November 29, 2012

彌勒奉安殿にて

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平成24年11月25日 サチブドゥイ

タイククヌ ミルク タキドゥンニ イモチ
ウカキブセ ミショーリ
シマヌアルジ シマヌアルジ

サーサー サーサー
ユーヤー サースリ サーサー

(ta)

投稿者 takidun : 10:34 AM

November 27, 2012

奉納 【種子取祭7日目・8日目】

竹富島では、
11月25日(庚寅 かのえとら)・26日(辛卯 かのとう)
はタナドゥイのもっとも華やかな二日間が行われました。

初日はミルク興しから始まり、
乾鯛の儀式〜参詣〜サチブドゥイ〜世乞い

二日目は世乞い留めから始まり、
シドゥリャニの奉納〜乾鯛の儀式〜参詣〜アトゥブドゥイ

諸々の儀式が執り行われています。

今回は、
ブログをご覧のみなさまへ、
写真を通して
タナドゥイのハイライトの二日間をご紹介します。

(ta)

【11月25日(日)】
かのえとら ネーレカンドゥの願い日
玻座間村の芸能

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踊り幕は西集落提供

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奉納芸能初日 バルヒルの願い

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仲筋集落主事への参詣

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〜 庭の芸能 〜 「棒」

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〜 庭の芸能 〜 「マミドー」 仲筋会

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〜 舞台の芸能 〜 「彌勒」 玻座間民俗芸能保存会

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「世持」(種子蒔狂言) 玻座間民俗芸能保存会

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「胡蝶の舞」 いんのた会

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「竹富口説」 いんのた会

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「しきた盆」 あいのた会

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「安里屋」 あいのた会

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世乞い (西集落・横目屋)

【11月26日(月)】
かのとう コントゥフシンガーラの願い日
仲筋村の芸能

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奉納芸能二日目 ムイムイの願い

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クーバン小屋

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「シドゥリャニ」 仲筋民俗芸能保存会

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西集落主事への参詣

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時折り降雨があった二日目ですが、大勢の方々がお越しになっていました。

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「鬼捕り」 仲筋民俗芸能保存会

投稿者 takidun : 03:02 PM

November 24, 2012

祈願と幕舎張り 【種子取祭5日目】

11月19日のトゥルッキから
はじまったタナドゥイ(種子取祭)。

昨日(23日)は
干支の戊子(つちのえね)の日。
竹富島では、
タナドゥイの祈願と幕舎張りが行われました。

戊子の日は、
種子取祭でもっとも重要な一日である祈願の日。
午後1時30分から
竹富公民館執行部と神司一行は、
玻座間御嶽、世持御嶽、清明御嶽、根原屋を祈願します。
(チチヌニヌ タニドゥルヌ ニガイ)

一方、午前8時から、
18歳から69歳までの男性たちは、
タナドゥイの奉納の舞台となる
世持御嶽のテントを設営しました。
(トゥマヤ張り、幕舎張り)

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折しも昨日は三連休の初日とあって
大勢の観光客も訪れ、
島人は、
まつりと仕事に追われる多忙な一日となりました。

本日(24日)己丑(つちのとうし)の日は、
ンガソージ(大精進)の日。
大きな音を立てず、静かに過ごします。

しかし、
夜になると、
タナドゥイの奉納の稽古総見とあり、
帰省した竹富島出身者をはじめ、
大勢の人々が、
玻座間長者の国吉屋、
仲筋長者の生盛屋、
三支会の会館を訪れることでしょう。

(ta)

投稿者 takidun : 10:39 AM

November 22, 2012

外間守善先生を悼む

昨日のブログでお知らせしたとおり、
沖縄学の第一人者で竹富島の民俗学研究に
多大なる貢献をされた
法政大学名誉教授の外間守善先生が肺炎のため
87歳で逝去されました。

外間先生の竹富島においての最大の功績は、
上勢頭亨著
『竹富島誌』(民話・民俗編)(歌謡・芸能編)
を世に送り出すきっかけを作ってくれたことですが、
今回のブログでは、
『竹富島誌―歌謡・芸能編―』に掲載されている「跋」を
上勢頭本家に転載のご承諾をいただいたうえで、
皆さまにご紹介いたします。

外間先生のお人柄や竹富島に対する深い愛情、
そして、
何よりも故上勢頭亨翁への畏敬の念が込められた
「跋」をぜひご一読くださいませ。

(ta)

『竹富島誌―歌謡・芸能編―』
(1979年11月10日発行)巻末掲載

「跋」
法政大学沖縄文化研究所所長  外間守善

 喜宝院院主上勢頭亨さんが、その生涯の大半をかたむけて収集し
整理し続けてこられた竹富島に関する言語、文学、民俗、歴史等々の
貴重な原資料が、ついに陽の目をみることができた。
 実に喜ばしいことである。上勢頭さん御自身はもちろんのこと、
竹富島の島民の皆さんも首を長くして刊行の日を待ったということであり、
かさねておめでたいことだと思う。
 それにしても、原稿を入れてから数年もかかって本になるという、
かなりな難産模様であった。その間、じっと耐えてくださった上勢頭さん
に対して、申し訳ない気持ちでいっぱいである。
 三年前に刊行された『竹富島誌』(民話・民俗編)とともに、本書の果たす
学問的意義ははかり知れないものがあると思う。「民話・民俗編」に収集
された「神口」「願い口」とともに、本書収載の「歌謡・童謡」の資料価値の
高さは、いまさらいうまでもないことであるが、なんといっても「狂言」資料
の豊かさと、「狂言」の中で「例(じー)狂言」と「笑(ばら)し狂言」の弁別が
明確であるという事実は驚きであり、学問的に重要な示唆を含む資料になる
ことと思う。「狂言」の文字化なども、口承性の強い南島では珍しい例であり、
上勢頭さんだからこそできた記録であるといえる。
 一般に、八重山を含む南島地域の祝詞、神歌、歌謡、民俗等々は口承で
伝えられることが原則であり、しかもそれらのすべてが神事にかかわりを
持っているため、秘伝性をおびた口承であるという特色を持っているのだが、
竹富島のそれらのすべてを受けついで今日に伝えている方が上勢頭亨さん
である。竹富島の語り部とでもいったほうがふさわしい方で、その抜群の
記憶力に支えられて、島の歴史や民俗や神歌が、よどみなく、果てしなく
語られるのを聴いていると、奈良朝のいにしえ、『古事記』を語り伝えたという
語り部の面影が髣髴としてくる。

 私は、神歌を収集し記録するために、奄美、沖縄、宮古、八重山の島々を
巡訪して二十数年になるが、上勢頭さんほどに記憶力がすぐれ、しかもなお、
受けついできた伝承事実をなんとかして後世に伝えようとする意識に目ざめた
方にお目にかかったことがない。上勢頭さんがなぜ、口伝による伝承を文字化
しようとなさったのか、ついうかがいそびれてしまったが、島に押し寄せてくる
近代化の波の急なるさまをみると、上勢頭さんがそうせざるを得なかった歴史
の必然をみるような気がする。時宜を得たわけであり、口伝の歴史に逆らって
文字化してくださった上勢頭さんに、私はあらためて深い敬意を表したいと思う。
上勢頭さんの勇気と御努力は、竹富島の歴史に刻まれて不滅であろう。
 さいごに、上勢頭亨さんの原ノートの整理からさいごの校正にいたるまで、
黙々と手伝ってくれた宮良安彦君など、さらに宮良君の良き助力者になって
くれた石垣久雄、石垣繁両君の御努力が本書を生み出す力になったことも、
感謝の気持ちを込めて記しておきたいと思う。長い間、うむことなく本書を担当
してくださった法政大学出版局の秋田公士さんに対しても、
上勢頭さんにかわってお礼申しあげる。

昭和54年9月9日記


投稿者 takidun : 07:40 AM

November 21, 2012

生きる力

9月末に八重山を襲った
台風17号の暴風によりへし折られた
ゆがふ館のフクギ。

伐採しようと足を運ぶと、
新たな“合掌の葉”を茂らせていました。

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自然の強大な力に屈することなく、
なお生き続けようとするフクギのひたむきさに
心を奪われます。

【 訃報 】

沖縄学の第一人者で『おもろそうし』の翻訳で知られ、
竹富島の民俗学研究の発展に多大なる貢献をされた
外間守善先生が、
肺炎のため昨日(20日)の早朝、
87歳で逝去されました。

心より哀悼の意を表します。

(ta)

投稿者 takidun : 02:31 PM

November 17, 2012

十月祭と長浜博行環境大臣の来島

今日の竹富島は久しぶりの雨。

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ゆがふ館敷地内に自生するパパイヤの葉の上には、
幾つもの水滴が重なっていました。

今日の干支は壬午(みずのえうま)の日。
竹富島では、
防火・防難のまつり、十月祭が行われています。

竹富公民館執行部ならびに神司は、
1年間、災害などに見舞われることなく
無事に過ごせたことに感謝し、
また1年間無事に過ごさせてくださいと
あらためて祈願します。

その一方、
環境大臣の長浜博行参議院議員が来島され、
ゆがふ館にもご来館いただきました。

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おばぁが淹れたクミスクチン茶を提供し、
くつろいでいただきました。


ふたつの大きな出来事が重なった竹富島。

いずれも、
久しぶりの降雨と同じく、
“世果報”(ゆがふ)であることは間違いありません。

(ta)

投稿者 takidun : 11:58 AM

November 11, 2012

西塘御嶽拝殿の修復

沖縄県の史跡に指定され、
重要伝統的建造物群保存地区における
伝統的建築物(保存物件)である、
西塘御嶽拝殿の修復工事が、
11月8日より始まっています。

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本来なら、昨年度(平成23年度)の
修復事業として計画されていたのですが、
東日本大震災の影響で予算を確保できず、
今年度の事業として実施されています。

(ta)

島の祭祀を執り行うムラオン(トゥクルウガン)
でもある西塘御嶽は、
竹富島にとって主要な御嶽のひとつ。

西塘御嶽拝殿の北面には、
今もなお島民から敬愛される
竹富島最大の偉人、西塘大主のお墓があります。

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【いずれも平成24年10月25日 「九月大願い」時に撮影】

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【1970(昭和45)年の西塘御嶽拝殿 (写真提供:伊藤亞人氏)】

11月17日に執り行われる
十月祭では、
西塘御嶽での参拝はありませんが、
元旦に初詣に訪れる大勢の人々のことを考慮し、
急ピッチで作業が進むことでしょう。

今年度は、
西塘御嶽拝殿のほか、

・喜宝院蒐集館南休憩小屋
・東金城屋(仲筋集落)

都合3件の修復事業が今年度に実施の予定です。

投稿者 takidun : 11:11 AM

November 09, 2012

ヤマカチニアヨー

今回で第22回を迎える
竹富町民俗芸能連合保存会主催による

「竹富町古謡発表会」が、

12月9日(日) 黒島にて開催されます。

そこで今回は、
竹富島の伝承にも登場する古謡、

「ヤマカチニアヨー」をご紹介します。

(ta)

「山かちに アヨー」

    元  歌                      対  訳
1. 山かちにぬヨホー              山の樫の木は山の底に
   根下りやヨホー                根を下ろす
   山とんにどヨホー根や下りる       山底に根を下ろす

2.アサングル木ぬヨホー           ふかの木は山の頂に
   根下りやヨホー                根を下ろす
   山頂にどヨホー根や下りる         山頂に根を下ろす

3.スンムトゥキぬヨホー            オオタニワタリは石の上に
   根下りやヨホー                根を下ろす
   石ぬ上にどヨホー根や下りる        石の上に根を下ろす

4.瓶ぬ酒ぬヨホー                瓶の酒は
   根下りやヨホー                御膳の上でお供えをする
   う膳にどヨホー根や下りる          御膳に酒は供えられる

5.台ぬ酒ぬヨホー                台の酒は
   根下りやヨホー                高台の上でお供えをする
  高台にどヨホー根や下りる          高台に酒は供えられる

6.ばやけらーぬヨホー             私たちは
   根下りやヨホー                座敷に座る
  座敷場にどヨホー根や下りる        私たちは座敷に座る

7.ゆすけらーぬヨホー             あなた方は
   根下りやヨホー                喜びの座敷に座る
  ゆはな座にどヨホー根や下りる      あなた方は喜びの座敷に座る

8.うぬざふどヨホー               このような喜びごとを
  にがゆるヨホー                 願っている
  うぬ果報どヨホー               このような果報を
  てぃじりょうるヨホー              祈っている


【対訳参照 本庄正佳著 『竹富島古謡誌』 】        


「山かちに アヨー」が登場する伝承


西塘には一人の息子、宇座がいた。
首里に登る時連れて行く事が許されないで妻子を竹富島に置いて行った。
宇座は漁りするのが好きで暇さえあれば小舟に乗って魚釣りに出た。
或る日、急に嵐に遭って、小舟は木の葉の様にもまれ、
ようやく南の島に漂着して救われた。

一人息子を失った母カナメは、宇座のことが気になり、
自分の畑にあるユーナ木の側で、雨の日も、風の日も朝夕
宇座が無事で帰ってくれるよう祈願した。

その後、八重山の御用船が、沖縄より八重山へ帰る途中、
暴風に遭って南の島に流された。
その日宇座は南の島で、好きな魚釣りに出て、
八重山の「ヤマカチニアヨー」を唄っていた。

船員達は「ヤマカチニアヨー」を聞いて驚嘆した。
あの歌の主は八重山人に違いない。
はて、
こんな南の島に八重山の人が居るとは不思議だと思い、
船を近寄せてみた。
そして大声で、「貴方はどなたです」と呼びかけたら、
宇座は大声で、
「私は竹富島の西塘の子です。今より7年前この島へ漂流してきました。
この島人より可愛がられて相当な役職に就き、何不自由なく暮らしている。
八重山へ帰りたいが役職にいる身で勝手に帰ることができません。」

八重山では母が私の帰りを待っていますから、
下記の事項と、元気で居るということを伝えてくれと頼んだ。

◎母への伝言

 ‐豕掲鴫阿慮疂にあるデイゴの大樹は相変わらず真っ赤な花が咲きますか
◆〆抔恐阿寮勝⊃童世のガジュマルは今も木根を垂れていますか
 島人は今も夜昼、公務や年貢、御用布のため忙しいか

船員達は数日の後、八重山に帰ることが出来たので、早速竹富の母、
カナメに、宇座が元気で公職に就いていることを伝えた。
母カナメは大そう喜ぶと共に、毎日祈願した甲斐があったので、
此処を守神としてその後拝むようになった。
竹富の肝合掌(シムザーシ)御嶽がそれである。
この御嶽は、
今でも旅行や出征する兵隊さんたちが拝んでいる。
神司は場儀納の子孫である粟盛家の女がしている。

(語句を読みやすく訂正して掲載しています)

引用: 『西塘傳』 與那国善三、上勢頭亨共著
     1957(昭和32)年 沖縄西塘会発行

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シムザーシ御嶽 【2011(平成23)年10月】 写真提供:槙 貴雄 氏

投稿者 takidun : 09:52 AM

November 08, 2012

今日の来館者

午前9時30分を過ぎたゆがふ館の光景。
団体客を送り出したあとの静かなひと時。

来館者はいないかな・・・と思い過ごし。

居ました、居ました。

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ピーヨー(ヒヨドリ)という名の、
小さなお客さま。

(ta)

投稿者 takidun : 09:42 AM

November 07, 2012

ハブ捕物帳

今日のゆがふ館で起こったちょっとした出来事。

とある建物の柱に大きなハブが横たわり
「駆除したいので道具を貸してくれないか」
とのこと。
興味津々で現場に向かうと、
長さ90僂呂△蹐Δと思われる大きなハブ!
腹部が張り出しているので、
食事を摂ってゆっくり眠っている模様です。

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(ta)

あいにく、
ゆがふ館にはハブを捕獲する
「ハブ捕獲棒」は置いていません。

大きなハブを捕獲するには危険が伴うため、
念には念をということで、
道具を確保してから捕獲しようとのことで、
集まった面々は一旦引き揚げました。

暫くしたのち、
星のや竹富島から「ハブ捕獲棒」を借りてきた
島人が見事捕獲に成功しました。

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今日は立冬。
竹富島も長袖のシャツを着ないと寒いと感じる季節。
それと、もうひとつ。
寒くなる10月下旬から11月にかけては、
ハブが餌を確保しようと活発に動く時季でもあります。

今夜の竹富島の道は、
端を歩かずに真ん中を歩きましょう。
グック(石垣)から、ハブが顔を覗かせるかもしれません。

投稿者 takidun : 11:59 AM

November 04, 2012

音合わせ

数多くの舞踊を奉納する種子取祭。
踊り子たちは、
奉納に向けて多くの時間を費やし、
徐々に心を一つに束ねていきます。

その心を擦り合わせる大切な時間のひとつに、
地謡との音合わせがあります。

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【西集落】

爪弾く三線の音色、
軽やかに舞う手足の所作や扇の扱い。

タナドゥイの醸し出す雰囲気が、
身の周りに溢れ出してきました。

(ta)

投稿者 takidun : 10:54 AM