January 25, 2011

西桟橋

西表石垣国立公園の中核を成す
石西礁湖(せきせいしょうこ)に浮かぶ竹富島。

竹富島を取り囲む海には美しいさんご礁が広がり、
訪れる人々を感嘆とさせます。

竹富島は島全体が
西表石垣国立公園普通地域に指定されていますが、
西海岸線
(西桟橋〜コンドイ浜〜カイジ浜〜キダール海岸)は
特別地域の第2種に指定されています。

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西桟橋から望む ニーラン海岸、コンドイ浜


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1月25日午前の西桟橋

その起点となる西桟橋は、
島内屈指の名勝地として知られています。

一年を通じ、宿泊される多くの皆さまは、
西桟橋に足を運び、
小浜島、西表島に沈む夕陽を眺め、壮大な自然を感じながら
それぞれの時間を過ごします。

また、西桟橋は
2005(平成17)年に国から登録有形文化財の指定を受けています。
現在の姿は1950(昭和25)年に拡張工事が行なわれた際の姿で、
石灰石を乱積みしたのち、コンクリートで固められており、
総延長105m、幅員は4.4mあります。

西海岸に桟橋が建造された経緯は、
悪税として名高い人頭税時代(1637-1903年)に遡りますが、
人頭税が廃止されても、
竹富島の人々の米つくりの拠点は西表島や由布島でした。

太平洋戦争(1941-1945年)終結後、
台湾や戦地からの引揚者により、
島には約2,150もの人々が生活していました。
当然ながら食料の確保が急務であり、
西表島への入出航、荷物の搬出入も頻繁に行なわれていました。
このような状況で桟橋を近代化することは必須でした。

そのため、竹富部落会(現竹富公民館の前身)は、
島の生産人(15才から60才の男性)に
決められた大きさ以上の石を3〜4個持参するように割り当てます。
そして、皆がうつぐみの精神をもって桟橋の拡張工事に参加しました。


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桟橋には、登録有形文化財の証とともに、
拡張を指導した当時の方々の名前が記されています。

今でこそ、
美しい夕陽、満天の星空を眺める憩いの場としての西桟橋ですが、
島人の苦しかった時代を偲ばずにはいられません。

(ta)

投稿者 takidun : 10:26 AM

January 23, 2011

おだやかな日曜日

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ゆがふ館裏のハイビスカスも
嬉々として蕾(つぼみ)をひらく今日の竹富島。

穏やかな天候に促されるかのように、
竹富島の花々は咲き乱れます。

(ta)

投稿者 takidun : 02:57 PM

January 20, 2011

ヨイサ

ゆがふ館に新しい仲間が増えました。
「ヨイサ」です。
さて、ヨイサとは何ぞや?

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数人がかりで作成中。

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きつくきつく締めます。

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出来上がり!

皆さんなら何に使いますか?


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正解は、「ゆりかご」です。
ネット状になっている場所に子供を乗せあやします。
ゆらゆらと気持ちよく揺れるのです。
決して、だいの大人が乗らないようにしてくださいね。
子供だけの特権ですから。

投稿者 takidun : 05:00 PM

January 16, 2011

今日の竹富島は・・・。

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現在の竹富島は気温12℃。
ゆがふ館に訪れる皆さまも厚手の衣類の襟を立て、
吹きつける北風に堪えながら入館しています。

冒頭の写真は2010年6月29日のコンドイ浜。

暑い暑い夏の竹富島ですが、
冷たい北風が吹き荒れるこの季節には、
夏がとても恋しくなります。


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2011年1月16日13時30分頃のコンドイ浜


この寒さのなか、
同志社女子大の学生さんにご来館いただきました。
卒業旅行で八重山を訪れたとのことです。
再び竹富島に訪れる際は、
暑い暑い夏の竹富島を是非とも満喫してくださいね。

シカイト ミーハイユー。

また、
本日は石垣島にて、
第36回八重山毎日駅伝が開催されています。
19の島・地域が16区に分かれて石垣島一周をタスキでつなぎます。
今年は昨年に引き続き与那国チームが優勝。
竹富うつぐみチームは昨年より3つ順位を上げ、
総合7位との速報が入りました。

総勢304名の走者の健脚を称えつつ、
竹富うつぐみチームの奮闘を祝します。

(ta)

投稿者 takidun : 03:10 PM

January 14, 2011

こぼし文庫の修復

今日の竹富島は雨。
あいにくの天気ですが、
大勢の観光客が竹富島を訪れています。

多くの皆さまがゆったりとした時間を満喫する、
竹富島観光の目玉である水牛車観光。

その水牛車観光を初めて立ち上げたことで知られる
新田観光さんの受付窓口の東側の家屋では、
赤瓦を屋根から下ろし、修復作業を行っています。

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この建物は「こぼし文庫」と名づけられ、
1972(昭和47)年5月15日、
沖縄が日本に復帰した日に、
随筆家の故岡部伊都子氏が
竹富島の子どもたちへ寄贈された家屋です。

当ブログでもこぼし文庫と故岡部伊都子氏との深い
繋がりについて何度かご紹介しています。

http://www.taketomijima.jp/blog/archives/000684.html


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全国竹富島文化協会が発行する会誌『星砂の島』の最新号では、
岡部伊都子さんの追悼特集が組まれています。


今年度の文化庁による

「竹富島重要伝統的建造物群保存地区保存修理事業」

による修復工事は「こぼし文庫」の1件。
昨年度はこぼし文庫の南側にある
竹富島最古の家屋で1866(慶応2)年に
建てられた場儀納屋(バギナヤ)が修復されています。


保存物件を修復するにあたり、
費用の1割は所有者が負担します。
そのため今回の修復では、
竹富公民館より管理を委託されている
竹富小中学校PTAのみなさんが、
竹富小中学校教職員、児童生徒と一緒になって
サルビア、インパチェンス、マリーゴールドの苗を育て、
島人に販売し費用を捻出しています。

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竹富小中学校校門の見事な花々のディスプレイとプランター

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赤山公園の花壇とプランターには、
サルビア70苗、インパチェンス80苗、マリーゴールド70苗
が植えられています。

快く購入した島人に育てられる3種類の花は、
暖かくなる頃には竹富島を鮮やかに彩り、
訪れる人たちの目を楽しませてくれることでしょう。

さらに、
修復されたこぼし文庫を訪れる子どもたちの元気な姿を、

名言「沖縄に照らされて」が刻まれた石碑から、
岡部先生は変わらぬ温かい眼差しで見守っていることでしょう。

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(ta)

投稿者 takidun : 04:06 PM

January 12, 2011

岡本太郎がのこしてくれたこと

日本の最南端の町、竹富町。
南の島は一年間暖かな気候と思いがちですが、
ここ連日、昼間の竹富島の気温は16〜18℃ほど。

気温だけで判断すると、
温暖な南の島だな・・・。と思いがちですが、
北から吹き下ろす風の冷たさにより、
体感温度はまさに真冬を感じさせます。

暖房設備が手薄な南の島です。
昨日ご来館いただいた竹富町の姉妹都市である
斜里町の皆さまも、
「マイナス17℃の斜里より寒い!」
と一様に話されていました。

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竹富東港桟橋待合所「てぇどぅんかりゆし館」
の上にはどんよりとした雲が浮かんでいます。


決して観光日和とはいえない今日の竹富島ですが、
赤瓦の屋根から雨水が滴り落ちる雨模様のゆがふ館に、
大勢の皆さまにご来館いただいています。

そのゆがふ館の鮮やかな色彩が際立つ展示パネルのなか、
異彩を放つ昔の風景が写し出されたモノクロの2枚のパネル。

どこか懐かしさを感じさせるこの2枚のパネルですが、
日本を代表する芸術家、
岡本太郎氏が撮影した
「1959(昭和34)年の竹富島の風景」です。

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いずれも「1959年11月29日の竹富島」
(川崎市岡本太郎記念館蔵)

若かりし頃、フランスで民族学を学んだ岡本太郎は、
日本人のルーツに深い関心を持っていました。
こうした影響から、日本民俗学の先駆者である
柳田國男先生と親交を持ち、
さらに、三線を通じて東京に竹富島の文化をもたらした
内盛唯夫翁との交流を通じて、
最初の訪沖となった1959年11月26日〜12月2日の間、
竹富島に2泊します。

岡本太郎が訪れた時、竹富島では
竹富中学校創立10周年記念祝賀会が開催されており、
写真集『岡本太郎の沖縄』(2000年 日本放送出版協会発行)
では、踊りに興じる島人の姿も写し出されています。

さらに、岡本太郎は
多くの島人の顔写真をのこしてくれました。
写真からみる気品をもつ島人の顔からは、
竹富島を支え続けてきた誇りを感じさせてくれます。


岡本太郎は、
著書『沖縄文化論』を通じて沖縄に対し、
「何もないことへの眩暈」
という最大級の賛辞を贈り、
「それは私にとって、一つの恋のようなものだった」
と述べています。

沖縄に対し深い愛情を持ち続けた
岡本太郎が竹富島にのこしてくれたこと。

それは、竹富島の人々に対し、
心にそっと留めている故人への想いを、
引き出しを開けるように取り出し、
昔を懐かしみつつ素敵な笑顔を浮かべるお年寄りや、
幼いころの自分の姿をみて
当時の情景を思い浮かべる島人に、
喜びをもたらせてくれることではないでしょうか。

ゆがふ館に展示されている
モノクロの2枚のパネル。

ここには、
竹富島の記録と記憶がいっぱい詰まっています。

(ta)


投稿者 takidun : 10:52 AM

January 08, 2011

国仲御嶽

竹富島に数多く点在する御嶽(オン)。
沖縄本島では“ウタキ”や“オタケ”と呼びます。
現在、竹富島には28あるとされ、
竹富島の精神世界の中心に位置する神聖な場所です。

今回は、
あいのた集落(東集落)の東端、
集落を囲む環状線の内側の鬱蒼とした森のなかに佇む、
国仲御嶽(フィナーオン)をご紹介します。

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国仲御嶽は、八重山で唯一の首里王府と関わりがある御嶽で、
創建は通説では1524年と云われていますが定かではありません。
創建の由来は、
琉球王国が1713年に編纂した『琉球国由来記』に記されています。

国仲根所
神名     なし
御いべ名  しそのひやふの御神勧請也

西暦1500年、大浜村の英雄オヤケアカハチが
首里王府に反旗を翻したため
首里王府、宮古連合軍がオヤケアカハチを征伐するために
八重山へ攻め込みます。
その際、竹富島の西塘(にしとう)は、首里王府軍の総大将であった
大里親方に見出され首里へ連行されます。
首里王府の中枢を担う三司官の下に仕えた西塘は、
石工の才能を開花させ、当時の琉球王である尚真王に
園比屋武御嶽(ソノヒヤンウタキ)の石門の建立を命じられます。
西塘は、園比屋武御嶽石門を建立することができたならば、
郷里竹富島に園比屋武の神をお招きし、まつると祈願します。


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国指定重要文化財 園比屋武御嶽石門
(琉球王国のグスク及び関連遺産群として世界遺産に登録されています)


祈願の甲斐あって、
1519年、西塘は見事園比屋武御嶽の石門を完成させ、
琉球王から絶大な信頼を寄せられます。
やがて、八重山の統治者の役職を授かった西塘は、
1524年に故郷竹富島に錦を飾ったと云われています。
そして、西塘は竹富島の中央と云われる地に
国仲御嶽を創建し、園比屋武の神との約束を果たします。

西塘が八重山を統治した時代、
西塘は諸役人を引き連れ、冬至、元旦その他の慶節には
国仲御嶽を参拝し、中山(首里王府)に向かって祈りを捧げたと
云われています。

今もなお神事の際、
竹富公民館執行部と神司が必ず祈願に訪れる
国仲御嶽。


国泰く民やすらかにとの願いは、今も昔から変わりません。


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拝殿から臨む国仲御嶽のウブ


※ 御嶽は神聖な場所です。
   鳥居から中へのお立ち入りはご遠慮ください。


(ta)

投稿者 takidun : 01:15 PM

January 03, 2011

2011年 新春の竹富島

八重山の古典民謡において、
新春を飾る代表的な唄といえば、
殆どの方が「鷲ぬ鳥節」を連想します。

元日の早朝、
凛とした空に太陽が水平線から顔を覗かせる頃、
東の空に大きく羽ばたくカンムリワシ。

まさに一年のはじまりを祝うに相応しい唄といえます。


昨日の竹富島では、
新年に相応しい出来事が二つありました。

ひとつめは、
大きな猛禽類が無事に保護されたこと。
竹富島の北西部で怪我をして飛べなくなったところを、
松竹荘のみなさまが保護してくれました。
タカやワシなどの大型の猛禽類も、
弱ってしまえば、カラスやネコの餌食になってしまいます。

もしかしたら、カンムリワシ・・・!?
と心躍らせて松竹荘に取材に行きましたが、
カンムリワシではなく、タカ目タカ科のミサゴ。

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【ミサゴは、環境省レッドデータブックの準絶滅危惧(NT)と評価されています】

元日に保護されたときは、かなり衰弱していたとのことですが、
昨日時点では一応に落ち着いており、ほっと一安心です。
仕事始めの1月4日に石垣島の環境省指定の動物病院に搬送するよう
準備を進めています。

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松竹荘のみなさま、シカイト ミーハイユー!


ふたつめは、
竹富ぶなる(婦人)会、竹富青年会の共催による
新年成人合同祝賀会が開催され、
大勢の方が新年と二人の成人の門出を祝ったことです。

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19時30分からはじまった式典には、
島人は勿論のこと大勢の観光客も足を運び、
会場のまちなみ館は立ち見になるほどの大盛況でした。

新年と二人の成人を祝うため、
東、西、仲筋の各支会をはじめ様々な余興が披露され、
新春に相応しい竹富島の夜となりました。

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富本傳副町長の代読による竹富町長の祝辞を受ける二人

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ぶなる会長と青年会長による「かぎやで風」

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竹富青年会による「ロンドンの花売り娘」は会場を大いに沸かせてくれました

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余興を楽しんだ後は、出席者全員で巻き踊りとクイチャーを踊ります

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上勢頭芳徳公民館長による万歳三唱


縁起の良い話題を紹介することができた竹富島。
楽しみな卯年になりそうです。

(ta)

投稿者 takidun : 09:45 AM

January 01, 2011

新年明けましておめでとうございます。

2011(平成23)年1月1日早朝の竹富島。
すっきりとはいかないまでも、太陽が顔を覗かせ、
穏やかな一日となりそうです。

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竹富東港からみた初日の出

今年も昨年同様、
竹富島と、
竹富島ゆがふ館に足をお運びください。

ゆがふ館は正月三が日も通常通り開館し、皆さまをお待ちしております。

本年もよろしくお願い申し上げます。

竹富島ビジターセンター運営協議会
スタッフ一同

投稿者 takidun : 08:57 AM