May 01, 2008

岡部伊都子さんを悼む

 随筆家の岡部伊都子さんが、29日、
肝臓癌による呼吸不全で逝去されました。85歳でした。

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 岡部さんと竹富島の繋がりは大変深く、
特に竹富島で育った子ども達は多大なる恩恵を受けています。

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 1968(昭和43)年初めて竹富島を訪れた岡部さんは、
故上勢頭亨翁をはじめとする島人との交流を温め、竹富島の伝統や習慣、
美しい自然、穏やかな生活に触れ、一時は竹富島に移住を決意するほど
島を愛されていました。しかし、生来から病弱なお体のため移住を断念します。

 こうした経緯から、岡部さんは1972(昭和47)年沖縄県が日本国に復帰する
5月15日に、西集落に購入した古民家とご自身の蔵書を、島の子ども達に寄贈します。
これが竹富島の「こぼし文庫」始まりです。

 当時は、本を借りるにも石垣島に渡らなければなりませんでした。
岡部さんの配慮を感じ取った母親たちが、「こぼし親子読書会」を結成し、
子ども達に本の読み聞かせを始め、島の子ども達に読書の楽しさを教えてくれました。
現在でもこの活動は続いており、2006(平成17)年には第36回野間読書推進賞を
受賞しています。

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 岡部伊都子さんの著作「二十七度線〜沖縄に照らされて〜」では、
婚約者を戦争に送り出してしまった無念、
また、こうした思いから出会った沖縄に対する深い愛情。
さらに竹富島の穏やかな生活を愉しみつつ、竹富島の深遠なる世界への
慈愛が綴られています。

 その後も、竹富島の子ども達に本を贈り続けると同時に、
『竹富島の伝統文化を学びながら「島の心」に触れるとともに、
この素晴らしい文化遺産を未来に継承するために』との趣旨のもとに
1997(平成9)に設立された全国竹富島文化協会の特別顧問も務められています。

 設立にあたり、岡部さんは次のように述べられています。

 「うれしいウツグミ魂の試み初めて竹富島へ渡ることができたのは、
1968年4月のことでした。なんと清らかで静かな美しい島、
島人(しまんちゅ)の礼の深さ、情の濃さに抱かれて
「この世にこんな夢ランドがあったのか」と、驚きました。
以来、どんなにせつなくこぼしさま(=竹富島の子供たち)を思い、
多くを島に学んできたことでしょう。
全国竹富島文化協会が創られる由、うれしいうつぐみ魂がよみがえりつづけます。
今日も、南の空を仰いでいます。」

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2004(平成16)年4月14日〜17日 竹富島最後の帰郷時のスナップ
上勢頭芳徳氏と清明御嶽の前にて (上勢頭芳徳氏写真提供)


 岡部伊都子さんの沖縄に対する思い、
そして竹富島を深く愛する精神を決して忘れないように。
さらに、私たちは竹富島の精神世界や素晴らしい伝統文化を
継承し、今後とも守り続けるよう努力していきたいと思います。

合掌

(ta)

投稿者 takidun : May 1, 2008 11:37 AM
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