June 30, 2011

今日のゆがふ館

今日の竹富島は、
青い染物に木綿を置いたかのような
爽やかな天候に恵まれています。

絶好の天気のなか、
今日もゆがふ館には多くの来館者が訪れています。

こうしたなか、
来館者の足が途絶えた11時を少し周ったころ、
ゆがふ館では

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民具づくり教室のメンバーが民具の制作に取り組んでいます。

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ゆがふ館を通じて竹富島の魅力を紹介する
オバーガイドのみなさんは、
機織り機に新しく制作するミンサーを置きながら、愉しく「ゆんたく」。


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島民ひとりひとりが携わる、
「竹富島の手わざ」を継承する舞台のひとつとして、
竹富民芸館と同様にゆがふ館を選んでくれていることに、
嬉しさと有難さをひしひしと感じています。

(ta)

投稿者 takidun : 04:20 PM

June 29, 2011

カチタミ

天気がいいと
島内ではこんな風景に出会えます

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投稿者 takidun : 05:21 PM

June 25, 2011

台風一過

大型で強い台風5号は
昨日未明に八重山地方を通過しました。
定期船は午前中は欠航。
午後からの定期船の到着にあわせて、
ゆがふ館は12時30分に開館いたしました。

島内での大きな被害は特にない模様です。

この季節の台風の特徴は速度がはやく、
動きが遅い秋の台風に比べると被害が少ないことです。
そのため、午前中に後片づけを終えることができました。

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八重山地方と本土の台風一過で大きく異なることは、
さわやかな晴れ間があまり見られないこと。
今日の竹富島もどんよりとした曇が空を覆っています。

しかし、
殺人的な日差しが無いお陰で、
観光日和とも言えそうな今日の竹富島です。

(ta)


投稿者 takidun : 03:34 PM

June 24, 2011

ゆがふ館は開館7周年を迎えました!

竹富島ゆがふ館は、

竹富島の文化・自然を紹介するビジターセンターとして、
2004年6月24日に開館しました。

そして、今日で開館7周年を迎えました。
シカイト ミーハイユー

多くの方々に足を運んでいただき、
また、
竹富島を訪れる皆さまの憩いの場として活用していただき、
さらには、
島人と観光客の交流の場としてもご利用いただいています。

今後も、
多くの皆さまに親しまれ、愛される
ゆがふ館であり続けます。

引き続き
皆さまのご利用をお待ちしております。

西表石垣国立公園
竹富島ビジターセンター運営協議会
関係者一同

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※ 本日は、台風5号の接近により9時30分で閉館いたします。
   ご了承くださいませ。

投稿者 takidun : 08:00 AM

June 23, 2011

慰霊の日

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今から66年前に終わった戦争で、何十万人という人たちが
命をおとしていきました。

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戦争は、人と人との命の奪い合いです。
戦争が始まれば罪のない多くの子供達の命が奪われ、
たくさんの人々が悲しみます。
人間はなぜ戦争が悲惨で残酷という事を知っていながら
戦争をやるのでしょうか。
僕は、最初ちょっとした争いだったものがどんどん大きくなり、
もうどうにもならない戦争になっていってるんだと思います。

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世界中でも、今なお戦争が起きていますが、
一瞬にして全てを奪った戦争を許してはならない、
そして多くの人を苦しませる戦争は、二度と繰り返してはならない。

僕たちは、戦争のない日本に生れて幸せに暮らしています。
この平和な日常が世界中に広まるように、
世界の人々が、笑顔で過ごせるように
平和を築いていくことを誓います。

「平和のメッセージ」

竹富町立竹富小中学校
生徒会長 友利 翼 君

第50回竹富町戦没者追悼式典にて


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(ta)

投稿者 takidun : 11:54 AM

June 17, 2011

御嶽での小さな世界

四月祭の合間に清明御嶽で見た、
竹富島の小さな世界。

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クロヨナの木。
左手の植物はパパイヤ


クロヨナとパパイヤの隙間には
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サルノコシカケ

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アシナガゴマフキカミキリの交尾


清明御嶽の拝殿には、
クロヨナの下で長い間旅立ちを待っていた
セミたちの抜け殻が残されていました。

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御嶽は、
神と人間との接する場所という位置付けだけではなく、
多くの動植物の命を育む場所でもあります。


竹富島の豊かな自然の姿です。

(ta)

投稿者 takidun : 11:50 AM

June 16, 2011

四月祭

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粟の初穂 【東集落】

〜 粟の初穂を迎え、何の病虫害もなく祈願通り稔らせ、
 夏の収穫期には首尾よく収穫させてくれるようにと祈る 〜


初穂の感謝祭である四月祭は、
6月6日から延期され、本日執り行なわれました。

現在では粟の初穂ではなく、米の初穂を供えていますが、
台風2号の影響により八重山での初米の収穫が遅れたため、
10日後の「みずのえ」の日に延期されています。


竹富公民館執行部と神司が参拝するのは、
真知御嶽・国仲御嶽・清明御嶽の三か所で、
二月祭、十月祭と同じです。

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清明御嶽での祈願を終え、
僅かばかりの歓談を終えたのち、

執行部は後片付けを行ない、
その後氏子としてそれぞれのムーヤマ(六山)の御嶽へ参拝に向かいます。

神司はそれぞれのムーヤマの御嶽のウブ(聖域)入りに向かいます。

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(ta)

投稿者 takidun : 11:24 AM

June 15, 2011

ゆがふ館だより25

ゆがふ館だより25を発行しました。
ゆがふ館内に配布していますので、
ご自由にお持ち帰りください。

投稿者 takidun : 11:17 AM

June 12, 2011

リュウキュウキンバトの死

八重山では海神祭(ハーリー)とともに梅雨が明ける
と言われていますが、今年はまさにその通り。

いよいよ暑い暑い夏を迎えます。

この時期は、鳥たちの子育てもあともう少し。
幼鳥も巣立ちの時期が近づいています。

今日のゆがふ館には、息も絶え絶えの
幼いリュウキュウキンバトが闖入し、
事務所内の窓ガラスにぶつかって絶命しました。

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亡骸はゆがふ館の裏庭に埋葬しました。

成鳥であれば、この程度の衝突なら軽い脳しんとうで
捕獲することすら難しいのですが、
今日のキンバトは、
幼鳥であることや、
それ故にカラスなどに追われて疲れきって
ゆがふ館に逃げ込んできたことが推測できます。

リュウキュウキンバトは
環境省レッドデータブックの絶滅危ぐIB類(EN)で
国の天然記念物に指定されています。

希少な生き物を失って残念な気持よりも、

長閑(のどか)な竹富島で繰り広げられる
生き物たちの厳しい生存競争を間の当たりにし、
複雑な思いが残りました。

(ta)

投稿者 takidun : 09:43 AM

June 07, 2011

幸本御嶽

竹富島に数多く点在する御嶽(オン)。
沖縄本島では“ウタキ”や“オタケ”と呼びます。
現在、竹富島には28あるとされ、
竹富島の精神世界の中心に位置する神聖な場所です。

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今回は、竹富島の幸本村の創設の神で、
竹富島で執り行われる神事の中心となる六山(ムーヤマ)のひとつ、
幸本御嶽(コントゥオン)をご紹介します。
幸本御嶽には、
幸本村の氏神である幸本節瓦殿(コントゥフシンガーラ)と
渡来先の久米島から招かれた神がまつられています。
ちなみに、幸本御嶽が置かれている地は
フージャヌクミ(長者の地)と云われており、
幸本節瓦殿がいかに裕福で力を持っていたのかを偲ぶことができます。

創建の由来は、
琉球王国が1713年に編纂した『琉球国由来記』に記されています。

幸本御嶽
神  名 国の根の神山
御いべ名 もちやい大あるじ
(久米島より御渡幸本ふしかわらおかみ初る)

また、幸本御嶽の東側には、
小底場(クックバー)と呼ばれる小高い丘があります。
この丘は祭主である竹富公民館執行部と
神司のみが年に僅か2回(プイ・ユーンカイ)だけ
立ち入ることを許される場所であり、
竹富島において最も神聖な場所と云ってもいいでしょう。

さらに、ブログをご覧のみなさまに、
昭和51年『八重山文化論集』にて発表された
論文「竹富島のユーンカイ(世迎い)」を、
八重山の文化人のひとりに挙げられる、
著者の石垣博孝氏に転載のご承諾を頂きましたので、
抜粋してご紹介いたします。

※ 御嶽は神聖な場所です。
   鳥居から中へのお立ち入りはご遠慮ください。

(ta)

石垣博孝 1976(昭和51)年 「竹富島のユーンカイ(世迎い)」
八重山文化研究会編  『八重山文化論集』

三.行事の内容

旧暦の八月八日の早朝、ツカサ達は準備を整えて集会所に集まり、
村の幹部たちを伴って島の西海岸コンドイ浜へ向う。
以前はクツクバ嶽のツカサをしていた
西表ナへ氏(イリムティヤー)で祈願を行ってから、
浜へ行く慣いになっていたが、
ツカサの死亡(1963年頃)により、現在の形をとるようになった。
イリムティヤーにはかって、ニイランの香炉と舟の掛軸があったが、現在はない。

コンドイ浜は、ゆるい曲線を描く砂浜とサンゴ石灰岩で出来、
凪いだ海、澄んだ水のはるか西方海上に小浜島、西表島が横たわっている。
その浜に高さ1.2メートル、幅0.60メートル、厚さ0.25メートルのニイラン石があり、
石の根もとにキクメイシで出来た二基の香炉が置いてある。
アンナイコオロ(案内香炉)とニガイコオロ(願い香炉)である。
 浜に着くと砂の上にゴザを敷いて席を作り、
ツカサ達は心得たように自分の席へつく。
ニイラン石に向かって
左から、小底モウシ(クックバ御嶽)、仲本静(コントゥ御嶽)、請盛ユキ、
崎山苗(ハナスク御嶽)、石川明(ハサマ御嶽)、大山静(バイヤー御嶽)、
登野原ミツ(サージ御嶽)、安里八重(クマハラ御嶽)の順である。
村の幹部や世話人達は、その左手に座を占める。

ツカサ達は白い朝衣(神衣)をまとい、
静かにぬがずいて、コーハナ(香、白米)と酒を並べる。
白い朝衣は苧麻布または芭蕉布でつくられた打掛で、
神行事の時だけ、着物の上に着用する。
一番香(一握りの香束)が二つの香炉にたかれ、合掌祈願が行われる。
祈願の後、ツカサ達はそれぞれの香箱をささげ持って、
口々に「シィサリー」といって拝する。
シィサリーは、おうがいします、お知らせしますの意で、神への案内である。
 二番香までの間に小休止があって、
酒がまわされ、マースウサイが配られる。
マースは塩、ウサイは肴のことである。
ここでは神酒の肴として塩を用いることから、この名がある。
小皿に盛ったマースウサイを世話人が持ちまわり、
箸で一はさみずつ全員の左手に置いていく。
人々は左手の塩をなめながら神の酒をいただくのである。
次いで二番香による祈願がある。ほとんど一番香の時と同じである。

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2008年9月7日の「世迎い」

古老の説明によれば、三番香を継いで祈願し、
両の手で拝み招く間に神の舟が到着するというのである。
三番香が立てられると、全員が鉢巻をしめ、
ドラや太鼓に合せて「トゥンチヤマ」という謡をうたう。
ツカサ達は正座のまま両の掌を向に向け肘を折って
我が身へ招き寄せる所作をくり返しくり返し行なう。
整然とした中に真剣な熱気がこもっている。

《中略》

 「トゥンチヤマ」が終り、神舟が着くと、
ツカサ達はニイラン石のもとをはなれ、
神をともなってコントゥ御嶽への道への道につく。
道々「トゥンチヤマ」をうたいながらである。
途中、浜に近いニイウスイ御嶽へ参詣し、礼拝を行なう。
ニイウスイ御嶽は竹富島のために抜荷という
大それたことをした神を祀ったところである。
おそらく種子袋をかくした所で、
中喬木が繁茂し、今なお物をかくすのに格好の場所である。
ひっそりとした形ばかりの囲いの中に、香炉を一つ置いただけの拝所である。

《中略》

 ツカサ達がナージ(仲筋)村に近づくと、
村はずれに鉢巻をしめた婦人達が待ち受けていて、
謡をうたい両手を上げ単純な振りを行ないながら、うやうやしく一行を迎える。
 迎える方も迎えられる方も満面に笑みを浮かべて交わり、
ともに「トゥンチヤマ」をうたい、ガーリィを行なう。
ガーリィはドラの連打に乗って、
両側から相寄るように中心部に集約されたり、
波紋をおもわせるひろがりをみせたりしながら、規則正しく、幾度もくり返される。

 村の入り口での一連の所作は、
今しがた神を伴なった一行を迎え、
この村に快よく富貴の世(豊年)をもたらして下さい、という願いがこめられている。
一行はこの歓迎を受けた後、ナージ村にあるコントゥ御嶽に入る。
コントゥ御嶽は先にも記したとおり、
神名、国ノ根山。御イベ名、モチヤイ大アルジで、
久米島より渡来した
クバムトゥフシカーラ(小波本節瓦)によって拝み始めたとされているところである。

《中略》

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2010年9月15日の「世迎い」

拝殿には二つの香炉があって、
正面はコントゥ御嶽、
右手東向きの香炉はクツクバ御嶽へのトゥーシィ(遥拝)香炉である。
ツカサはそれぞれの香炉に香を立て、供物をそなえて祈願を行なう。
一通りの祈願がすむと、一同は座をくずし、
酒とマースウサイがまわされる。
更にお茶、お菓子が出て、くつろぎながら一時を過ごす。

一息入れると、クツクバ御嶽のツカサは一人拝殿を出て、
クツクバ御嶽へ通じる道を行く。
ツカサは手前でフクギの葉を三枚とり、その一枚を口にくわえ、
残る二枚は一枚ずつ左右の手に持つ。
神へ向う際吐息のかかることをおそれてのものであり、
竹富島ではウブ(イビ)入りの時にそれを行なう習慣がある。
ツカサはクツクバ御嶽の下で香をたき、
神にうかがいをたてる祈願を行なう。
しかる後履物をとり、素足で曲がりくねった岩の間の道を登りはじめる。
クツクバ御嶽はコントゥ嶽と境内を同じくする拝所で、
うっそうとした原生林に囲まれた岩の上にある。
岩の上にはちょっとした神座があって香炉が置いてある。
このクツクバ御嶽は、
ニイラン神の持ってきた種子をハヤマワリハイタツ神に命じて、
九つの村へ配布させた所だという。
クツクバ御嶽のツカサが登って後に、
他のツカサは並んで登り、村の幹部たちはその後に続く。

《中略》

 クツクバ御嶽は日頃上ることを許されない。
もっとも、他の拝所にしたところでみだりに立入ることは許されない。
この「禁」は定められたことというより、
人々の畏敬の念のあらわれであることが多い。
しかし、クツクバ御嶽の場合は、岩全体が神座であることから、
一般にみられる御嶽のイビと同じ性格を持っており、
もっと厳しい「禁」がいいわたされている。
 公然と上れるのは、
ユーンカイの日にツカサと行動をともにする村の幹部や手伝人に限られている。
クツクバ御嶽は樹々の間を通してンブフル(牛丘)を望むことができる。
祈願の方法はコントゥ御嶽と同じで、供物をそなえて香をたき、
全員による合掌祈願である。ここでも、「トゥンチヤマ」がうたわれる。

 クツクバ御嶽での祈願が終ると、一行は再び上ってきた道を降りて、
コントゥ御嶽の前庭で揃い、
ツカサ達を行列の前に立ててハサマ村へ向かうのである。
ハサマ村でもナージ村と同じく婦人達に迎えられ、
トゥンチヤマをうたいガーリィが行なわれる。

 しかる後、集会所へ行き再びガーリィをして円座をくむ。
ユーンカイの行事をつつがなく終えた安堵感が集まった人々の表情にあって、
それぞれの労をねぎらいながら飲み物や菓子をいただくのである。
なごやかな語らいがあって、
心を一つにして行って来た行事の首尾をかみしめる。
ユーンカイの行事はすべて終了し、
ツカサ達は白朝の神衣を脱ぎ鉢巻をはずして人間にかえる。
まだ正午には間のある時刻である。

投稿者 takidun : 08:00 AM

June 06, 2011

シロオビアゲハ

昨日の夕刻に
花城御嶽前でみることができた
シロオビアゲハの群れ。

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そのうちの一頭を撮影することができました。

さり気ないところに在る、
竹富島の豊かな自然の姿です。

(ta)

投稿者 takidun : 03:00 PM

June 05, 2011

今日のゆがふ館

今日の竹富島には程好い南風が流れ、
とても気持ちのいい日曜日。

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しかし、
今日のゆがふ館はご来館される方も少なく
閑散としています。

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それもそのはず。
今日は八重山の各地域では海神祭(ハーリー)、
集落では竹富小中学校大運動会が行われているからです。

先日、八重山を襲った台風2号により、
5月29日から延期となった竹富校大運動会。
清々しい天気により
無事に開催されることを一番喜んでいるのは、
一生懸命に演目の練習に取り組んだ子どもたちと、
会場設営に尽力したご父兄の皆さまではないでしょうか。


今日のゆがふ館では
スズメやアカショウビン、アオバトたちのさえずりと、
蝶がひらひらと舞う音が聞こえるかのような
“静寂”を愉しむことができます。

(ta)

投稿者 takidun : 10:30 AM