世果報口説(仲筋集落)
   4.松にゃーま(西集落)
   5.芋掘狂言
   6.竹富ガンギ(東集落)
   7.大原越路節(仲筋集落)
   8.マサカイ節(西集落)

舞台と観客の一体感は結願祭ならではのもの。
諸々の祈願の結びにあたる祈願が結願の本意ですが、
「始番狂言」のセリフにも、

 「島中、村中や いみさん・くーさん心一寸結びてぃり」

とあるように、結願祭は、島中村中の、幼き者も貧乏人も、
心をひとつに「結ぶ」祭事でもあるのですね。
(YI)

shiban.jpg
始番狂言

akanma.jpg
赤馬節

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世果報口説

投稿者 takidun : 06:44 PM | コメント (0)

September 02, 2007

節祭(節願い)

 秋の初めの祭で、大地の大祓い、井戸水の清めをし、
諸作物に荒風、毒虫の発生なく来年度も豊作であるように
と土地の神に祈念する節祭(シチマツリ)。

 節祭の当日の夜は、マジューヌ(魔物)が出ると云われて
います。子どもたちにとっては肝試しの一日になりそうです。

 節祭を迎える前に竹富公民館執行部は25箇所の井戸の
清掃を行ない、線香を立てる白砂を用意します。
 そして、当日には神司がそれぞれが担当する井戸に花米1合、
線香1結を供え、土地の神に祈願します。

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竹富島で一番最初に掘られた井戸
ハナックンガーに祈願する花城御嶽神司

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世持御嶽の西にある
オーセカーに祈願する玻座間御嶽神司


 竹富島は全国的に知られる観光地ですが、レンタサイクル
で島内を巡る観光客の傍で、井戸に祈願をする神司を拝見
すると、伝統をひたむきに守る島人の心意気が感じられます。

miti.JPG
今日も素晴らしい天気でした。
ご来島の方々はお楽しみいただけたことでしょう。

 そして、陽も落ちつつある18時30分に彌勒奉安殿では、ミルク神が
お出ましになりました。今年二度目のお姿を拝見することができました。
mirukusiti.JPG

 そして三度目のお出ましは今日から49日後、種子取祭です。

(TA) 

投稿者 takidun : 07:20 PM | コメント (0)

August 28, 2007

ショーロ

今年のショーロは8月25〜27日に迎えました。
東集落・西集落では地謡が三線を爪弾き、アンガマーが
数々の芸能を披露し、お盆の夜を彩ります。

祖霊も愉しんでいただけたことと思います。

竹富島のアンガマーは、クバ笠をかぶり、手拭いで顔を覆って誰だか
判らないようにします。さらに屋敷の中ではなく前庭にて踊ります。
顔を覆い隠す訳は、祖霊に気に入られて招かれないようにするためであり、
仏壇から離れて踊るのも、踊りの上手なアンガマーが祖霊から引っ張り込ま
れないようにしています。(昭和15年生まれ E.O氏より聞き取り)

25日(迎日)
アンガマー登場の際は“孝行念仏”が謡われます
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西集落 タカンキャー

26日(中日)
アンガマー登場の際は“七月念仏”が謡われます
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西集落 フーヤーヤ

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西集落 ウイマーヤ

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西集落 新田屋

27日(送日) 
アンガマー登場の際は“園山念仏”が謡われます
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西集落 ウイシドゥ

(TA)

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August 19, 2007

七夕願い

旧暦7月7日の本日、
世持御嶽の東に安置されている彌勒奉安殿の扉が開きます。

nananegai2.jpg

 
七夕願い、節祭(しちまつり)、種子取祭の年3回のみ、
ミルク神の御面は島人に姿を現します。

七夕願いでは、ミルク神の御面を虫干しする日にあたり、
島の有志並びに公民館執行部、
御面を先祖代々管理している大山家当主、
御面を先祖代々つける役目の與那國家当主、
の方々が集い、ミルクのお顔を拝見します。

nananegai3.jpg

僅か15分程度の儀式ですが、出席者は皆アイヂシン(紺地衣)を身に着け、
厳粛な身持ちでミルク神に拝顔します。

そして、7月7日はお盆(ショーロ)の1週間前。
祖先の霊を迎える準備も始まります。

(TA)


 

投稿者 takidun : 06:42 PM | コメント (0)

July 27, 2007

豊年祭一日目

竹富島の豊年祭は、五穀豊穣の感謝の御礼とこれからの一年の豊年の願いをこめ、
旧暦6月「みずのえ」の日に2日間にわたり執り行われます。
今年は、7月27・28日がその日にあたります。

豊年祭を前に各御嶽のオンビ(氏子)は、御嶽の掃除、
豊年祭のお供え物であるシュナイとムチャネーなどを作り豊年祭に備えます。
シュナイは、豊年祭の時の供物で、マーミナー(もやし)・マンジュナイ(パパイヤ)・
タプナ(長命草)・カーナ(海藻)・ティノリャー(アキノノゲシ)を
ごま、ニンニク、味噌、酢などで和えたものです。
ムチャネーは、餅米と粟を炊いて半づき程にしたものに小豆を混ぜ丸くしたものです。
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豊年祭初日、オンプイと呼び、ムーヤマ(六山)のオンビ(氏子)がそれぞれの御嶽に集い
親神様に豊年の感謝と御礼をする神事です。
御嶽では、『大ミシャク』と『願いの盃』が歌われます。
早朝から,神司と公民館執行部は村御嶽を参拝します。
国仲御嶽・清明御嶽・西塘御嶽の神様へ、この一年の豊作と感謝の御礼を申し上げます。
その後、神司はオンビの待つ各自の御嶽へ向かいます。
公民館執行部と有志の一行は、午後から六山の参拝となり、
玻座間御嶽ー仲筋御嶽ー幸本御嶽ー久間原御嶽ー花城御嶽ー波利若御嶽の順に行ない
その道中は、プイの道歌をうたいながら御嶽へ向かいます。
各御嶽では、公民館執行部と有志を迎えて、この年の豊穣を神々に感謝し、御礼をします。
夕方、豊年を祝福する島人は、参拝を終えた神司・公民館執行部と有志の一行の帰途を、
銅鑼太鼓を打ち鳴らし喜びのガーリで盛大に迎え1日目は終了となります。
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April 19, 2007

サニチ

サニチ(三月三日)は旧暦3月3日、“春の大潮”にあたります。
女性が浜に下りる祭事の日で、潮干狩りをし、浜遊びをして過ごします。
1年のうちで最も干潮が大きいので、潮が引けばずっと沖まで歩いて行くことができ、
潮だまりでシャコガイやタコなどの大物が獲れることもあります。

干潮の14時43分にあわせ、海を目指します。
浜に下り沖の方まで歩いて渡り、潮干狩りを楽しむ人々の姿がありました。

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この日は「サニチ」と呼ばれる、年中行事の日。
竹富島では、女性は浜に下りて手足を潮水に浸し、身を清めます。

その由来は、美男に化けた蛇の種をやどした娘が、
浜に下りて身を清め堕胎させたという伝説によります(『竹富島誌』参照)。
この伝説は竹富島のみならず、沖縄県内のほぼ全域に分布しているのは、
興味深いことです。
そこには清浄な海辺の砂を踏み、けがれを落とすという信仰がよみとることができます。
また、竹富島では、この日浜に下りない女性は、“フクロウになる”ともいわれています。

*「三月三日の由来」
昔、沖縄のある村にきれいな一人の女がいた。村の後方には大きな洞穴があり、その洞穴の中には二匹の大蛇が住んでいた。一匹の大蛇はその女を妻にしようとして、ある晩、武士に化け女のところへ忍びこんだ。
女は、その美しい若武士を一目で好きになり、また、ぜひ会いたいと思って、住所を聞いたが、なかなか教えてくれない。それで、ある晩のこと、女はこっそりと糸のついた針を若武士の髪束に強く差し込んでおいた。何も知らない若武士は明け方頃、人知れず自分の住んでいる洞穴に帰って行った。
女は糸をたよりに、おそるおそる行ってみると、洞穴の中にいる大蛇の頭に、若武士に差した針があった。それを見た女は大変驚いて岩屋の傍らに隠れ、大蛇の様子を見ていた。しばらくすると大蛇が、
「あの女は私の子どもを産むんだよ」
と、さも得意げにもう一匹の大蛇に話した。それに対して、もう一匹の大蛇は、
「しかし、人間というものはよく知恵が働くから、私たち以上に知っていることと思うのだが、来る三月三日の吉日を選んで、よもぎの葉の餅を作って、女がそれを食べて海水浴をしたとすれば、せっかくあなたが妊娠させた子どもは皆、海水で清められて死んでしまうのだよ。」
と話した。それを聞いた女は大変喜んで、早速三月三日によもぎの餅を腹いっぱい食べ、海へ行って穢れた身を潮水で洗い清めた。
そして、それから女は心の明るさを取り戻し、新たに女性としての幸運が開かれたという。
このことから、三月三日を女の節供と称するようになったと伝えられている。この日は、どの家でも蓬餅(ブツムチ)を作り、床の間の神や祖先に餅を供えて女性の前途を祈念し、島の女性たちは海浜に行って、潮干狩り、船遊びなどをして遊ぶのである。
(『竹富島誌』民話・民俗篇より)

投稿者 takidun : 06:23 PM | コメント (0)

March 19, 2007

二月祭

旧暦2月の「みずのえ」の日に行われる二月祭。
今年は、3月19日が旧暦2月1日・壬子(みずのえね)にあたります。

二月祭は、種子入れ(タニイリ)願いともいい、作物の生長を祈願します。
神司と公民館執行部が、早朝から真知御嶽、清明御嶽(マイヌオン)、国仲御嶽(フイナーオン)の3カ所を参拝し、その後は六山(ムーヤマ)それぞれにわかれて氏神様に祈願を捧げます。

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また、二月祭は、真知御嶽の神に感謝する祭事でもあります。
真知御嶽は、霊感のある兄妹を祀った御嶽で、次のような話が伝わっています。

 昔、八重山在番大主がかかっていた重い病気を、兄妹の霊感でもって払い、その命を救います。
 大主は兄に真戸大者(マットヌフージャ)、妹にフゾン神という神職を与えました。
 二人は、謝恩のしるしとして、たくさんの穀俵を授かりましたが、
 これはすべて神の導きであるからと、穀俵を六人の神司に分配したといいます。
 兄妹の没後、神司たちはその墓を真知御嶽と名付け、
 二月祭、四月祭、十月祭の祭事に参拝するようになりました。

このことは、真知御嶽の願口に
 「にんがちたにいり、しんがちすらぷ、じゅんがちうたかびー、しだかりおーる、うーやんしゅやん」
  (二月種入り、四月穂、十月崇びに、集まりなさる、大親、主親)
とあることにもうかがうことができます(『竹富島誌 民話・民俗篇』参照)。

投稿者 takidun : 03:32 PM | コメント (0)

March 05, 2007

十六日祭

旧暦1月16日にあたるこの日、
先祖の正月と言われ、お墓には家族が集まり、
ご馳走を墓前に供え、三線や歌で賑やかに過ごします。
今年の十六日は、あいにくの天気でしたので、
お墓へのお参りをしてから、
各家庭では仏壇のある二番座で先祖と一緒に過ごします。

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投稿者 takidun : 11:50 AM | コメント (0)

January 21, 2007

ピルズマ祭

 ピルズマは島で穫れたニンニクの初を捧げるはずよ、たしか。
 「出会ったら危ないよ、命を取られるよ」って、
 言われてるんだのに、
 わざわざ見になんかいかないよ。


ピルズマは、ニンニクの初物を捧げてその生命力にあやかり、
他の作物の無事な生長と収穫を願う祭です。
道を清め払う魔祓い(まーばらい)役と六山(ムーヤマ)の神司、
公民館執行部で大変注意深く執り行わます。
島の人たちさえ、進んでこの祭を見学することはなかなかありません。
むしろ、神司の行列と一緒に移動している神様の通行を妨げないために、
祭事中の人に出会わないよう気を配ります。
というのも、ピルズマの神様は位が高く、祭り最中の神司に出くわすと不興を買い、
人の命を取られることがあるためです。
ニンニクをお供えする時は、根を付けたまま神前にお出しします。
お下がりのニンニクは、神司一人一人が持ってきた手製の味噌でいただきます。

投稿者 takidun : 10:27 AM | コメント (0)

December 26, 2006

鍛冶屋の願い

12月26日は旧暦11月7日にあたり、鍛冶屋の願いが行なわれました。

午前8時30分、神司と公民館執行部がンブフルふもとの鍛冶屋の御嶽に集まり、
厳かな祈願がはじまります。
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鍛冶屋の御嶽は、かつてカイジにあった蔵元近くの香炉を、平成14年に移設し、
赤瓦の屋根を設けた御嶽です。
島に鍛冶師がいたころは、夜通しふいご祭りを行ない、
翌日は神司、部落の有志、鍛冶師の親戚たちが集まり、盛大に祝盃を上げたといいます。


『竹富島誌 民話・民俗篇』には、「35 鍛冶屋の願い口」が、次のように記録されています。

1 霜月(しむすき)しあーし 長月(なーき)ぬ 七(なん)か夜(ゆー)         
  (11月為合わせ9月の七夜)
 子丑(にうし)ぬ時(とぅき)に 生(うま)りおーたる
  (ねうしの時刻に生まれなさった)
 大鍛冶(うふかじ)ぬ 長鍛冶(なーかじ)ぬ 神(かん)の前(まい)
  (大鍛冶 長鍛冶の神さま)

2 上大和(ういやまとぅ) たんやまとぅ たんたき たんしじから
  (上大和 唐大和 たんたき たんしじから)
  大(うふ)がま 姉妹(ぶなる)がまぬ 神(かん)ぬ前(まい)
  (大姉 姉妹さまの神さま)

現在、島には鍛冶師がいませんが、
種子取祭の玻座間村の狂言「鍛冶工狂言」でなじみがあります。
「鍛冶工狂言」のなかには、鍛冶工主が農作業に大切な道具をつくるために
「鍛冶屋の飾口」を唱える一節があります。
「鍛冶屋の願い」は、この場面と重なりあい、生産力を向上させた、鉄の伝来を考えさせられます。

投稿者 takidun : 03:41 PM | コメント (0)

December 23, 2006

ナーキヨイ

12月22日。
ナーキヨイは、旧暦11月初旬に行う祭事です。
根がつき始めた農作物の生長と来年の収穫を島の主な御嶽で祈ります。
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新しく御嶽に所属することになったオンビ(氏子)のスンイリ(新入り)の願いもナーキヨイで行ないます。
そして、御嶽の拝殿に立ち入れるのは女性だけ。
さらに拝殿の奥のウブ(神域)に立ち入れるのも女性だけです。
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神司でもウブに入るのは年にたったの5回。
ナーキヨイの日は、特別にオンビの女性たちもウブに入り、
神様からのブン(お供え物)のお下がりをみなでいただきます。
ナーキヨイでは、タプナ・海藻・パパイヤ・モヤシなどの味噌和えを高膳で供えます。
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この日は女性が主役。
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男性は手伝いに徹し、ブンをいただくのは女性の後になります。


ナーキヨイが終わると年越し
正月という気持ちになるよ
今年も無事終わるなぁと思って
ほっとするんだなぁ

投稿者 takidun : 09:38 AM | コメント (0)

November 30, 2006

ジュンガチニガイ(十月祭)

 祭事のときには線香に火をつけるよ
 うまく燃えれば願いが通ると言われているさぁ
 防火の願いは線香に火をつけないよ

旧暦十月のミズノエの日に執り行われる、島に火災・水難がおこらないように、また島民の健康を願う祭事です。

御嶽や屋敷の座の神、ピーヌカン(火の神)に供えるのは板線香。
祖先に供えるのは一本香と呼ばれる普通の線香です。
祭事では、板線香が綺麗に燃えていれば、願いが届いたと判断されています。
ジュンガチニガイの祭事で願うのは、火災・水難の防止。
願いを叶えていただくための線香にはいつも通り火をつけますが、
防火の願いをこめた線香は、火をつけず別に供えます。

投稿者 takidun : 11:22 AM | コメント (0)

November 06, 2006

九月大願い

11月5〜6日、ツチノエの日。

旧暦九月の「キノエ」または「ツチノエ」の日に行なわれ、
五穀豊穣と健康長寿を神様に祈願します。

初日の夕方より、西塘御嶽・清明御嶽・幸本御嶽において神司の夜籠りが始まります。
御嶽の拝殿に一晩中籠り、島のみんなの健康と長寿の願いをします。
二日目は、神司と公民館執行部がムーヤマ(六山)をまわり、祈願します。

投稿者 takidun : 03:48 PM | コメント (0)

October 29, 2006

アトゥブドゥイ

奉納芸能二日目、アトブドゥイ。
仲筋集落の奉納芸能の日です。

舞台裏の様子です。

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そして、奉納芸能の大トリ、「鬼狂言」。
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投稿者 takidun : 03:33 PM | コメント (0)

October 28, 2006

サチブドゥイ

10月28日(土)、サチブドゥイ。
玻座間集落の奉納芸能の日。
天気にも恵まれたこの日、奉納芸能の様子を紹介します。

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「竹富口説」

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「南洋浜千鳥」

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「伏山敵討」

投稿者 takidun : 03:22 PM | コメント (0)

October 27, 2006

ンガソージ・フクミ

種子取祭6日目の10月27日、ンガソージ。

5日目に蒔かれた種子がしっかり大地に根付くよう、
この日は一日、物音をたてず静かに過ごす日です。

そして、この夜、
キョンギンドゥンの玻座間集落国吉家・仲筋集落生盛家、
あいのた・いんのた・ナージ集落のブドゥイドンにおいて、
28・29日の奉納芸能に備え、フクミ(シクミ、フクミ)と呼ばれる、
いわゆるリハーサルを行い奉納芸能の総仕上げをします。
この日、芸能を奉納するものは勢ぞろいし、奉納芸能を目前にして、
緊張感が漂います。
本番よりもフクミのほうが緊張するとよくいわれるように、
気分が高揚して、狂言の台詞がうわずる人もいました。
公民館執行部は、各キョンギントゥン、ブドゥイトゥンを激励にまわります。
フクミが終わると、実際の舞台上で、立ち位置などの確認して、奉納芸能に備えます。

投稿者 takidun : 03:05 PM | コメント (0)

October 26, 2006

幕舍張り

種子取祭の5日目、10月26日。

種子下しの儀式を行なう、ツチノエネの日。
種子がしっかり根付くようにという意味をが込められた日取りとなっています。
種子取祭は清めた土地に種をまき始める祭で、
種子が一粒万倍となる豊年豊作が祈願されます。

また、世持御嶽では早朝から、舞台での奉納芸能に備えて幕舎張りを行ないます。
島の男たちが次々と鉄骨によじのぼり、手際よく天幕を張っていきます。
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誰が指示するというわけでもなく、ひもで幕を固定する者、
ンーマニ(クロツグ)を用いて楽屋の目隠しをつくる者、
白砂をまいて受付の場所を整える者など、それぞれがそれぞれの仕事を果たしていきます。
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天幕と拝殿の継ぎ目に、樋が仮設されるように、
幕舎は第7・8日目の舞台での奉納芸能の雨対策にもなっています。
午前中のひととき、みるみるうちに見事な祭祀空間ができあがりました。

そして、タナドゥイといえば、イイヤチ。
餅米と粟を小豆を炊いて、バナナの葉で蒸し、半つぶしにして練ったものです。
イイヤチを半つぶしにする時は、力がいります。
男性3〜4人で、鍋を囲んで、イビラーというもので混ぜ合わせます。
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イイヤチは漢字で書くと「飯初」。
神さまに捧げる米の初物といわれます。
10日間も続く種子取祭の主食はイイヤチです。

投稿者 takidun : 01:41 PM | コメント (0)

October 23, 2006

奉納芸能までもう少し。

10月23、24、25日。

タナドゥイ、奉納芸能を目前に控え、島では準備で大忙し。
港周辺やホーシ道の除草など、また集落内の道も整えます。
キョンギン(狂言)、ブドゥイ(踊り)は最後の仕上げ。
師匠の目により、細かい調整がなされ、
奉納芸能の舞台上を想像し心を一つにし、揺るぎのないものへと。
手足の仕上げと、心の仕上げ。

投稿者 takidun : 02:24 PM | コメント (0)

October 22, 2006

トゥルッキ

キノエサル。

タナドゥイの役割を決める日です。
自分の役割を、責任を持って果たすことを、神様と固く約束し、しばられます。
「トゥルッキ」にはがんじがらめにするという意味もあるのです。


  踊りは「踊る」ものではない。
  「奉納する」もの。
  種子取祭の舞台に上がるというのは
  神様から選ばれること、
  神様に認めてもらえるということ。
  お客さんにはわからない失敗でも
  神様はちゃんと見ている。

投稿者 takidun : 03:27 PM | コメント (0)

October 11, 2006

タナドゥイでの役割

種子取祭の運営には男女合わせて150余りもの役割があるといわれています。
島の人口は361人。
150といわれるのはタナドゥイ当日の役割であり、
実際は、祭の準備の段階からたくさんの人々が、
いくつもの役割を担っています。
何より、祭は、たくさんの人の協力があって成り立っています。
石垣島や那覇、東京などの郷友会の仲間の力も借りて、
種子取祭は執り行われるのです。

投稿者 takidun : 02:17 PM | コメント (0)

October 09, 2006

タナドゥイ(種子取祭)

今年も、いよいよタナドゥイが近づいてきました。
島では、タナドゥイの様々な取り決めをする議会も開催され、着々と準備が進んでいます。
というわけで、今年のタナドゥイの日取りと解説をお伝えします!

タナドゥイーーーー
 竹富島の年中行事の中で最大の祭事。タナドゥイはキノエサルの日からミズノトミの日までの10日間にわたる祭事です。種子がしっかり根付くようにという意味を日取りに取り込み、5日目に行なう種子下しの儀式は、節祭りから49日目にあたるツチノエネの日に行ないます。タナドゥイは清めた土地に種をまき始める祭事で、種子が一粒万倍となる豊作豊年が祈願されます。
今年2006年度は、10月26日がつちのえねの日にあたり、この日が種を蒔く日となります。昔から、このつちのえねの日の4日前にあたる、きのえさるの日から種子取祭の日程に入ります。

○10月22日 きのえさる(甲申) トゥルッキ
種子取祭初日にあたるこの日、トゥルッキと称し、玻座間・仲筋のそれぞれの集落ではホンジャー(長者)の前で、無事に奉納芸能が 尽くせるようにと祈願を行います。また、祭りの計画手配を行ないます。

○10月23・24・25日
種子取祭の諸準備。
また、ブドゥイ(舞踊)、キョンギン(狂言)の稽古を行なう。

○10月26日 つちのえね(戊子)
神司と公民館役員が揃って玻座間御嶽・世持御獄・清明御獄・根原家を廻り種子取祭の願いを行います。神司は、その後それぞれの御獄で祈願を行ないウッカイ(案内)をかけます。
早朝から幕舎張りなど奉納芸能の舞台。
各家では種まき。主婦はイイヤチ(飯初)作り。

○10月27日 つちのとうし(己牛) ンガソージ
前日に蒔かれた種がしっかりと土につくように、精進を尽くす日とされる。
家の主がブママンガン・ブナルンガン(姉や叔母を神とすること)を招いてイイヤチ戴みの儀式をおこなう。
芸能の稽古の総仕上げの日。夜8時から公民館役員・三郷友会長などがブドゥイドゥンや狂言ドゥンを訪ねて挨拶し激励をする。

○10月28日 かのえとら(庚寅) バルヒルの願い・サチブドゥイ(奉納芸能初日)・ユークイ
午前6時、弥勒奉安殿には公民館役員、有志、三郷友会長などが弥勒興しの祈願を行ないます。
また、玻座間御獄では神司たちの祈願。
その後、両者は世持御獄で合流し、バルヒルの願い、イバン取りの儀式がある。場所を奉納余興の舞台に移して、干鯛の儀式が行なわれます。
そして、8時前、東地区の宇根勝末主事宅へ参詣。
午前8時頃から全国竹富島文化協会主催の種子取祭に関する講話がまちなみ館で行われる。
9時半頃から、庭の芸能を奉納。棒術、太鼓、マミドー、ジッチュ、マサカイ、祝種子取、腕棒、馬乗者の順で行なわれる。
10時半頃から玻座間村の舞台の奉納芸能が行なわれる。
17時半頃、イバン戴みの儀式があり、世乞い(ユークイ)が始まる。世乞い(ユークイ)は、種子取祭を始めた根原カンドゥをまつる根原家から始まり、その後、三地区に別れて深夜まで行なわれる。西地区は、神司の家、玻座間長者宅、主事宅それから各家々を回わり最後は高嶺家。東地区は、宇根家、与那国家、神司の家、その後に各家々を回り最後は宇根家。
仲筋村は、仲筋長者家、神司家、主事宅、その後に各家々を回る。
また、22時半頃に石垣への船の臨時便がでます。

○10月29日 かのとう(辛卯) アトゥブドゥイ(奉納芸能2日目)
午前5時頃、三地区に別れていたユークイの一行は、根原家で一つになってユークイの留めを行なう。
5時半頃、世持御獄へ。イバンの返上を行ない、ユークイは総て終了。
二日目のムイムイの願い。幸本フシンガーラの願い日とされ、それを祝して仲筋村のシドゥリャニが奉納される。その後、前日同様の干鯛の儀式がありその後、玻座間村西地区の上間学主事宅へ参詣。9時頃、世持御獄へもどる。9時半頃から、庭の奉納芸能(前日と同じ)がある。10時半頃から、仲筋村の舞台の奉納芸能が終日行なわれる。
5時半頃、芸能の奉納はすべて終了し、6時半頃、石垣行臨時船便あり。種子取祭首尾方の御礼(世持御獄、弥勒奉安殿)。

○10月30日
早朝から幕舎の片付け。
午前10時頃から竹富公民館で公民館役員・有志と三郷友会(石垣・沖縄・東京)幹部との懇談会がを行なう。公民館支払い議会。
夜は全国竹富島文化協会の総会が開催される。

○10月31日
種子取祭物忌(むぬん)。現在は行なわれていない。

投稿者 takidun : 01:06 PM | コメント (0)

October 07, 2006

十五夜

中秋の名月の旧暦8月15日。
この日に行なう十五夜祭は、男の祭り。
お月様に、今年の豊作と家族の健康を祈願します。
この日には、赤豆餅といって餅に小豆をまぶしたものを作り、供えます。
各集落では、祈願を行なった後、集落のシンボルである旗頭の組み立てを始めます。
あいのた集落は「太陽」、いんのた集落は「龍」、仲筋集落は「緋鯉」、をかたどっています。

夕方、各集落の集会所から旗頭を先頭にして、学校の校庭を目指します。
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夕方、各集落の集会所から旗頭を先頭にして、学校の校庭を目指します。
一つ一つ素晴らしい旗頭が一堂に会すと、
青空を背景としたその光景はますます素晴らしく生き生きしたものへ。
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その旗頭を背景として、男性が担ぐヤドゥ(板戸)の上では各集落から芸能が行なわれました。仲筋集落からは「福の神」、いんのたから「ティンカラヌチケー」、そしてあいのたからは、今年33年ぶりに復活の「宝船」。
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また、青年会からは棒術。
芸能が行なわれた後は、東西に分かれての綱引きです。
綱引きは2本の綱を絡めて引き合います。西が勝つと豊作と言われ、東の綱を引くひとは負けてもいいのですが、綱引きとなると皆さん真剣。
西のめす綱が勝ち、これからの豊作の喜びをガーリであらわしました。
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その後は、各集落で月見の宴です。
中秋の名月の名にふさわしい見事な満月に酔いしれました。

投稿者 takidun : 09:26 AM | コメント (0)

October 02, 2006

結願祭

結願祭はこの一年間に立てた祈願の願解きを意味する祭祀で、
旧暦8月の最初のミズノエの日に執り行います。
今年は、9月30日・10月1日がその日です。

初日の夜、神司は清明御嶽・西塘御嶽・幸本御嶽の三箇所に分かれて夜籠りをし、
狂言部はアリンジャ(有田家)で念入りなフクミ(仕込み、リハーサル)を行います。
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二日目は早朝より、神司と公民館執行部が中心となり、島内22箇所の御嶽に参拝します。
午後からは清明御嶽にて、芸能を奉納します。

奉納芸能の幕開、「始番狂言」。
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長老に扮した4人が現れ、厳かに結願祭の口上を述べます。
口上のなかでは、結願祭の準備をしているうちに、心が浮き立ち、居ても立ってもいられない心境も吐露しています。
その後、子孫の「御前風」「口説」がつづき、4人の長老たちもユンタ巻踊りをして退場。

ひきつづき、3集落から各2点ずつの舞踊が奉納されました。
そのうちの一つ、「芋掘り狂言」。
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結願祭定番の狂言。
生き生きとしたテードゥンムニ、
ユーモアたっぷりの演技に、会場は湧きあがりました。

投稿者 takidun : 04:03 PM | コメント (0)

September 30, 2006

ユーンカイ(世迎い)

旧暦の8月8日に行われる祭祀、世迎い。
今年度は、新暦の9月29日がその日にあたります。

ニライカナイの国々から五穀の種もみを持ってくる神々を迎える祭事です。
その神々が竹富島についた時、船のとも綱を結びつけた石と伝わるニーラン神石で、
ニーランの神々を迎えます。

早朝、神司と公民館執行部により、ニーラン神石で祈願をしトゥンチャーマ*をうたい、神々を迎えます。
その後、仲筋集落で迎えられ、幸本御嶽へ向かいます。
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幸本御嶽で祈願を行い、クックバーへのぼります。
クックバーでもハヤマワリハイダチの神々による種籾の配りがあり、祈願を行います。
その後、玻座間集落へ向かい集落の入口で、玻座間村人々に迎えられます。
そこでは激しくガーリが繰り返されます。その後、公民館まで行き、そこで解散して祭りは終了します。
一行は、道中トゥンチャーマを 歌いながら移動します。

*トゥンチャーマ
この古謡は八月八日、五穀の種子を積んだニーラン神の船を迎える世迎い(ユーンカイ)の時にうたわれます。

一、 あがとから 来る船や ばがいぬとぅんちゃーま
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

二、 うはらから 来る船や 何ゆしちゃる 来る船
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

三、 彌勒世(みるくゆ)ば 載(ぬう)しおーる 神(かん)ぬ世ば 載しおーる
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

四、 竹富(たきどぅん)に とぅーるすーきてぃ 仲蒿(なかだき)に とぅーるすーき
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

五、 彌勒世ば 抱(だ)ぎうるし 神ぬ世ば 抱(だ)ぎうるし
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

六、 家(やや)ぬ 家ぐとぅに きぶる きぶる ぐとぅ
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

七、 俵 世ば 給ぼーられ 升ぬ世ば 給ぼーられ
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

投稿者 takidun : 05:25 PM | コメント (0)

September 08, 2006

シチマツリ

9月7日、シチマツリ(節祭)。
シチマツリは季節の変わり目で古代の正月といわれております。
農耕サイクルの折り目を表した祭事で、八重山地域における1年間のサイクルのとらえ方が、この行事からうかがえます。
竹富島では、土地のお祓いと井戸のお清めをし、大地に感謝を捧げ、作物が豊作でありますように、と祈願します。
秋季に入ると「己亥(つちのとい)」の日をもって祭日とします。かつては、この日から三日間の物忌みがあり、村鍛冶屋の「鎚(つち)」の音でもって終了したといいます。今年度の節願いは9月7日に執り行われました。

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早朝より、神司と公民館執行部により、国仲御嶽、西塘御嶽、清明御嶽、根原神殿を参拝し、厳かな祈願を捧げます。その後、神司は、各自の御嶽を参拝し、井戸水の清めのため、それぞれ管轄する井戸をひとつひとつめぐります。各井戸のでは、浜の砂により結界をつくり、香を立て、ろうそくを灯し、花米1合を供えて祈願します。
そして、夕刻には、公民館執行部と有志が、弥勒奉安殿に集い、弥勒神に祈願しました。
また、各家では魔除けとして、サン結びをしたススキ(フキ)を家の建物の軒、四隅に差し、屋敷の柱と鋤・鍬・ヘラ・臼・杵などの農具にはシチカヅラと呼ぶカズラの一種を巻きつけます。
そして夕刻、公民館執行部と有志が、弥勒奉安殿で弥勒神に祈願を行います。
この日から49日目の戊子(つちのえね)の日。
タナドゥイ(種子取祭)の種子蒔きの。
節祭で、祓い清めた土地に、種子の蒔き始めをするのがタナドゥイーーー
節祭を迎えると、いよいよタナドゥイがやってきたと実感します。

魔除けとなる、サン結びしたススキの由来
○結びのススキの話
昔、竹富島にアールマイという男がいた。この男は海が好きで、畠仕事の合間には海に出て魚を獲るのが習わしだった。
ある晩のこと、アールマイハ¥は夜釣りに行き、沖で魚を釣っていると自分の目の前に舟が現れ、舟人から付近の港口を教えてくれと声をかけられた。アールマイがこの舟は何のためにこの島に来たのかと訪ねると「私は病魔の神である。舟いっぱいの病気の種を載せてきたのだ。この島の出入港を教えてくれれば、そのお礼にあなたの畠に蒔く農作物だけは特別に稔らせてやるから、あなたの畠にはススキの葉の先の方をひと結びに結んで目印にしておき、あなたの家の門には七五三の注連縄を張っておきなさい。そうしたらあなたの所にだけは病の種をいれないから。」と、病魔の神がアールマイに答えた。
アールマイは病魔船に遠廻りの船着き場を教え、自分は一足先に村に帰り、途中の道の両側にある村人たちの畠にススキを差しつつ村に上り、村の入り口には七五三の注連縄を張って病魔の神を村内に入れないようにした。アールマイのおかげで、病魔船は竹富島に厄病をまき散らすことができずに、その船はそのまま島を去った。
それ以後、竹富島ではアールマイの教えとして農作物の種子蒔きをした時に、結びススキをし、また畠には「アールマイ ヌ ノールフキ」すなわち「アールマイの稔る茎」と唱えて農作物の豊作を祈ることにした。さらに、「ハナキ ヌ ニガイ」(病魔祓い)には、村の入口ごとに注連縄を張って魔祓いの祈願をした。
このアールマイの教えから始まった習慣は、現今まで行われている。
(『竹富島誌』より)

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August 09, 2006

竹富島のショーロ(お盆)

竹富島では、旧暦の7月13〜15日がお盆となります。(今年は新暦8月6日〜8日)
学生などで旅にいる子どもたちもこのときは竹富に帰り、家族とともに三日間ご先祖様の供養をします。
初日は「迎えの日」、二日目が「中ショーロ」、三日目は「ウクルヒ(送る日)」と呼び、三日間ご先祖様を供養します。

各家では、ショーロガナシ(ご先祖様)をあの世からお迎えし、たくさんのごちそうでもって、ご先祖様を供養します。迎えの日のお供え物の特徴として「ズーシー」(炊き込みご飯)があり、この日には必ずこのズーシーをお供えします。

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昔ながらの方法でお迎えしている家もありました。
門前でかがり火をたきご先祖を迎え入れます。

そして、夜。
アンガマーが家々を訪問します。
月夜のもと、ジカタ(地謡)の奏でる音色にのり、あの世からの訪問者としてクバ笠に手ぬぐいで顔を隠した姿の若者たちが、アンガマ踊りでショーロガナシ(先祖の霊)をもてなします。
先ず、日によってちがうニンブチャー(念仏歌)で始まります。ニンブチャーには、孝行念仏・七月念仏・無蔵念仏・園山念仏・かなし念仏などがあります。
他にも踊りを見たいといった先祖の声(裏声)が合図となり、様々な十八番の踊りが披露されます。

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また、青年会によるエイサー。
太鼓の音が響き渡り、盛り上りを見せました。

三日目は、ウクルヒ。
ごちそうやウチカビ(紙でつくられたお金)とともにご先祖様をあの世に送ります。
ウチカビは送りの日に燃やし、ご先祖様にあの世へもっていってもらいます。

ウクルヒの翌日は、「スードーリ」を行います。早朝に各集落ごとに集合し、見送られてもまだ帰ろうとしないご先祖様に帰っていただくためや、お盆の間にきちんと送られることがなかった無縁仏などを払い、集落の道を清める意味合いとして、道の修復と掃除をします。他の八重山の集落では、このスードーリと同じ意味をもった行事として、獅子舞などが登場する「イタツキバラ」があります。

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August 01, 2006

七夕願い

7月31日は旧暦の7月7日、七夕願いの日にあたります。
この日、竹富島ではナンカショーロ(七日精霊)といって、各家庭では墓掃除をしたり、お盆を迎える準備を始めます。ユツングミ(四つ組)のご馳走を、霊前に供え、七夕供養を行います。また、衣類、書画などを取り出して、虫干しをするのもならわしです。
午後6時ごろ、ミルク神にゆかりのある与那国家・大山家の当主をはじめ、公民館主事、有志らが、アイヂシン(紺地衣)を身にまとい、弥勒奉安殿に集まります。これは、毎年旧暦七月七日の日に弥勒様を参拝する公民館行事のひとつです。この祭事では虫干しの意味合いもありますが、厳かに祈願を捧ます。
また、一年のうちミルクの面を拝めるのは、この七夕願いと、種子取祭、節祭の三回のみです。
そして、女性がミルク神に近づくことはタブーとされているので、祈願は男性のみで執り行われます。

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投稿者 takidun : 05:48 PM | コメント (0)

July 14, 2006

平成18年度 豊年祭

旧暦6月、ミズノエの日。
五穀豊穣が得られた感謝をこめ、2日間にわたり行なう祭事で、今年度の日取りは、7月12・13日。
初日はオンプイ(御嶽プイ)と呼び、六山(ムーヤマ)それぞれで、氏子(オンビ)たちが親神様に感謝を行います。
また、公民館執行部・役員や有志たちは、六山を参拝してまわります。この、豊年祭の時だに歌われる「プイの歌」は参拝する御嶽から御嶽への道中や、御嶽での神事の時にうたいます。
2日目はトゥヌイプイ(刀禰元豊年祭)と呼び、もともと、六山の刀禰元(トゥヌイモト)で行われたためであるといわれています。この2日目の刀禰元における祭祀は初日に行っており、現在では神司、公民館執行部で新しい一年の願いとしてまた、豊作のありますようにと願います。
(なお、今年度は台風のため2日目のトゥヌイプイは次のミズノエの日に執り行います。)

詳しくは、http://WWW.taketomijima.jp/blog/archives/2004_08.htmlをご覧ください。

投稿者 takidun : 04:16 PM | コメント (0)

July 11, 2006

ムチャネー

豊年祭を前に、氏子は供物の準備をととのえます。

豊年祭で主となる供物はシュナイとムチャネー。
シュナイは、マミナー(もやし)・マンジュナイ(パパイヤ)・ガーナ(海藻)・ティノリャー(秋のノゲシ)・タプナ(長命草)を湯がいてしっかり水切りをし、みそ・ごま・ニンニク・酢などで和えたもの。
ムチャネーは、餅米に粟を入れて炊いたものに、小豆を混ぜて、丸くした、お餅のようなもので、芭蕉の葉を使い丸めます。

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投稿者 takidun : 03:21 PM | コメント (0)

July 04, 2006

西塘ばんはじり(西塘プイ)

島守りの神としてあがめられている竹富島の偉人・西塘さまに五穀豊穣の感謝を捧げる祭事です。旧暦6月の最初の「みずのえ」の日を初日とし二日間執り行われます。
六月の豊年を感謝する祭事はこの西塘はんはじりから始まり次の「みずのえ」の日は、豊年祭の初日となります。
詳しくは
http://www.taketomijima.jp/blog/archives/000104.html
をごらんください。

投稿者 takidun : 12:40 PM | コメント (0)

May 11, 2006

シガチフーニガイ(四月大願い)

シガチフーニガイは、作物の穂が無事に育ち、豊かな実りになることを願う祭事です。
祭事は、旧暦四月の甲(キノエ)または戊(ツチノエ)の日取りに行われ、平成18年は新暦で、5月9・10日の2日間執り行われました。
1日目は、神司が西塘御嶽、清明御嶽、幸本御嶽にわかれ夜ごもりをして祈願します。
2日目は公民館執行部と有志とともにムーヤマなど主な御嶽をまわり祈願します。

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「幸本御嶽での夜ごもりの様子」

シガチフーニガイに備え、前日から御嶽の清掃などの準備を行います。
神司は、ムーヤマ(http://www.taketomijima.jp/museum/rekisi/shima.html)の自分の御嶽に行き、案内がけを神様に行い、御嶽の掃除をします。
その後、神司は夜ごもりをする御嶽に行き清掃を行います。
また、公民館執行部はシガチフーニガイで必要となる道具、供物などの準備をします。
1日目、神司は3つの御嶽に分かれて夜ごもりします。清明御嶽には、玻座間御嶽・仲筋御嶽の神司、西塘御嶽には、久間原御嶽・波利若御嶽の神司、幸本御嶽には、幸本御嶽(現在欠員)・花城御嶽の神司が夜籠もりをし夜を徹して線香の火を守ります。
2日目、早朝弥勒の司である与那国家と大山家、公民館執行部と有志は彌勒奉安殿での祈願に入ります。その後、神司が夜籠もりをしている3つの御嶽と国仲御嶽を参拝し、有志の方々は帰途につきます。
それから、神司はムーヤマの自分の御嶽に行き祈願を行ったのち、それぞれの子御嶽(美崎御嶽、東美崎御嶽、西美崎御嶽、ニーラン神石)で祈願をします。
そのご、再び神司と公民館執行部で、世持御嶽、真知御嶽、根原家で祈願し終了します。

投稿者 takidun : 06:07 PM | コメント (0)

March 05, 2006

二月祭

3月12日は二月祭が行われました。旧暦の2月のみづのえまたはみづのとの日に行われます。
「種子入れ・タネイリ」の願いともいわれ、神司が祈願を行います。
神司と公民館執行部は真知御嶽から願いを始められ、清明御嶽、国仲御嶽と順番に願います。
その後、神司は各御嶽にわかれ参拝し終了します。

投稿者 takidun : 02:51 PM | コメント (0)

February 14, 2006

十六日祭


2月13日は旧暦の1月16日にあたり、グソー(あの世)の正月といわれ、ご先祖を供養する、十六日祭が各家で行われました。お墓の清掃を終え重箱や大皿にご馳走を盛り込んで墓前に供えます。親戚が集まりご先祖の供養を行い、食事をします。竹富のあちらこちらの墓場からは1日、賑やかな声が聞こえてきました。

投稿者 takidun : 08:30 AM | コメント (0)

February 06, 2006

生年合同祝賀会の様子


2/5にまちなみ館で行われた合同祝賀会の様子をお伝えします。

--合同祝賀会の豆知識--
竹富島の合同祝賀会は1960年から開催されました。
それ以前は、各家庭で生年や喜寿、傘寿、白寿等のお祝いを戸別に行っていましたが、公民館の生活改善の一環で合同で行うことにより皆の出費や負担が大きくならないようにと考えられて始められたようです。又、生年のお祝いには厄を祓う意味もこめられています。


会場の盛り上がった雰囲気が伝わってきます。↓


投稿者 takidun : 03:41 PM | コメント (0)

February 04, 2006

生年合同祝賀会

2月5日(日)は、まちなみ館で合同祝賀会が行われます。
この行事は、旧暦の正月から最初の「戌」の日を迎えて、最初の日曜日におこないます。
今年は、戌年生まれの数え年85歳から13歳までの36名と米寿の1名が招待されます。
今年で47回目となる祝賀会はお爺ちゃん、お婆ちゃんの長寿と健康を祝い親戚や家族が集まり、踊り等を披露し島をあげて盛大にお祝いをします。
竹富島はお年寄りをとても大切にする島でもあります。♪

投稿者 takidun : 10:16 AM | コメント (0)

January 26, 2006

ピルスマ祭

ピルズマ祭はニンニクのお祭りともいわれ、「きのとう」の日を願い日と定め、神様にニンニクのお初上げを行う神事です。
また、神司の一行に出会うと命を落とすと伝えられており、前日より島内放送で注意を呼びかけています。
朝8時に神司はまちなみ館に集まります。
魔払い役は手に鞭をもち道を清めながら一行の前を進みます。
国仲御嶽から清明御嶽に参拝しニンニクの葉を味噌和えにして今年も、稔り多い年でありますように願い、食べ初め式を行います。
そして、一行はまちなみ館に戻り終了します。

↓本日、捧げられたニンニクです。青々としておいしそうです。

投稿者 takidun : 11:15 AM | コメント (0)

December 11, 2005

ナーキ願い(ナーキヨイ)

12月11日はナーキ願いです。種子取祭によって、畑に蒔かれた種がしっかりと大地に根を下ろしすくすくと生育し、来春にはしっかりとした種をつけるようにと祈願します。
神司5人と公民館執行部は、早朝、村オンの国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽にて祈願し、神司はウブ入りをします。
各御嶽の氏子は、神司を先頭にして、御嶽の神様に祈願します。女性はウブ入りをしますが、男はその間、御嶽の庭に敷いたご座の上に座って待ちます。やがて、ミシャクをいただきながら、男は『ウフミシャク』の唄を唄い、女は『願いの盃』を唄います。
花城御嶽では、トゥヌイ元の阿佐伊家から祈願が始まり、東美崎御嶽、花城御嶽と三ケ所を廻って祈願します。


投稿者 takidun : 05:38 PM | コメント (0)

December 09, 2005

鍛冶屋の願い


12月8日は旧暦の11月7日で鍛冶屋の願いがンブフルの麓の鍛冶屋の御嶽でおこなわれました。
竹富島に鍛冶屋があった頃は夜通しふいご祭りを行い、翌日は神司、部落有志、親戚等が集まり盛大に振舞ってお祝いしたそうです。現在は鍛冶屋はおりませんが、鍛冶屋の火の神様へ1年の感謝と翌年の平安を願い行われます。公民館執行部と神司は朝8時半に集まり、神への供物を準備して、鍛冶屋の御嶽に集まり、願いを行います。
鍛冶屋の御嶽は以前、皆治の蔵元近くにあったのですが、本来あった場所に戻すべきとの意見から、鍛冶屋があったンブフルの麓へ平成14年に香炉を移しました。周囲には石垣を積み、赤瓦の屋根を設けて立派になっています。

願いが終わり、皆で昔の鍛冶屋の話で談笑しました。

投稿者 takidun : 03:58 PM | コメント (0)

November 06, 2005

種子取祭・奉納芸能


11月2,3日は竹富島の最大行事「種子取祭」の奉納芸能の日です。
二日間は皆がほとんど寝ないで過ごします。そんな中のハイライトシーンを少しだけUPしますので、見てください。


投稿者 takidun : 03:57 PM | コメント (0)

November 01, 2005

幕舎張り・祈願・ンガソージ・フクミ

10月31日は朝8時より世持御嶽で幕舎張り(テント設営)が行われました。
島中の男生産人が集まり、高所に上って、シートを張って行きます。
10時半にはほぼ終了し点呼をとって解散しました。

また、午前中は神司が神々に種子蒔きの願いをし、奉納芸能への案内をかけます。
昔は各家で種子蒔きを行っていましたが、現在は数えるだけの家だけが行っています。
そして、種子取祭のご馳走といえば「イイヤチ」です。昨日、今日は集落でイイヤチの良い香りが漂っています。
「イイヤチ」とは竹富のお餅のようなものでモチコメと粟と小豆を炊いてバナナの葉で蒸して、練ってつくります。
2〜4人位でキネのかわりにイビラーという櫂のようなものですりあわせます。味はほんのり甘くて、良い香りがします。

夕方からは、各集落の道の砂まきを行いました。訪れる人に気持ちよく歩いていただくことと、世乞いで歩く道をきれいにするために行います。

11月1日の夜は「フクミ」(リハーサル)が行われて明日の奉納芸能を迎えます。
一昨日、昨日と竹富は寒くて、体調を崩し、風邪をひいている人が多いです。明日、明後日が良い天気に恵まれて、風邪も治り、しっかりと奉納できるように祈ります。

投稿者 takidun : 08:43 AM | コメント (0)

October 28, 2005

トゥルッキ


種子取祭がはじまりました。
昨日、10月27日は「トゥルッキ」です。
公民館執行部は玻座間狂言部、仲筋狂言部、あいのた・いんのた・仲筋踊り部へ激励にまわります。各部では、神前に無事に奉納芸能が尽くせるようにと祈願をします。
その後、遅くまで稽古や打ち合わせがおこなわれました。今日からは、奉納の日までしっかりと真剣に稽古が行われます。

竹富島が種子取祭で高揚してきました。そして、遠くから親戚や子供達が手に一杯のお土産をもって帰ってきます。久しぶりに会う友達同士や、親戚と笑顔で楽しそうに話す光景があちこちで見られます。
種子取祭は竹富島の出身を喜び、皆で分かち合い、再確認する場でもあるんですね。
郷友の皆さん、竹富ファンの皆さんお帰りなさい!31日は幕舎張りと祈願です。

投稿者 takidun : 11:20 AM | コメント (0)

October 16, 2005

九月大願い

10月11・12日は旧暦の九月九日・十日(つちのえ、たつ・み)にあたり、九月大願いが行われました。
島の作物の成長と島人の健康を神々に祈願します。
神司は、11日の夕方より、清明御嶽・西塘御嶽・幸本御嶽に夜籠りをして願います。
12日の明け方に島の有志は弥勒様への参拝後、西塘御嶽、清明御嶽、幸本御嶽、国仲御嶽へ参拝します。その後、神司は各御嶽や子御嶽などでの願いを行ったあとに、世持御嶽、真知御嶽、根原家へと願いを行い終了します。
願う御嶽は弥勒様・清明御嶽・西塘御嶽・幸本御嶽・国仲御嶽・花城御嶽・東美崎御嶽・波利若御嶽・久間原御嶽・仲筋御嶽・西美崎御嶽・玻座間御嶽・美崎御嶽・親泊御嶽・ニーラン神石・世持御嶽・真知御嶽・根原家神前となっています。

投稿者 takidun : 10:05 AM | コメント (0)

September 19, 2005

十五夜


9月18日(日)は十五夜(ジュングヤ)が行われました。十五夜は男の祝日とされ各家では赤豆餅を作り、供え物をして今年の豊作と健康を祈願します。
朝7時より男性は綱の準備や補修を行ったあと、各支会ごとに旗頭の準備を行いました。午後4時からは小中学校グランドに各支会の旗頭を先頭に集まり、会場の中央に旗頭を立てたあとに綱引きをし、男性が担ぐ板戸の上で行われた芸能は福の神(仲筋)、七五三(西)、棒術、ぶなじなー(東)です。最後は東西に分かれて綱引きが行われました。綱引きはめす綱が勝ち世果報の喜びをガーリであらわしました。今回は東の旗頭が会場入りした直後にアクシデントがあり急遽、修理を行い東支会壮青年の見事な団結力で復元されたり、棒術は槍先が折れるほどの熱演など、会場からはおおきな拍手が送られました。その後、各支会では、観月会が夜遅くまで行われました。


投稿者 takidun : 09:36 AM | コメント (0)

September 12, 2005

節祭


今日9月12日、旧暦は8月9日己亥の日、シチマツリ(節祭)が行われます。節は季節の変わり目で古代のお正月だといわれています。
シチマツリ当日は、神司と公民館執行部の一行は、早朝から国仲御嶽、西塘御嶽、清明御嶽、根原神殿の前で祈願をします。神司たちは、各自の御嶽を参拝したあと、25の井戸を回って祈願をします。 夕刻、執行部と有志は、弥勒奉安殿で弥勒神に祈願を行います。
昔は、この祭りの間の入港を歓迎し、出船を嫌うため、浜に監視人をおいて厳重に出入港を見守ったとの話もあります。
そして、今日から49日目に種子取祭が行われます。

投稿者 takidun : 02:33 PM | コメント (0)

September 11, 2005

世迎い


本日9月11日は旧暦の8月8日で、世迎いが行われました。
台風15号の影響もあり心配されましたが、開始時刻を少し遅らせ行われました。
まだ、台風の余波が残るニーランの前では神司と公民館執行部が集まり、「トンチャーマ」を謡い、神々の船を迎えました。
その後は仲筋集落で「ガーリー」で迎えられ、幸本御嶽で願ったあと、クックバーへのぼります。クックバーでもハヤマワリハイダチの神々による種籾の配りがあり、祈願し、トゥンチャーマを唄い終えます。クックバーを下りた後、一行はまちなみ館までトゥンチャーマを唄いながら行列を連ねます。ナージカー(仲筋井戸)の方では玻座間村の婦人たちが出迎えをします。そこでは激しくガーリが繰り返されます。その後、公民館まで行き、そこで解散して祭りは終了します。
祭事の詳細はhttp://www.taketomijima.jp/blog/archives/2004_09.html
へ、どうぞ!

投稿者 takidun : 11:33 AM | コメント (0)

September 07, 2005

結願祭(奉納芸能)


9月6日は結願祭の奉納芸能が清明御嶽でおこなわれました。
たくさんの島人と観光の方が集まり、盛大に奉納芸能が行われました。
会場では滑稽な狂言に大きな笑い声とすばらしい踊りの数々に大きな拍手がおくられました。
最後は祭主である公民館長代行の大山祐達さんより謝辞がテードゥンムニで述べられ終了いたしました。

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投稿者 takidun : 12:11 PM | コメント (0)

September 04, 2005

結願祭のお知らせ

9月5,6日は結願祭が行われます。
これは二日間にわたって行われる竹富島の大きな祭祀の一つです。
段取りとしては、執行部は、前日までに村御嶽の清掃を行なっておきます。
また本日の夕刻、男生産人は総出で清明御嶽(マイヌオン)の境内での奉納芸能のための幕舎張りを行います。初日、執行部は祭りの準備にお昼過ぎから取りかかります。
そして神司は夜籠りがあり、一方執行部はその夜の間、狂言を司る有田家を訪問して激励を行います。
二日目、早朝から彌勒神、玻座間御嶽、仲筋御嶽、幸本御嶽、国仲御嶽、久間原御嶽、花城御嶽、波利若御嶽、西塘御嶽、清明御嶽など 22の御嶽を回って参拝の後、清明御嶽で奉納芸能を捧げます。その内容は、始番狂言、芋堀狂言のほかに、各支会から2点ずつの舞踊の提供があります。芸能の終了とともに幕舎をを取り外し、かたずけて、祭りは終了になります。


投稿者 takidun : 01:23 PM | コメント (0)

August 19, 2005

ショーロ(お盆)真っ最中 8・17〜19


ショーロが始まりました。
17日の夕方は迎え日でショーロガナシ(ご先祖様)をあの世からお迎えする日です。
19日のお送いの日まで朝、昼、晩の食事とおやつを仏前にお供えします。
夜は、アンガァー(盆踊り)で1〜3件くらいの家を訪問します。
アンガァーに参加する人アンガマーと呼ばれ、あの世からの訪問者としてクバ笠をかぶり、手巾で顔を隠す扮装をし行列に参加します。
行列は三味線と太鼓を先頭に道楽を演奏しながら「やーっさ、はいや」の掛け声で練り歩きます。
屋敷に入ると音楽は変わり、ニンブチャー(念仏踊り)の楽になります。ニンブチャーは毎日、歌詞が変わり、孝行念仏、七月念仏、無蔵念仏、園山念仏の種類があります。その後、アンガマーのリクエストで地謡が歌い、アンガマーが次々と踊ります。近所の人も、子供も観光の方も最後は一緒に巻き踊り、モーヤで締めくくります。その後、行列は次の家を目指し練り歩き、夜遅くまで続きます。

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投稿者 takidun : 09:28 AM | コメント (0)

August 02, 2005

七夕願い&ショーロ

8月11日(木)は旧暦の7月7日で、夕方から公民館執行部と有志が弥勒様を拝みます。
一般家庭では「七日ショーロ」といってご先祖さまに七日後にいらしてくださいね。とご挨拶をする日でもあります。詳しくはhttp://www.taketomijima.jp/blog/archives/000142.html

ショーロは8月17日から19日で行われます。
夜は念仏歌を歌い、アンガマ踊りで死者の霊を慰めます。
竹富では近年、青年会がエイサーで参加したりと見ていても楽しいお盆の行事です。

投稿者 takidun : 02:07 PM | コメント (0)

July 09, 2005

西塘ばんはじり

7月7日8日は西塘ばんはじりが行われました。
公民舘執行部は7日の午後から準備を行い神司は御嶽で夜籠りを行います。
詳しくはhttp://www.taketomijima.jp/blog/archives/000104.html
画像は8日早朝に行われた、ミルク奉安殿への参拝風景です。

投稿者 takidun : 04:49 PM | コメント (0)

April 16, 2005

平成17年度の祭事行事

昨日(4/15)の晩、各支会で今年度最初の月例会が行われました。
それぞれの支会では、運営を行っていくにあたっての話し合い等が行われましたが、その中で平成17年度の祭事行事の日程が正式に発表されましたので、皆さんにもお知らせしておきます。

「祭事行事一覧」は、下をクリックしていただければ、PDF形式のファイルでダウンロードされます。
「祭事行事一覧」

また「種子取祭の日程」は、下をクリックしていただければ、PDF形式のファイルでダウンロードされます。
「種子取祭の日程」

投稿者 takidun : 10:10 AM | コメント (0)

December 15, 2004

ナーキ祝い(ナーキヨイ)

12月15日はナーキ祝いです。種子取祭によって、畑に蒔かれた種がしっかりと大地に根を下ろしすくすくと生育し、来春にはしっかりとした種をつけるようにと祈願する。神司六人と公民館執行部は、早朝、村オンの国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽にて祈願する。神司のウブ入りがある。各御嶽の氏子は、各御嶽にて神司を先頭にしてかく御嶽の親神様に祈願する。女性はウブ入りをするが、男はその間、御嶽の庭に敷いたご座の上に座って待つ。やがて、ミシャクをいただきながら、男は『ウフミシャク』の唄を唄い、女は『願いの盃』を唄う。花城御嶽では、トゥヌイ元の阿佐伊家から祈願が始まり、東美崎御嶽、花城御嶽と三ケ所を廻って祈願する。夜は、ナーキ祝いの精算を行う。

古謡「大(うふ) み し ゃ く」は下をクリックして下さい。

  大(うふ) み し ゃ く
この古謡は、ぷい(豊年祭)、なーきよいに六山の氏子たちがそれぞれの祖神にみしゃく(お神酒)をささげながらうたわれる
 
 一、祖神うやがみぬ 守まもろすぬ みぶけん
     根にぎういぬ 本むとぅういぬ 大みしゃこ※1
       『(蔵内くらんちぬ しらなみぬ 大うふみしゃこ)』※2
    中盛なかむらし 端盛はたむらし  むやそい
    ピャシヨーホ ピャシヨーホ 
    エーヤハ エーヤハ
    エーヤハ エーヤハ
 
 二、根にうすいぬ 大みしゃく 
    はやしばどぅ 世やのーる
    うやきーしゃーが 世やのーる
    うやき 世なほしぬ
    はーやーせーばどぅ 世やのーる
    ピャシヨーホ ピャシヨーホ
    エーヤハ エーヤハ
    エーヤハ エーヤハ 
 
 注)豊年祭の時は※1に代わり※2の歌詞を唄う
 

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November 19, 2004

ジュンガチニガイ(十月願い)

11月19日は旧暦十月のミズノエの日にあたり、ジュンガチタカビ(十月崇べ)とも呼ばれる、ジュンガチニガイ(十月願い)がマーチオン(真知御嶽)を中心にして行われます。
これは火災・水難防止の祭りで、火を忌み嫌うことから、線香には火をつけません。

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November 07, 2004

種子取祭_7日目 サチブドゥイ(奉納芸能1日目_玻座間)

今日はいよいよ種子取祭のクライマックス、奉納芸能を行う1日目です。
今年からは、玻座間集落が1日目、仲筋集落が2日目となり、以前に行われていた段取りに戻りました。早朝5時すぎごろから、世持御嶽で祈願や、東側にある弥勒奉安殿でミルクウクシ(弥勒起こし)が行われ、その後特設舞台でカンタイ(歓待)の儀式を行いました。次に公民館長をはじめ、島の役職者や古老、神司らが集落の責任者である主事宅を訪問する「参詣」を行いました。


そしてこの参詣と奉納芸能が行われる間、主に観光客に向けて、全国竹富島文化協会による種子取祭教室がまちなみ館展示室において、上勢頭芳徳氏を講師として行われました。展示室内に並べたイスが足りなくなるぐらいの大盛況でした。


奉納芸能は、各集落や郷友会による庭の芸能をおこなった後、特設舞台で夕方の6時過ぎまで舞台の芸能が行われ、夜は各家々をまわるユークイが行われました。例年そうなのですが、今年も一番遅くまで行っていたのが、いんのた(西集落)で、翌日の午前2時半ごろまで行っていました。

ナージの主事の家では、このユークイを受け入れるための空間や、ザートゥクと呼ばれる床の間がなかったので、集落の若者たちの協力を受けて、立派なザートゥクが造り上げられていました。


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November 06, 2004

種子取祭_6日目 シクミ(フクイ)

6日目は、ンガソージと言われる日で、身を慎んで精進します。
またシクミやフクイと呼ばれる、奉納芸能の通し稽古をする日でした。

玻座間と仲筋の各集落ごとに、ホンジャー宅と各支会の会館で行われました。
下の写真は仲筋の羽山会館で行われたブドゥイ(踊り)のフクイです。


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November 05, 2004

種子取祭_5日目 奉納芸能の練習(玻座間)

今日は、奉納芸能であるキョンギン(狂言)の練習風景を見学させてもらいにいきました。
玻座間集落練習の狂言の部が、翌日に行うシクミ(予行練習)をひかえ、
当日使う舞台で、立ち位置や流れ等の練習を行っていました。


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November 02, 2004

種子取祭_2日目 準備

本日、11月2日は公民館の指示のもと、島の人たちみんなで、ホーシミチ(桟橋通)の清掃と、ナビンドゥー(祭り当日の会場となる世持御嶽へと続く神の道)への砂敷きと清掃を行いました。
当ゆがふ館前もきれいになりました。今は島を離れたところで生活する島出身者や、祭りを見に来るお客さんに恥ずかしくないよう、島の人たちが心を込めて沿道の草を刈り、掃き清めました。

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November 01, 2004

種子取祭_初日 トゥルッキ(ナージ)

いよいよ種子取祭が始まりました。
本日、11/1はトゥルッキです。
これは7、8日に芸能を奉納する人たちが、神さまにその旨を約束するという儀式だそうです。
これから一週間は神に身を捧げることになるそうで、風邪引きやケガをしないように心がけることが大切になるようです。

玻座間集落(あいのた、いんのた)と仲筋集落(なーじ)それぞれで、キョンギン(狂言)をする男性陣は各集落のホンジャーの屋敷で、ブドゥイ(舞踊)をする女性陣はそれぞれの集落の会館で、神さまと約束を交わしました。

以下の写真は、ナージのものです。
1枚目がナージのホンジャー宅(仲筋屋)でトゥルッキを行っている風景です。
みんな「アイジシン」と呼ばれる上布で仕立てた着物姿です。


2枚目は、トゥルッキ後に、キョンギンの稽古をしている風景です。


3枚目は、羽山会館(ナージの集会所)でのブドゥイをする女性陣やナージの年寄りと、公民館執行部によるトゥルッキの風景です。


最後の写真は、トゥルッキの後に行われたブドゥイの練習風景です。

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October 31, 2004

平成16年度(2004)竹富島種子取祭

さて、いよいよ今年も種子取祭が近づいて参りました。
島では種子取祭へ向けた議会も開かれ、準備が着々とすすんでいます。
そこでこのブログでは、解説と今年の日程、そして奉納される芸能の演目を詳細にお伝えします。

【種子取祭の解説】
種子取祭は八重山一円で盛んに行われてきた農耕予祝の神事でありますが、竹富島では、今なお、最大の行事として行われています。小さな珊瑚礁の島での農業はとりわけ厳しく、この祭には自然への畏敬、神々への敬虔な祈りと深い感謝の心が込められています。時代の変遷とともに、過疎と高齢化が進み、農業から観光業へと主産業は転換しているものの、種子取祭は、島の伝統、歴史、文化、芸能を育み継承していく祭りとして、ますます重要になっています。


竹富島の種子取祭は、伝統的なものをよく継承し洗練されたものとして、昭和52年に国の重要無形民俗文化財の指定を受けており、次の大きく三つの部分から構成されています。

一つは神事であり、これは神司と公民館役員のみで執り行われます。火の神や農耕の神をまつる世持御嶽において、豊穰を祈願し予祝するものです。
一つは神々への供物として差し出されるものとして、二日間にわたる奉納芸能です。これは奉納舞台において行われる儀礼狂言や奉納舞踊ですが、この部分は選りすぐりの演者たちによって、舞台での所作や口上によって、豊穰への祈りと喜びを演ずるものです。
もう一つはユークイ(世乞い)であり、豊穰の世を乞い願うという神事です。これは誰もが参加できます。家々をまわって、『世乞いうた』を歌うことによって豊穰をもたらすもので、深夜まで行われます。『世乞いうた』には、道中で唄われる「道うた」、屋敷に入ってその庭で唄われる「巻うた」、「しきどうよー」があり、座敷きの中では「いぬがだにあよー」、「にーうりゆんた」などがあります。
これら三つの部分が一体となり、竹富島の世界をつくり出しています。

【種子取祭の日程】
●11月1日(きのえさる) トゥルッキ
祭の計画手配を行う。

●11月2日、3日、4日は種子取祭の諸準備。踊り、狂言の稽古。

●11月5日(つちのえね) 祈願・幕舎張り
早朝から幕舎張りなど奉納芸能の舞台つくる。
神司や公民館役員は、揃って世持御獄、清明御獄、根原家で種子取祭の願いを行なう、神司は、その後、それぞれの御獄で祈願する。各家々では種蒔きが行われる。

●11月6日(つちのとうし) ンガソージ
前日に蒔かれた種がしっかり土につくように、精進する日とされる。
夜は、奉納芸能の総仕上げの日(シクミ、またはフクイ)。

●11月7日(かのえとら) バルヒルの願い・奉納余興初日・ユークイ
午前6時、弥勒奉安殿には公民館役員、有志などが弥勒興しの祈願。玻座間御獄では神司たちの祈願。その後、両者は世持御獄で合流し、バルヒルの願い、イバン取りの儀式がある。場所を奉納余興の舞台に移して、干鯛の儀式が行なわれる。仲筋村の登野原主事宅へ参詣。
8時半頃からまちなみ館において種子取祭に関する講話がある(全国竹富島文化協会主催)。
9時半頃から、庭の芸能を奉納(奉納芸能進行表の通り)。10時半頃から玻座間村の舞台の芸能が行なわれる。奉納芸能演目の通り。
17時半頃、イバン戴みの儀式。ユークイ(世乞い)が始まる。
ユークイは、種子取祭を始めた根原家から始まり、その後、三集落に別れてユークイが深夜まで行なわれる。

●11月8日(かのとう)奉納余興2日目
午前5時半、根原家でユークイの締めを行なう。世持御獄でイバンを返上し、ユークイは総て終了。
二日目のムイムイの願い。幸本フシンガーラの願い日。仲筋村のシドゥリャニが奉納される。前日同様の干鯛の儀式があり、その後、西の大山主事宅へ参詣。
庭の奉納芸能がある。
10時半頃から、仲筋村の舞台の奉納芸能。
17時頃、芸能の奉納すべて終了。18時、石垣への連絡船、最終便。
種子取祭首尾方の御礼(世持御獄、弥勒奉安殿)。

●11月9日(みずのえたつ) 支払い議会
午前10時頃から竹富公民館で公民館役員、郷友会(石垣・沖縄・東京)との懇談会。公民館支払い議会。
夜は全国竹富島文化協会の総会が開催される。

●12月10日(みずのとみ) 種子取祭物忌むぬん
現在行われていない。

今年の種子取祭奉納芸能の演目は、下をクリックしてご覧下さい。

種子取祭奉納芸能演目(初日)
【庭 の 芸 能】
   1 .棒、 2 .太鼓、 3 .マミドー、 4. ジッチュ、 5. マサカイ、
   6 .祝種子取、  7 .ウディ棒、 8. 馬ヌシャ            

【舞 台 の 芸 能(前踊・サチブドゥイ)】
01、長者
02、彌勒
03、舞踊、神司スーブドゥイ
04、狂言、鍛冶工
05、舞踊、赤馬節
06、舞踊、八重山上り口説
07、狂言、組頭
08、舞踊、ササラ銭太鼓
09、舞踊、大浦越路
10、狂言、世持
11、舞踊、鳩間節 
12、舞踊、元タラクジ節
13、狂言、世曳き
14、舞踊、胡蝶の舞
15、舞踊、鶴亀節
16、舞踊、かたみ節
17、舞踊、下原節
18、狂言、伏山敵討
19、舞踊、祝種子取
20、舞踊、夜雨節 
21、舞踊、竹富育ち
22、舞踊、布織ユンタ
23、舞踊、むりか星
24、狂言、ぺーク漫遊記舞踊
25、舞踊、しきた盆
26、舞踊、早口説
27、舞踊、種子取節
28、狂言、ガイジンナー
29、舞踊、安里屋
30、舞踊、鳩間節(早引き)
31、舞踊、真栄節
32、舞踊、組長刀
33、舞踊、竹富口説
34、狂言、曽我の夜討 
    

 種子取祭奉納芸能演目(二日目)
【庭 の 芸 能】
   1.棒、 2.太鼓、 3.マミドー、 4. ジッチュ、 5.マサカイ、
   6.祝種子取、  7.ウディ棒、 8.馬ヌシャ

【舞 台 の 芸 能(後踊・アトゥブドゥイ)】
01、ホンジャー(長者)
02、彌勒
03、狂言、シドゥリャニ
04、舞踊、かぎやで風
05、舞踊、夜雨節
06、舞踊、竹富節
07、狂言、天人舞踊
08、舞踊、たのりゃー
09、舞踊、世果報花
10、舞踊、仲筋ぬヌベー
11、狂言、種子蒔
12、舞踊、揚作田節
13、舞踊、蔵ぬ花
14、舞踊、あかまた節
15、舞踊、仲良田節
16、舞踊、揚古見ぬ浦
17、狂言、父子忠臣
18、舞踊、扇子舞
19、舞踊、大浦越路
20、舞踊、高那節
21、舞踊、夏花
22、狂言、畑屋ぬ願い
23、舞踊、江差節
24、狂言、崎山節
25、舞踊、スル掬い
26、舞踊、かたみ節
27、舞踊、サングルロ    
28、舞踊、海上節
29、狂言、鬼捕り
注)時間の都合で演目には一部変更することがありますのでその節はご了承下さい

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October 22, 2004

ハンチメーの願い(旧暦9月9日)

本日、10月22日は旧暦の9月9日に当たるため、島では「ハンチメー(芋)の願い」が御嶽にて行われました。これは五節句の一つである重陽の節句のことですが、島では「芋のまつり」として行われています。
仲筋家(生盛家)が男神司をつとめるイルミシャシオン(西美崎御嶽)にて、オンビ(氏子)らが参列し、祈願を行い、菊の葉を泡盛に浮かべた「菊酒」を夜光貝の盃にて頂き、さつまいもを始めとした供物であるごちそうを神様から分けて頂きました。

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September 28, 2004

十五夜祭

9月28日(火)は、ジュングヤ(十五夜祭)で、 旧暦8月15日に執り行なわれる祭です。
旧暦の8月15日を男の祝日として、旗頭を打立てて行う、竹富島の祭事行事ではめずらしい勇壮なお祭りです。内容は、綱引きや、ヤドゥ(板戸)の芸能が行われます。

当日の午後4時、あいのた(東集落)は太陽、いんのた(西集落)は双龍、なーじ(仲筋集落)は緋鯉の旗頭を打立てて、銅鑼と太鼓を賑やかに打ち鳴らしてグラウンドに入場し、十五夜祭が始まります。

グラウンドの行事が終了すると、旗頭を先頭に各集落にもどり、集落毎に十五夜祭を祝います。

十五夜祭のスケジュールは下をクリックしてください。

  〜十五夜祭次第〜

  1、開会のことば
  2、公民館長のあいさつ
  3、綱アーシ(雄・雌の綱を合わせる) ガーリ
  4、仲筋支会の福の神
  5、西支会の七・五・三
  6、綱のみん(青年会の棒うち)
  7、勝負を決する大綱引き、ガーリ
  8、東支会のブナジナー
    乙女たち二人がグシと肴を持参する
  9、閉会のことば

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September 21, 2004

世迎い

9月21日は、「世迎い」が行われます。
「世迎い」とは、ニライカナイの国々から五穀の種もみを持参する神々を迎える祭事です。
朝7時、公民館に神司と執行部は集合し、ニーラン神石前へ向かいます。神司6人に小底場(クックバー)の神司を加えて7人に執行部で祈願し、トゥンチャーマを唄います。そして神々を迎えた後、幸本御嶽へ向かいます。村の入り口では仲筋村の婦人たちが出迎えてくれます。幸本御嶽で願ったあと、クックバーへのぼります。クックバーでもハヤマワリハイダチの神々による種籾の配りがあり、祈願し、トゥンチャーマを唄い終えます。クックバーを下りた後、一行は公民館までトゥンチャーマを唄いながら行列を連ねます。ナージカー(仲筋井戸)の方では玻座間村の婦人たちが出迎えをします。そこでは激しくガーリが繰り返されます。その後、公民館まで行き、そこで解散して祭りは終了します。

トゥンチャーマの歌詞は下をクリックしてください。

トゥンチャーマ
(この古謡は八月八日、五穀の種子を積んだニーラン神の船を迎える世迎い(ユーンカイ)行事の時に合唱される)

一、 あがとから 来る船や ばがいぬとぅんちゃーま
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

二、 うはらから 来る船や 何ゆしちゃる 来る船
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

三、 彌勒世(みるくゆ)ば 載(ぬう)しおーる 神(かん)ぬ世ば 載しおーる
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

四、 竹富(たきどぅん)に とぅーるすーきてぃ 仲蒿(なかだき)に とぅーるすーき
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

五、 彌勒世ば 抱(だ)ぎうるし 神ぬ世ば 抱(だ)ぎうるし
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

六、 家(やや)ぬ 家ぐとぅに きぶる きぶる ぐとぅ
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

七、 俵 世ば 給ぼーられ 升ぬ世ば 給ぼーられ
     うーやき 世(ゆ)ーば 給ぼうらる

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September 20, 2004

結願

9月20・21日は結願です。これは二日間にわたって行われる竹富島の大きな祭祀の一つです。
段取りとしては、執行部は、前日までに村御嶽の清掃を行なっておきます。
また前日の夕刻、清明御嶽(マイヌオン)の境内での奉納芸能のための幕舎張りを行います。
祭りの初日、執行部は祭りの準備に取りかかります。
そして神司は夜籠りがあり、一方執行部はその夜の間、狂言を司る有田家、各支会の踊会場を訪問して激励を行います。
二日目、早朝から彌勒神、玻座間御嶽、仲筋御嶽、幸本御嶽、国仲御嶽、久間原御嶽、花城御嶽、波利若御嶽、西塘御嶽、清明御嶽など 22の御嶽を回って参拝の後、清明御嶽で奉納芸能を捧げます。その内容は、始番狂言、芋堀狂言のほかに、各支会から2点ずつの舞踊の提供があります。芸能の終了とともに幕舎をを取り外し、かたずけて、祭りは終了になります。

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September 17, 2004

シチマツリ(節祭)

今日9月17日は、シチマツリ(節祭)が行われます。
竹富島では3回お正月を祝い、それは新暦と旧暦、そしてもうひとつがこのシチマツリで、古代のお正月だといわれています。
段取りとしては、先ず土地と井戸を浄めます。祭祀の前日まで に、公民館執行部は島の井戸の周りの清掃を行い、祈願の際に線香をたくための白砂を運んで井戸の前に置き、節祭に備える。各家庭では、家の軒にフキをさしたり、農機具などに節かずらを巻いて、節マジュウノウ(幽霊)に持っていかれないようにします。そして、夜は節ふるまい(ふるまい酒など)をいただきます。
 シチマツリ当日は、神司を先頭にした公民館執行部の一行は、早朝から国仲御嶽、西塘御嶽、清明御嶽、根原神殿の前で祈願をします。神司たちは、各自の御嶽を参拝したあと、井戸を回って祈願をします。その井戸拝みは次の通りに25箇所の井戸で、1合花米と線香1結を供えて行われ、各神司の担当が決まっています。
 夕刻、執行部は一般有志の列席を得て、ミルク奉安殿でミルク神に祈願を行います。
そして節祭から49日目に迎える、つちのえねの種子取祭の祈願を迎えることになります。

それぞれの神司が拝んでまわる井戸の担当に関しては下をクリックしてください。

1. 玻座間御嶽(神司拝み)11箇所
ハザマンガー、ハマンガー、ミシャシカー、ウヤマンカー、フゥーガー、フーシンガー、キニンカー(浜門家の東)、アーラカー(山盛家の東)、マインカー、メイジカー(保育所の東)、オーセカー(有田家の東)
2. 仲筋御嶽(神司拝み)3箇所
ナージカー、フゥフチカー(狩俣家の東)、コインカー(嘉手川家の東)
3. 幸本御嶽(神司拝み)2箇所
コントゥカー、インカー
4、久間原御嶽(神司拝み)4箇所 
シマナーフンナーカー(ミーナカー)、マインカー、タイショウカー(花城家の井戸)、セイネンカー(大川屋の井戸)
5、花城御嶽(神司拝み)2箇所
ハナックンガー、シンザトゥカー、ハツメイカー(白保家の前)、フーカー
6、波利若御嶽(神司拝み)3箇所
トゥンナカー、シルミジカー(学校内の井戸)、タキムトゥカー

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August 30, 2004

お盆の真っ最中!

ただいま竹富島では、お盆の真っ最中です。
竹富島を含む、沖縄全域では、旧暦の7月13〜15日にお盆を行います。
今年は8月28日〜30日がその日にあたります。

全体の段取りとしては、各家庭で仏壇にお供えものをし、ご先祖様に対して13日の「迎え」、14日に「中ショーロ」、15日に「ウクルヒ(送る日)」を行い、霊を歓待し、供養します。

そして夜は盆踊りとして、各集落毎に数件の屋敷(その年毎に違う)を毎晩まわります。
(ただ現在、仲筋(ナージ)集落では人数が少ないため、現在は絶えている状況です。)
そこでは、クバ笠に手ぬぐい姿で顔を隠した若者たちが、三線にあわせたアンガマ踊りでショーロガナシ(先祖の霊)をもてなします。メインはニンブチャー(念仏歌)で、孝行念仏、七月念仏、無蔵念仏、その山念仏、かなし念仏などがあり、日によって違うニンブチャーを謡いながら、踊ります。

またそれが終わった後には、他にも踊りを見たいといった先祖の声(裏声)を合図に、様々な芸能が披露されます。そこでは、若い人たちを中心に、普段の稽古の成果が披露されます。また笑いを誘う出し物や、流行を取り入れたものが披露されたりもします。

そして翌日には、「スードーリ(道ざらい)」を行います。早朝に各集落ごとに集合し、お盆の間にきちんと送られることがなかった無縁仏などを払い、集落のみちを清める意味合いで、みちの修復、掃除を行います。他の八重山の集落では、このスードーリと同じ意味をもった行事として、獅子舞などが登場する「イタツキバラ」を行います。

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August 22, 2004

七夕願い(七日ショーロ)

8月22日は、七夕願いを行う日です。
七夕願いは、彌勒神のお顔の化粧、衣類、調度品類の虫干しなどをおこない、夕刻から公民館執行部は、一般有志打ち揃って、彌勒神のお面を取り飾って、祈願します。
一般の家庭では、仏壇に線香を炊きショーロまであと一週間になったことを伝え、お墓の清掃をしたりします。そのため、ナンカショーロ(七日ショーロ)とも言います。

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August 01, 2004

プイ(豊年祭)


8月1・2日は、竹富島の豊年感謝の祭りであるプイが2日間にわたって行われます。
初日はオンプイ(御嶽プイ)と言われ、六山(ムーヤマ)の氏子たちがそれぞれの親神に感謝を行います。2日目はトゥヌイプイ(刀禰元豊年祭)と言われ、元来、六山の刀禰元(トゥヌイモト)で行われたためであると思われるが、現在では2日目の刀禰元における祭祀は初日に行っています。

詳しくは、下をクリックして下さい。

初日、神司と公民館執行部は、早朝に供物をととのえ、国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽の神々に豊年感謝の祈願をします。午後1時から顧問と執行部は、六山の参詣に出かけます。参詣は、玻座間御嶽、仲筋御嶽、幸本御嶽、久間原御嶽、花城御嶽、波利若御嶽の順に回ります。これは、六山の親神に対する村を代表しての豊年感謝の祈りであると同時に、氏子たちとの交流の場にもなります。
参詣の際には、銅鑼と太鼓を打ち鳴らし、「プイの道唄」を謡いながら通ります。御嶽の中では、神司たちがウブ入りして、ブン(シュナイ)を供えます。ウブ入りを済ませると、御嶽の庭に座る氏子たちとブンをいただきながら、ミシャクを配膳し「大ミシャコ」を唄い、それから「願いぬ盃」があって、氏子のオンプイは終了します。
執行部などの参詣の一団は、波利若御嶽での参詣をすませると、銅鑼と太鼓を打ち鳴らし、「プイの道唄」を謡いながら集落に入ります。そして辻つじで豊年を祝う島人との交歓の場として激しくガーリが繰り返されて初日を終えます。

さて2日目。早朝、神司と執行部はユー願いを行います。
まずニーラン神石の前で豊年感謝の祈願、それから幸本御嶽、クックバーへ登ります。仲筋集落の入り口や玻座間集落の入り口では、多くの人たちの出迎えがあります。そして婦人の皆さんと共にガーリを繰り返します。
神司と執行部はそれから供物をととのえ、マーチ御嶽、清明御嶽へ参拝して終了となります。
しかしさらに仲筋村では、ハニヤ御嶽で集まり、村中の息災を願うということなので、執行部も加わります。

【プイの道うた】
(プイは六山の氏子たちがそれぞれの親神に豊年の感謝をささげる神事ですが、公民館役員や有志たちが六山を参拝してまわります。このうたはその道中にうたわれます。)

一、平良(たいら)轟(とど)ろしぬ 夫婦(めおと)樋川(ひじゃ)ぬ 落水(うてぃみじ)
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ
   ハリ うり絶(たゆ)るまぎる 色どぅ勝る
      ハーリヌ ヒーヤシューラ ジャンナーヨ

二、安里八幡(あさとはちまん)ぬ 松(まち)抱ぎょる 石垣(ぐしく)
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ
   ハリ うり巻きゅる 如に 我(ば)んぞ巻かしたぼーり
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ

三、円覚寺御門(いんくくじうじょう)ぬ 鬼仏(うにぶとぅき) 前や
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ
   ハリ 我(ば)んぞ欲(ゆく)しすや 見張てぃ 脅(うどぅ)したぼり
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ

四、待ちゅぎたる 今日ぬ日 願ゆたる 黄金日(くがにひ)
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ
   ハリ 今日の 吉日(ゆかるひ)にはじりあぎしたぼり
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ

五、思た事 叶(かな)しょうり 願たすに すなしょーり
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ
   ハリ 数(かず)い 尽(ちく)さらん 浜ぬ真砂(まさご)
      ハーリヌ ヒーヤシューラ ジャンナーヨ

六、○○御嶽(うたき)ぬ 神加那志前(かみがなしまい)や
      ヒーヤシューラ ジャンナーヨ
   ハリ 我(ばん)心あらぬ 肝心(きむくくる) あらぬ 御守りしたぼーり
      御許したぼり

注:六の○○には、参拝の順に玻座間、仲筋ぬ、幸本ぬ、久間原ぬ、花城、波利若を冠してうたう。同様にニーラン、クックバー、マーチ、清明を冠してうたう。


【大(うふ)みしゃく】
この古謡は、ぷい(豊年祭)、なーきよいに六山の氏子たちが、それぞれの祖神にみしゃく(お神酒)をささげながらうたいます。

一、祖神(うやがみ)ぬ 守(まも)ろすぬ みぶけん
  蔵内(くらん)ちぬ しらなみぬ 大(うふ)みしゃこ
      (根(に)ぎういぬ 本(むとぅ)ういぬ 大みしゃこ)
  中盛(なかむ)らし 端盛(はたむ)らし むやそい
      ピャシヨーホ ピャシヨーホ
      ピャシヨーホ ピャシヨーホ
      エーヤハ  エーヤハ
      エーヤハ  エーヤハ

二、根(に)うすいぬ 大みしゃく
  はやしばどぅ 世やのーる
  うやきーしゃーが 世やのーる
  うやき 世なほしぬ
  はーやーせーばどぅ 世やのーる
      ピャシヨーホ ピャシヨーホ
      ピャシヨーホ ピャシヨーホ
      エーヤハ  エーヤハ
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投稿者 takidun : 09:06 AM | コメント (1)

July 22, 2004

西塘ばんはじり

今回は、7月22・23日と迫ってきた「西塘ばんはじり」の紹介をします。
これは西塘プイともいいます。竹富島の偉人・西塘さまは島守りの神様で、その西塘さまに豊年感謝の意を表する祭りで、旧暦の7月の最初のみずのえに執り行うことになっています。つまり、豊年祭「プイ」の10日前に行われることになっています。神司の夜籠もりなどがあり、四月大願いと全く同様に2日間行われます。

詳しい内容は下記をクリックして下さい。

《初日》
神司は二つに別れて夜籠もり。清明御嶽には、玻座間御嶽・仲筋御嶽の神司。西塘御嶽には、久間原御嶽・波利若御嶽の神司。幸本御嶽には、幸本御嶽・花城御嶽の神司、小底場の神司が夜籠もりすることになっています。しかし現在では、幸本御嶽・小底場の神司が欠員しているため、西塘御嶽2人、清明御嶽2人、幸本御嶽1人の夜籠もりになります。幸本御嶽が1人では気の毒なので、補佐する人を1人おいています。公民館の執行部は、前日までに祭事で必要とする品々の購入を済ませなければならないし、村御嶽の清掃を済ませます。供物に準備するものは、米、酒、線香、蚊取り線香、ローソク、塩、にんにく、供物となる菓子類などです。

動きとしては、公民館執行部は午後1時に公民館(まちなみ館)に集まり準備にかかります。まず、祭事に要する調度品を整えます。バキトゥルン、湯飲み茶碗、酒瓶、高台、高膳、皿類、お膳、スヌザラ、洗い米、みしゃく、茶湯、榊の葉などを用意します。
夜籠もりする3つの御嶽には、ご座八枚、用意した供物をあらかじめ配置しておきます。電気をひっぱってきて、電灯、扇風機、お茶の用意などをしておきます。午後4時頃執行部並びに顧問など有志は、西塘御嶽、清明御嶽、幸本御嶽の順に参拝します。執行部はそれから神司への夕食を配り、折り合いを見て食器を片付けにまわり、午後の9時頃に終えます。

《2日目》
執行部は朝5時集合で供物の用意をし、6時に彌勒奉安殿での祈願に入ります。参拝するのは、輿那國家、大山家の司2人に、執行部並びに有志です。30分ほどで終えると、神司が夜籠もりをしている3つの御嶽と国仲御嶽を参拝し、有志の方々は帰途につきます。その後、各神司は各々の御嶽に行き祈願を行ったのち、公民館に集まります。それからは、神司と執行部のみの祈願となります。3つに別れて、美崎御嶽、東美崎御嶽、西美崎御嶽、ニーラン神石に祈願した後、再び合流し全員で、世持御嶽、マーチ御嶽、根原神殿の前で祈願して西塘ばんはじりは終了します。執行部は、それから使用した道具類を回収し、洗って、拭いて、整理し後片付けを行います。その夜、執行部は祭りの精算を行います。

投稿者 takidun : 12:08 PM | コメント (0)