May 31, 2008

“平成20年度 大運動会”

5月31日。

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“竹富小中学校大運動会”の開催です。

この運動会、小中学校の運動会といいますが、
参加するのは学校の生徒だけにとどまらず、
島民や、島で仕事をする人々も参加。
職域対抗リレーや支会別リレーなどの種目があり、
島民と学校が一つになって開催する、
竹富島ならではの大運動会です。

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その運動会の様子をご覧下さい。

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職場対抗リレー

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テードゥンエイサー

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支会別リレー

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支会別リレー1位!おばあも大喜び!

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校歌ダンス

今年の勝利は・・・

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「赤」組です。

投稿者 takidun : 02:51 PM | コメント (0)

May 29, 2008

四月大願い

 四月大願い(シガチフーニガイ)は、作物の穂が無事に育ち、
豊かな実りになることを願う祭事です。
祭事は、旧暦四月の甲(キノエ)または戊(ツチノエ)の日取りに行われ、
今年は新暦で、5月28・29日の2日間にて執り行われました。

 1日目は、神司が清明御嶽、幸本御嶽、西塘御嶽にわかれ夜ごもりをして祈願します。
 2日目は公民館執行部と有志とともにムーヤマなど主な御嶽をまわり祈願します。

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 清明御嶽では、玻座間御嶽・仲筋御嶽の神司が線香の灯を絶やさぬようにします。
玻座間御嶽に祀られる神は“粟の神”、仲筋御嶽に祀られる神は“麦の神”です。
竹富島と石垣島を造ったとされる清明御嶽には、“人づくりの神”とも云われています。
人が生活する上で欠かせない穀物に携わる神々の神司があたります。

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 幸本御嶽には、ニーランの神と深い関わりがある幸本御嶽の神司(現在は欠員)と
“海の神”として祀られている花城御嶽の神司が夜ごもりにあたります。
 幸本御嶽には、海につながる神々の神司が線香の灯を守ります。
 スナップでは、花城御嶽の神司と縁の深い内盛屋のご夫婦が挨拶にお見えでした。

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 西塘御嶽には、久間原御嶽と波利若御嶽の神司があたります。
久間原御嶽は木の神(大地の神)、波利若御嶽は雨の神(天の神)が祀られていますが、
六山の神々のなかで比較的若い2人の神の神司が、六山の時代の後の偉人である
西塘大主のお墓にあたる西塘御嶽の線香の灯を絶やさぬようにします。

(ta)

投稿者 takidun : 08:58 AM | コメント (0)

May 17, 2008

岡部伊都子さんをしのぶ会

 今晩、こぼし文庫にて、岡部伊都子さんをしのぶ会が
行われました。

 しのぶ会の開催にあたり、多くの島人が記帳に訪れました。
また、19時30分に始まった会では、昭和40年代の竹富島
の写真を見ながら故人をしのびました。

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 鬼籍に入られた島の方々や、若かりし頃の現在の島の指導者たちと
共に写真に収まった岡部伊都子さんはとてもお元気で、珍しく洋服を
着けている写真も見ることができました。

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 スライド写真の子供たちのなかには、
 既に子供がおられる方も沢山いることでしょう。

 しのぶ会に出席することで、岡部伊都子さんの心の強さや、
島を愛する思い、そして、島にとって大切な方を亡くされたことを
と強く感じました。 

(ta)

投稿者 takidun : 09:14 PM | コメント (0)

May 08, 2008

てーどぅんギャラリー情報

2007年10月1日から開催している「前原基男写真展 ふるさとへの想い竹富島」
浦添市美術館での写真展開催のため、「前原基男写真展」は一旦お休みです。

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  ふるさとへの想いー写真展  前原基男写真
  平成20年5月28日(水)〜6月15日(日)

  詳細は浦添市美術館の案内をご覧下さい。
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現在は、「てーどぅんの手わざ」展と称して、
竹富島の手わざにより生みだされた、“暮らしの道具”を展示中。

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島の人々は、身近にある自然を利用し、日々の暮らしで使うものをつくってきました。
つくって、使って、繕ってを繰り返し、知恵をこらした生活道具が生みだされてきました。
ぬくもりのある、「てーどぅんの手わざ」ご覧下さい。

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投稿者 takidun : 03:05 PM | コメント (0)

May 07, 2008

アカウミガメの埋葬

 本日早朝、竹富東港にて息絶えていた大きなアカウミガメ
は、島人によって浜へ移し、最終便が石垣島へ向かったのち、
島の有志の手によって埋葬されました。

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 全長125cm、甲羅の大きさは88センチもある大きなアカウミガメ。
通常では、死亡原因や、産卵のために島に近づいたのかなどを確認する
ため検死を行うのですが、竹富島では搬送もままならないため、
環境省に埋葬する旨報告しています。

埋葬の際は喜宝院の上勢頭同子住職にお経をあげてもらい、丁重に葬りました。

 現在、世界的にウミガメ類の減少が進んでいると言われています。

 私たちより遥かに長く生きてきた跡を甲羅に残すアカウミガメ。
こうした光景を目にすると、大変いたたまれない気持ちになりました。

(ta)
  

投稿者 takidun : 08:24 PM | コメント (0)

May 06, 2008

珠玉のことば

 ゆがふ館には、竹富島の教訓「うつぐみ」を中心とした島人の
言葉がならべています。

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 島民が「うつぐみ」について思いを表現しています。
 
 いくつかをみなさんにご紹介しましょう。

●「うつぐみ」
土地の生産性が低いところでは、協力しあわなければならない。
山や川や田があるところとは違う。そして
旱魃、台風、病害虫などの災い。
うつぐみの心はそうした自然環境の厳しさがあったから
生まれた精神性だろう。

●「子供には子どものシクブン。」
親や生産人、老人にもシクブンがある。
みんなそれぞれに
一人ひとりのシクブンを持って生まれてきている。
それぞれのシクブンをいかしあう。
それがうつぐみの心。

●石を積むときは削らないで組み合わせる、揃えるところは揃える。
大きな石、小さな石、形の良い石。石一つひとつにそれぞれの形があり役割がある。
どの石をどこに使うか、表に使うか、裏に使うか、基礎に使うか、上に飾るか、
それを見極めて積んでいく。
野面積みを見ると、うつぐみの精神だなぁって思う。
「みんないかす。」

●「くやーならー」
「みーはいゆー」(三拝云)
人が出会ったときに、敬いながら挨拶する
前置きの言葉と「ありがとうございます」の言葉。
すごく優しい言葉です。

●祭りでも、心を一つにしてこそ成功できる、
うつぐみの心で踊りをする。
皆が合わそうとすると、そういう「心が見えてくる」
言葉にしなくても、皆が相手を大事にできるもの。

●ここは小さな島で、川もないし畑は石ころだらけでしょう。
こんなところで一所懸命農業やったって、
天候に恵まれなかったら、
何か起きたら、
もう収穫ができないわけですよ。
「空のことは自分たちには決められない、」
どうにもできない。
だから神に祈ったんだと思います。

●「神加那志、親加那志」
神にまさるものなし、親にまさるものなし、という意味です。

●「竹富は違う」と言われる。
常に願いをして、
浄化している気の流れがあって、
それが他の場所とは違うと思います。

八重山地方の伝承からは、
「言葉は竹富から習いなさい」とされています。

 古謡「霧下りアヨー」に代表される竹富島から伝えられる
珠玉のことばをぜひご覧いただきたいと思います。

(ta)

投稿者 takidun : 11:00 AM | コメント (0)

May 02, 2008

5月2日晴れ!竹富小中学校遠足

遠足といえば、石垣島のバンナ岳や西表島など、
他の島に渡ることが多いのですが、
今年は、自分たちの島“竹富島を一周!”。
海沿いの砂浜をぐるり一周歩いたそうです。

朝、かりゆし館の前からスタートします。
ミシャシ方面へみんな一斉に歩きだしました。

天候は晴れ。
この時季の竹富島は、日差しが容赦なく照りつけ、
日射病やひどい日焼けになることもあります。

しかし、そこは、てーどぅんっ子!
長袖長ズボン、帽子、首にはタオル、
紫外線対策はバッチリです。

お昼は、コンドイ浜やカイジ浜付近でお弁当を食べたそうです。
いっぱい歩いた後のお弁当は、さぞかしおいしかったことでしょう。

小学校低学年のみんなは島を半周し、エビ養殖場の南でゴール。
高学年・中学生のみんなは、島を一周します。
残りの半分、頑張ってゴールの東港を目指します。
午後2時半を回ったころでしょうか、

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最初の集団が見えてきました。

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みんな、へとへとになっていましたが、清々しい顔をしていました!

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自分の足で一歩一歩踏みしめることで
さらに竹富島のことが大好きになるでしょうね。

しかし、その一方で漂着物の多さにもびっくりしているようでした。
ある生徒は亀の死骸を見つけたそうで、
「もしかして、竹富島に卵を産みに来ていたのかな?」と。

竹富島一周の遠足はたった9.2kmの距離ですが、
沢山の発見と感動があった遠足になったようです。

きれいな海と島を守りましょう。

投稿者 takidun : 03:20 PM | コメント (0)

May 01, 2008

岡部伊都子さんを悼む

 随筆家の岡部伊都子さんが、29日、
肝臓癌による呼吸不全で逝去されました。85歳でした。

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 岡部さんと竹富島の繋がりは大変深く、
特に竹富島で育った子ども達は多大なる恩恵を受けています。

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 1968(昭和43)年初めて竹富島を訪れた岡部さんは、
故上勢頭亨翁をはじめとする島人との交流を温め、竹富島の伝統や習慣、
美しい自然、穏やかな生活に触れ、一時は竹富島に移住を決意するほど
島を愛されていました。しかし、生来から病弱なお体のため移住を断念します。

 こうした経緯から、岡部さんは1972(昭和47)年沖縄県が日本国に復帰する
5月15日に、西集落に購入した古民家とご自身の蔵書を、島の子ども達に寄贈します。
これが竹富島の「こぼし文庫」始まりです。

 当時は、本を借りるにも石垣島に渡らなければなりませんでした。
岡部さんの配慮を感じ取った母親たちが、「こぼし親子読書会」を結成し、
子ども達に本の読み聞かせを始め、島の子ども達に読書の楽しさを教えてくれました。
現在でもこの活動は続いており、2006(平成17)年には第36回野間読書推進賞を
受賞しています。

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 岡部伊都子さんの著作「二十七度線〜沖縄に照らされて〜」では、
婚約者を戦争に送り出してしまった無念、
また、こうした思いから出会った沖縄に対する深い愛情。
さらに竹富島の穏やかな生活を愉しみつつ、竹富島の深遠なる世界への
慈愛が綴られています。

 その後も、竹富島の子ども達に本を贈り続けると同時に、
『竹富島の伝統文化を学びながら「島の心」に触れるとともに、
この素晴らしい文化遺産を未来に継承するために』との趣旨のもとに
1997(平成9)に設立された全国竹富島文化協会の特別顧問も務められています。

 設立にあたり、岡部さんは次のように述べられています。

 「うれしいウツグミ魂の試み初めて竹富島へ渡ることができたのは、
1968年4月のことでした。なんと清らかで静かな美しい島、
島人(しまんちゅ)の礼の深さ、情の濃さに抱かれて
「この世にこんな夢ランドがあったのか」と、驚きました。
以来、どんなにせつなくこぼしさま(=竹富島の子供たち)を思い、
多くを島に学んできたことでしょう。
全国竹富島文化協会が創られる由、うれしいうつぐみ魂がよみがえりつづけます。
今日も、南の空を仰いでいます。」

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2004(平成16)年4月14日〜17日 竹富島最後の帰郷時のスナップ
上勢頭芳徳氏と清明御嶽の前にて (上勢頭芳徳氏写真提供)


 岡部伊都子さんの沖縄に対する思い、
そして竹富島を深く愛する精神を決して忘れないように。
さらに、私たちは竹富島の精神世界や素晴らしい伝統文化を
継承し、今後とも守り続けるよう努力していきたいと思います。

合掌

(ta)

投稿者 takidun : 11:37 AM | コメント (0)