April 24, 2011

竹富島でのお祝いごと

 昨日(23日)は大安吉日。
竹富島では、ふたつのお祝い事が行われました。

ひとつめは、竹富島の文化・歴史・民俗を語る上で
欠かすことの出来ない人物、
上勢頭亨翁の生誕100年記念顕彰碑の除幕および
鐘つき堂の初打式が行なわれました。

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故上勢頭亨翁は
著作
『竹富島誌ー民話・民俗編ー』
『竹富島誌ー歌謡・芸能編ー』
を通じて数多くの竹富島の伝承、風習、古謡や民謡を継承し、
島内の史跡を紹介する石碑を数多く残しました。
さらに数多くの学識経験者や著名人に竹富島の文化を伝え、
現在の竹富島を育んだ功労者のひとりです。

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鐘の初打は、
上勢頭芳徳蒐集館長とふたりの亨翁の曾孫によって行なわれました。

島内外から60名を超える関係者が足を運び、
上勢頭亨翁の思い出話に花を咲かせていました。


夜には、
竹富公民館と竹富小中学校PTA主催による
新任郵便局長・教職員歓迎会が
まちなみ館にて行なわれました。
出席者は100名を超え、三支会や教職員など
各種団体が繰り広げる余興を楽しみました。

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余興に先立ち、
竹富小中学校による
文部科学大臣賞受賞の報告が行われました。
竹富校は平成17年度に続き、
全国初の2回受賞の快挙です!


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東支会
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西支会
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竹富中学校生徒によるダンス
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仲筋支会
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青年会による「ロンドンの花売り娘」

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上勢頭芳徳公民館長による万歳三唱

(ta)

投稿者 takidun : 08:55 AM

April 16, 2011

ゆがふ館だより

ゆがふ館だより24を発行しました。
今回の内容は盛りだくさんです。
ゆがふ館にて配布しております。
ぜひお手にとってください。

投稿者 takidun : 12:02 PM

平成23年度竹富公民館祭事行事表

昨晩、東・西・仲筋集落の
三支会月例会にて発表された
「平成23年度竹富公民館祭事行事表」
をブログをご覧のみなさまにお知らせします。
(下のDownload file をクリックしてください)

Download file

沢山のお問い合わせをいただく
豊年祭(プイ)は7月16・17日 (土・日)。
多くの方が心待ちにしている
種子取祭(タナドゥイ)は
11月25日にトゥルッキを迎えます。
奉納の二日間は
12月1日(木)・2日(金)に執り行なわれます。

(ta)

投稿者 takidun : 08:00 AM

April 14, 2011

ジャコウアゲハの交尾

竹富島の本格的な春の到来の象徴とも言える
霧下りとホッカル(リュウキュウアカショウビン)の鳴き声。

昨年より6日ほど遅ればせながら、
昨日、ようやくゆがふ館の前庭でも
ホッカルの鳴き声が聞こえるようになりました。

暖かな陽ざしが次第に殺人的な日差しを帯びる4月。
ようやく、竹富島らしさを迎えたようです。

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最近、島内至るところで見ることができるジャコウアゲハ。
ゆがふ館の裏口で、ジャコウアゲハの交尾を観察することができました。

身近に感じることができる
竹富島の豊かな自然の姿です。

(ta)


投稿者 takidun : 06:50 PM

April 09, 2011

入学式

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寒暖が激しかった今年の春先ですが、
ようやく春らしさが感じられるようになった昨日、
竹富島では、
竹富小中学校の入学式が行われました。
今年の新一年生は
小学校は4名
中学校は6名
児童生徒数は合計38名です。

島の入学式らしく、
地域の方も大勢訪れ、
和やかな雰囲気のなか式が行われています。

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昨年度はソニー賞を12年連続で受賞したり、
こぼし文庫の修復や赤山公園の花壇の整備で
大活躍したりと大忙しだった島の子どもたち。


10名の子どもたちとご父兄、
さらには進級した子どもたち。

今年も竹富島を明るく元気に照らして下さいね。
おめでとうございます。

(ta)

投稿者 takidun : 02:45 PM

April 07, 2011

玻座間御嶽

竹富島に数多く点在する御嶽(オン)。
沖縄本島では“ウタキ”や“オタケ”と呼びます。
現在、竹富島には28あるとされ、
竹富島の精神世界の中心に位置する神聖な場所です。

今回は、竹富島で最も徳の高い神とされ、
竹富島で執り行われる神事の中心となる六山(ムーヤマ)のひとつ、
玻座間御嶽(ウーリャオン)をご紹介します。

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玻座間御嶽は、6つに分かれていた竹富島の村を一つにまとめあげ、
数多くの伝承がのこされている氏神、
根原金殿(ネーレカンドゥ)と渡来先の屋久島から招いた神がまつられています。

創建の由来は、
琉球王国が1713年に編纂した『琉球国由来記』に記されています。

波座真御嶽
神  名 豊見を永山
御いべ名 はたと大あるじ
(屋久島より御渡根原かんとのおかみ初る)

根原金殿は、竹富島最大の祭である種子取祭を統合したと伝えられており、
奉納芸能初日(サチブドゥイ)は、根原金殿の日とされています。


(ta)

― 種子取祭の由来伝承 ―

かつて、竹富島には6つの村があり、
それぞれの酋長がいて村人を愛し、
島のため農作物の作り方を各自の村で指導していた。
根原金殿と仲筋村の新志重成殿(アラシハナカサナリ)は
「つちのえね」の吉日を選んで種子を蒔きはじめの種子取祭を行っていたが、
他の4村は「つちのとうし」「きのえうま」と別の日取りを決めて行なっていた。
根原金殿は、6名の酋長が心を合わせて行事を行うのが
将来の竹富島のためであり、
神からの恵みも大きくなり農作物の豊穣も期待できると考え、
自分の選んだ「つちのえね」の吉日にこの行事をまとめたいと思い、
幸本村の幸本節瓦殿(コントゥフシンガーラ)に自分の妹を嫁がせて、
その対策を講じた。
嫁に行った妹は、
まず兄の根原金殿が「つちのえね」の日に蒔いた粟で神酒を造った。
この粟は発芽がよく、穂の稔りもよかったので一斗甕に原料八升を入れて置き、
七日目に甕の蓋を開けてみると一斗甕にいっぱいに湧いて、
箸を中につき立てても倒れないほどの濃くおいしい神酒ができた。
ところが、
夫の幸本節瓦殿が「つちのとうし」の日に
種子蒔きはじめの式を行った粟で神酒をつくると、
同じ一斗甕に八升の原料を入れても、
七日目に蓋を開けると、
自分の入れた八升のままで一合も増すことがなく、
薄水のようで、箸も立てられず、風味の悪い神酒ができた。
それで夫に対し、
「私の兄は長年、玻座間村で神酒の造り方を研究してきました。
神酒の造り方には変わりがないのにあなたの神酒の出来がよくないのは、
私の考えでは種子取祭の日取りのせいだと思います。
玻座間村の兄の選んだ「つちのえ ね」の日が一番よいと思います。」と言った。
そのことを聞いた幸本節瓦殿は妻の言うことを信じ、
それなら自分だけではいけないと、
東方の村の三名の酋長にもそのことを話し、
四名の酋長は一緒になって
玻座間村の酋長根原金殿の習わしである
「つちのえ ね」の日に行われる種子取祭を見るために相計り、
覆面に身を装ってはるばる遠方より訪ねてきたのである。

出典 『竹富島誌 ―民話・民俗編― 』上勢頭亨著 法政大学出版局発行

また、根原金殿は竹富島を統一したのち、
与那国島へと勢力を伸ばそうとしますが、
姦計によって同島で没したとの伝承がのこされています。

そのため、
1941(昭和16)年7月6日に竹富島の神司および当時の指導者が、
根原金殿の神霊を竹富島へお戻しになるため、
与那国島へ出向いたという事件があったそうです。

現在、根原金殿の神霊は、
玻座間御嶽にて竹富島を安らかに見守っています。


※ 御嶽は神聖な場所です。
   鳥居から中へのお立ち入りはご遠慮ください。

投稿者 takidun : 09:00 AM