July 29, 2008

台風8号が去って

 強い台風8号は、先島諸島を通過し、中国大陸を
北西に進んでいます。

 台風8号の影響で石垣島発竹富島行定期船は一昨日、
昨日と全便欠航。今日も1便が欠航しました。

 現在は通常通りの運航に戻り、ゆがふ館にもお客さまがご入館
されています。

特に集落内に大きな被害があったとの情報は入っておりません。

 強風をもたらした台風8号ですが、幸いなことに恵みの雨も運んで
くれています。

 本州にお住まいの方は、台風が過ぎ去った後、“台風一過”と
いう表現をします。台風が過ぎ去ったあとの素晴らしい青空を連想
させる“台風一過”ですが、残念なことに、八重山ではこの“台風一過”
という表現は当てはまりません。

 発達している台風のため、成長のあとが伺えるのでしょうか?
台風が過ぎ去ったあともぐずぐずとした天気が続きます。

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強風により国立公園看板裏の柵が倒れています。

 強い日差しから免れることができますので、
ある意味では、観光日和とも言えるかもしれません。

(ta)

投稿者 takidun : 09:33 AM | コメント (0)

July 26, 2008

台風8号

 豊年祭を盛大に終え、平穏さが戻った竹富島に
再び台風が襲ってきます!

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ゆがふ館裏口からみた空です。

 昨日、熱帯低気圧から発達した台風8号は、先島諸島
方面へ進路を取っています。

 今朝からどんよりとした雲が島を覆い、ときどき文字通り
“バケツをひっくり返した”ような雨が降ります。風も夏特有の南風
とは異なり、北や東から吹きつけてきます。現在も雷鳴が轟き、
午前中には集落内に落雷がありました。その際、ゆがふ館も
停電しています。

本日の竹富島から石垣島間の定期船は終日運航予定ですが、
台風8号の進路状況をみると、明日は全便欠航になる恐れがあります。

 明日から明後日にかけて竹富島にご来島予定のみなさま、
台風情報のチェックをくれぐれもお忘れなく・・・。

(ta)

投稿者 takidun : 03:12 PM | コメント (0)

July 22, 2008

豊年祭(トゥヌイプイ)

 22日は豊年祭二日目、トノイプイにあたります。
竹富公民館執行部ならびに神司は、まちなみ館を
午前7時に出発し、ニーランから参拝します。

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『豊年祭の道歌』をニーランの前で唄い、豊穣と繁栄の御礼をします。

 ニーランでの祈願を終えた執行部一行は仲筋集落へ入ります。

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仲筋集落へ入った一行は、島民とともにガーリ(乱舞)をして豊年を祝います。

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大歓迎ののち、執行部一行は幸本御嶽へ向い、
小底場にて『プイの道歌』を高らかに歌い上げます。

 その後、ナージカー周辺、西塘御嶽前で玻座間集落の島民とともにガーリを行い、
一行は真知御嶽、清明御嶽を参詣し、豊年祭の儀式は終了します。

(ta)

投稿者 takidun : 09:34 AM | コメント (0)

July 21, 2008

豊年祭(オンプイ)

 今日は竹富島の豊年祭初日(オンプイ)です。

 早朝から竹富公民館執行部ならびに有志一行は、
村御嶽(国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽)を参拝したのち、
神司ならびに氏子の待つ六山の御嶽を参拝します。

午後12時ごろ始まった参詣は、玻座間御嶽、仲筋御嶽、
幸本御嶽、久間原御嶽、花城御嶽、波利若御嶽の順番です。

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最後の波利若御嶽には16時ごろに参詣しています。

 氏子の祭であるオンプイは、竹富公民館執行部ならびに有志を各御嶽に
招き、氏子一門の健康とますますの繁栄を願います。

 その後、ひと休みしたのち、各御嶽のトゥヌイムトゥ(御嶽の統括者)
のジージョンを願い、初日のオンプイは終了します。

明日はニーランから始まる豊年祭二日目(トノイプイ)です。

(ta)

投稿者 takidun : 04:32 PM | コメント (0)

July 20, 2008

豊年祭直前

 竹富島では、21日から22日にかけて、1年でもっとも
喜びに満ち溢れたともいえる祭事、豊年祭が執り行われます。

 21日は“オンプイ”といい、氏子が自らが所属する御嶽に集い、
六山の神に豊年の御礼と、来年の健康を祈願します。
オンプイの際、竹富公民館執行部ならびに有志は、村御嶽
(国仲御嶽、清明御嶽、西塘御嶽)を参拝後、神司、氏子
が待つ六山の御嶽を巡ります。

 22日は“トノイプイ”といい、公民館執行部ならびに神司が
ニーランにて参拝後、仲筋村を周ります。その際、仲筋村婦人が
執行部一行を迎え、(チロリン村付近)ガーリ(乱舞)して出迎えます。
その後執行部一行は幸本御嶽内のクックバーに登り、ンブフル丘を越え
玻座間村(東・西集落)に入ります。そこでは、玻座間村の婦人が執行部
を迎え、ナージカー周辺でガーリをして喜びを表します。
その後、執行部一行はまちなみ館でもガーリを行ったのち、真知御嶽、
清明御嶽を参拝し、豊年祭は終了します。

 豊年祭前は、各御嶽の氏子が集い、それぞれの御嶽の清掃を行います。
ナーラサ道も、久間原、花城、波利若の氏子たちによって道がきれいになっています。

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(ta)

投稿者 takidun : 08:31 AM | コメント (0)

July 16, 2008

大塚勝久写真集『島の原風景』発刊!

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 沖縄を代表する写真家、大塚勝久さんが新たな写真集を発刊しました!
八重山の島々の原風景や、石西礁湖など美しい自然を中心とした写真集です。

 大塚勝久さんはこの写真集を発刊するにあたり、八重山の自然を今のうちに
撮り、記録として残しておかなければならない。と語っていました。
 写真集のなかにおいても「2013年には新石垣空港が開港、良しも悪しくも
島が大きく変わる。島の宝、人類の宝でもある八重山諸島の自然景観を
子供たちの未来へと念じつつ、今日もシャッターを切り続ける」とも述べており、
ひたひたと八重山を襲う環境の変化を示唆しています。
 今回の写真集の特徴は、パラグライダーを用いた空撮が多い点でしょう。
私たちが気づいていない、八重山の島々を感じていただけると思います。

 〜きらめく自然の豊かさを子供たちの未来へ〜

 をテーマにした写真集。ぜひご覧になっていただきたいと思います。

 大塚勝久写真集
 西表石垣国立公園 『島の原風景』 石垣島・八重山の島々
 発 行 所 : 株式会社ルック
 企画協力 : 環境省那覇自然環境事務所
 翻   訳 : 神谷良昌 クリス・マドーレ
 価   格 : 4,000円(税別)

(ta) 
 

 

投稿者 takidun : 11:15 AM | コメント (0)

July 12, 2008

西塘ばんはじり(西塘大祭)

 昨日から本日にかけて、竹富島の偉人
西塘(にしとう)大主の遺徳をしのぶ神事「西塘ばんはじり」
が行われました。

 西塘大主は、15世紀末から16世紀にかけて竹富島で生まれた
実在の人物ですが、生没年や詳しい業績などは謎とされています。

 事実として判明しているのは、
1.竹富島から沖縄本島に連行され(1500年)、首里王府の高官に仕えたこと
2.沖縄本島の園比屋武御嶽石門を建立したこと(1519年)
3.琉球王から信頼を得て、竹富大首里大屋子の役職をもって
  竹富島に戻られ、カイジに蔵元(役所)を設けたこと。
4.やがて交通面において不便だということで、蔵元を石垣島に移したこと。
5.竹富島の代表的な古謡「しきた盆」を詠まれたこと。
6.石垣島でご逝去された西塘大主は、部下によって亡骸を竹富島へ
  移され、西塘大主の屋敷跡に葬られ、その場所に西塘御嶽が
  造られたと伝えられている。

 西塘大主が今なお竹富島において絶対的な崇拝を受けているのは、
山も川もなく、土地も痩せた竹富島に『うつぐみ』の精神を培わせ、
島人にテードゥンヒトゥとしての誇りを授けてくれたことです。

 與那国善三先生による『西塘傳』には、西塘ばんはじりについて、
次のように述べられています。

 西塘祭の始まり

 竹富島では西塘の子孫が絶えたので、西塘を祭る方がなく、
部落で時々お祭を施行していた。処が今より百十一年前、
弘化三年(1846)竹富島には農作物の豊穣がなく、珍しい害虫
が発生して、島の農作物は勿論、雑草に到るまで喰い尽し甚だし
い事には民家まで這入って来た。島民は何事かの不吉な前兆で
ないかと懸念をしていた所へ、大浜津良(1)という老人が神懸り
して、高下駄をはき、黒木の杖をついて夜明頃各部落を!!廻り
親見世話人玻座間与人、部落の責任者大山親雲上、
両人よく聞け此の津良は西塘使いであるぞ、
「両人は島民の苦しい生活を見ているか」
「島の枯れ行く姿を見ているか」
「害虫が発生している原因を知っているか」
「島の役人達、村の責任者たちは、島の五穀豊穣、害虫駆除の
祈願祭を近日中に施行せよ」
 神々の御照覧あって島民は救われるでしょう。そこで、玻座間与人
と大山親雲上は早速、島民を集め協議の結果、毎年6月西塘祭を
挙行することに決し牛一頭を屠つて盛大に行う事になった。

その後お神の御加護により、農作物は稔り、民生活安定し幸福を
招いている。

 大浜津良は竹富501番地大浜屋の祖先に当る。
毎年西塘祭の時には部落よりお供物をして感謝の意を表している。
 西塘祭は戦前までは牛一頭を屠つていたが、戦後、家畜の数が減少
したので、今では石垣市場より入用分だけ購入して行事を済ませている。(1)

(與那国善三著 『西塘傳』 全国竹富島文化協会発行)

(1) 現在では、菓子類を供物とし、簡素化されている。

(ta)

 

 

投稿者 takidun : 11:53 AM | コメント (0)

July 11, 2008

竹富島の声

 今回、みなさまにご紹介するのは、
1971(昭和46)年、八重山地方を大干ばつが襲い、さらに翌年の日本復帰
を控え、通貨切替など不安定な時代に発表された『竹富島の声』です。
この文書が発表された背景には、本土資本による竹富島の土地買収が
本格的に始まった年でもあったのです。
【結局、島の土地約三分の一を本土資本に買い占められましたが、
島の有志によってその土地は買い戻され、本土資本による島の開発は阻止
されました。】

精神的、物質的両面で大変苦しかったであろう先人たちは、
それでもなお島を守ろうと苦闘します。

 今なお輝きを失わない『竹富島の声』には、
先人たちの島を愛する思いが文面に満ち溢れています。
そして、先人たちの思いは、今なお島で生き続けています。

(ta)


 『竹富島の声』

 自然とともに生きてきた美しい沖縄の面影。
竹富島は600年の歴史を抱いて、ひっそりと存在してきました。
清く静かな島のいぶきは不安定な現代世界の情勢のなかで、まことに
貴重なものだと、島を訪れる人びとはこもごもその印象を語ります。
島に住む私どもも故郷の良さを新たに知って、
いっそう仲むつまじく暮らしてきました。

 ところが、本土復帰を前に、一部の不動産業者や本土観光資本、
その他の企業などがこれまで見捨てていた先島に目をつけ、巧妙な手段
で買収をはじめました。若者が島外にでた留守の島を、資本をバックに安く
買いしめて、あくどい利益をあげようとしているのです。

 あの人頭税の重圧に耐えて生き抜いた祖先が、血と涙と汗で守り育てて
きたこの心の島、コバルトブルーの海、白くつづく海岸線が汚染される、整然
とした白砂の道がゴミ捨て場となる、赤瓦の屋根の家々や茅葺の家々が、
俗悪な観光施設になるかと思うと、わたくしどもはじっとしていられません。
先祖の尊いいのちの遺産をいまになって売ることはできない。
いまものこる民芸品の島、民俗芸能に生きる島の誇りを僅かなお金のために
見失ってはならない。
金は一代、土地は末代です。
いったん奪われては、もうもとには戻れないのです。

 外部資本の進出による観光開発は、島の諸施設を独占し、島のただずまい
を破壊し、島の人情を荒れさせてしまうでしょう。みやげ物が売れたり、
住民が従業員として雇用されたりするとはいっても、
それでは「自分の自主的な生活はできない」ことになります。
どんな契約を結んだとしても、結局は土地所有権の喪失と経済的な圧力の
ために「自分の島が自分の島ではなくなり」ます。
住民の発言権が弱くなり、すべて「使う側」の意のままに、島が変えられてゆくのです。

 自然も人間も、企業のより大きな利潤追求のためむざむざ使われる、都会的な
娯楽施設が乱立して子どもたちの清純さも傷つけられる、住民同士の人間愛までも
が企業にあやつられてバラバラにさせられ人間らしさを失う、ついにはバー、キャバレー、
ボーリング場などがたって、歴史と伝統の竹富島も狂態と汚染の島になるのではないかと、
心配で心配でたまりません。

 このような悪条件に追い込まれて、島の住民がいま、故郷を無くするか、生かすか。
はたまた、金か心かと真剣に考えています。郷土竹富。生れ島竹富。心の島竹富。
いまこそ住民自身がたちあがって、自分の心と自分の手で島を守り生かさねばなりません。
島がとりかえしのつかない姿になるのを、なんとしてでもふせぎ、人間が人間らしく暮らせる
島として、産業をたかめ、生活向上をめざして努力したいのです。

 このたび、やむにやまれぬ情熱をもつ島の住民が集って「竹富島を生かす会」を
発足させました。互いに「頑張ろう」と励まし合っています。しかし無念なことに、昨年
未曾有の大かんばつと猛台風に見舞われ、島民の生活はたいそう苦しいものとなっています。
さらに1ドル308円という円切りあげは、ただでさえ乏しい経済をますますひどく
いためつけられました。わたくしどもも最善を尽くしますが、どうか島の現状をお察しの上、
「竹富島を生かす」運動にご協力下さい。厚かましいお願いですが、お気持いっぱいの
お志を送っていただければ、島を生かすエネルギーにさせていただきます。どんなに力強いかも
しれません。なにとぞ熱いお力ぞえを。と心からお願い申し上げます。

 竹富島を生かす会

 代表発起人  大山 貞雄  島仲 長正  上勢頭 亨
          根原 真雄  小底 朝泉  上勢頭 昇
          小浜 方要  前本 隆一  安里 亨
          富本 忠

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投稿者 takidun : 06:03 PM | コメント (0)

July 09, 2008

竹富島ビジターセンター運営協議会総会

 本日、竹富島高齢者コミュニティセンターにて、
竹富島ゆがふ館を運営する団体、竹富島ビジターセンター運営協議会
の総会が開催されました。
 協議会を構成する機関は・・・・

 ● 環境省
 ● 竹富公民館
 ● 沖縄県
 ● 竹富町自然環境課
 ● 竹富町教育委員会
 ● 竹富島内有志団体
               で組織されています。

 入館者のかたがたから大変ご好評を頂いております、
 島のおばぁによるガイドも引き続きお願いすることになっています。

 もっと島の人と触れ合いたいかたは、ぜひゆがふ館へ
 足をお運びください。
 ご来館を心よりお待ち申し上げます。

 ※ 時間帯によってはおばぁが居られない場合もありますので、
   予めご了承ください。

 (ta)


 

投稿者 takidun : 01:23 PM | コメント (0)

July 02, 2008

増田寛也総務大臣の来館

 本日、増田寛也総務大臣がゆがふ館にご来館されました!

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 桟橋ではトンチャーマを謡い、ガーリで大臣を迎えます。

今回の増田総務大臣のご来島の目的は、島民との意見交換会でしたが、
お帰り前に、ゆがふ館にお立ち寄りいただきました。

訪問時間はわずか15分程度でしたが、
シアターでは、「オーリトーリタキドゥン」をご覧になった後、
阿佐伊孫良事務局長による「うつぐみ」パネルや「岡本太郎が見た竹富島」パネル
の説明を聞きながら、真剣なまなざしでご覧になられていました。

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桟橋でのお別れの際、「また必ず来ます」とおっしゃって頂きました。
竹富島の魅力を感じていただけたことと思います。
シッカイト ミーハイユー
またのご来島を心よりお待ちしております。

(ta)
 


 

投稿者 takidun : 08:10 PM | コメント (0)

July 01, 2008

7月に入りました!

 本日で7月に入りました。1年の半分を終えるとともに、
竹富島では大きな二つの祭事(西塘大祭、豊年祭)が行われる月でもあります。
竹富島は、日差しもますます厳しさを増しています。
 島では様々な行事を控え、慌ただしさとのんびりした二つの雰囲気が
独特の竹富島の雰囲気を作り出しています。
 
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おなじみのゆがふ館内に設置された温度計です。

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ミシャシミチを北にみた景色です。夏特有の入道雲です。

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なごみの塔にも厳しい日差しは容赦なく照りつけます。

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ウーニャ前の白砂の道です。青空とブーゲンビリアが映えます。

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クンシャーの屋敷構えです。マイヤシの穴は、数少ない竹富島での戦跡です。

 漆黒の闇が竹富島を覆ったのち、民宿からは三線のつまびく音とともに、
 楽しそうな笑い声、西桟橋には満天の星空を眺めに多くの宿泊客が足を運びます。

 夏本番です。

(ta)

投稿者 takidun : 05:58 PM | コメント (0)